「待っていたぞ、朱羅」

 朔は朱羅に向けて、静かな怒気を含めながら言った。

 朔、凛、朱羅。
 それぞれが相手の動向を探りながら、ゆっくりと話を続ける。
 凛は長く時を共にしたからこそわかる、朔の『異様なまでに静かな気配』に気圧(けお)されそうになった。

 臙脂(えんじ)色の着物に漆黒の髪がよく映える。
 その様子を朔と凛は鋭く見つめていた。

「涼風の娘はここにはいない。お前が仕掛けた囮の討伐に向かっている」

(朔様は囮だということをわかっていらっしゃったのか……)

 凛はわずかな違和感や言葉にできぬほどの微々たる『嫌な気配』しか感じていなかった。
 しかし、朔は西の森付近の奇妙な霊の噂の段階から、囮の可能性を見抜いていた。
 もはやそれは常人のなんたるかではない域であった。