「初めて『あの人』に出会ったのは、ゆずが失恋して物凄く落ち込んでる時だったの」
「あー、周りに内緒でこっそり付き合ってた先輩と別れたんだっけ?」
「そう……秘密の関係なんて、所詮続かないんだよねぇ……普通に二股されててぴえんだよ」
「うわぁ、最悪じゃん」
とある昼下がりの喫茶店。久しぶりに会う幼馴染みの柚子の話を聞きながら、こんなにも可愛らしい女の子を振るなんてと憤りを感じたものの、ぴえんとか言いながら表情を全く変えないその様子に、彼女は既に吹っ切れているのだと理解した。
「あの日は失意のどん底で。一人でスイーツバイキング全種類制覇するくらいにやけ食いしたんだけど……。正直スイーツの味よりも、周りのお客さんのドン引きした視線が忘れられない……」
「……いや、胃とメンタル強すぎん?」
「えー、ゆずメンタルよわよわだよぉ」
「本当のよわよわはそんなん出来ないんだわ……そもそもぼっちスイーツバイキングもそれなりにハードル高いんだわ」
先月、失恋したから慰めてとメッセージアプリで呼び出されてから、お互い忙しく漸く予定の合った今日。ひたすら柚子の話を聞く役に徹しようと考えていたのに、思わず突っ込みを入れてしまった。
失意のどん底で、奇異の目を向けられながら心折れずにそれだけ食べられるメンタリティーを見習いたい。何なら今も、彼女はこの喫茶店名物の特大パフェを食している。
柚子は所謂『量産型』と呼ばれる、パステルカラーと白にリボンやレースのたくさんあしらわれた少女性のあるファッションが似合う、明るい色のゆるふわロングヘアーが可愛らしい小柄な女子だ。
今日の話題も恋の話と大変女の子らしいにも関わらず、これでは今すぐにでも大食い系動画配信者にでもなれそうだ。
「それでねぇ、寂しくて悲しくて、甘いものを食べてもちっとも満たされなくて、ひとりぼっちな気がしたの」
「ぼっちは事実として、全種類制覇したのに、満たされないの……?」
「だからあの時は誰でもいいから繋がりたくて、声が聞きたくて。とりあえずネットで探したの」
「ネットで!? それって、出会い系とかそういう? やば。危なくない?」
「えー、そんなんじゃないよぉ。危なくないし、……えっとね、それで、広大なネットの海の中で、ゆずは運命の出会いをしたのです」
目の前の特大ジョッキサイズのパフェを着実に減らしつつ、ほわりと表情を緩める彼女は心底幸せそうだ。先月SNSの鍵アカで散々病んでいたとは思えない。
何にせよ立ち直れたのなら心配する必要はなかったかと、見ているだけで甘ったるいその光景を眺めながらブラックコーヒーを啜る。
「その人はね、とーっても格好いいの! まず見た目がドタイプ! 趣味の話はあんまりわからないし、ぶっちゃけセンスないし、歌とかへったくそで聴いてらんないんだけど!」
「好きな人なのにめちゃくちゃディスるじゃん……」
「いやなんか、それらを許容して余りあるくらい、とにかく顔がいい。顔のよさで全部許されてる。もうずっと見てたくて……最近毎日暇さえあれば写真眺めてて……」
「写真……って大丈夫? 盗撮じゃない? 合法?」
「んー、多分」
「多分!?」
「ネットに上がってたのを保存した」
「ネットに顔写真載せてるタイプの人か……陰キャには近寄り難い……」
自分で載せてる分にはまあ、盗撮ではないし、転載等しなければ個人で楽しむ分には問題ないだろう。
「その写真使ってグッズとか自作したりもしたけど、全部自分用だから、大丈夫なはず……?」
「グッズも作ったの!?」
「うん、うちわとか! 今は飾ってるけど、夏に使うんだぁ」
彼女の口振りから考えるに、その運命の出会いからまだ一ヶ月足らずだ。それにも関わらず、写真の入手からグッズ作成。その行動力は如何なものだろう。
「ええと、その、グッズとかってさ、作っていいか本人にもちゃんと聞いた?」
「何回か聞いたけど返事ないから、作っちゃった」
「返事ないって……忙しいとか?」
「んー、何て言うか、普段からゆずはその人の話を聞いてるだけっていうか……勿論ゆずも言葉は発するんだけど、対話じゃないっていうか……?」
「……?」
「えっとねぇ、ゆずはその人を好きな人達の一人だから、普通に認知して貰えるだけで幸せだし……ゆずの言葉をスルーされてもそんなもんかなって思うし……強いて言うなら、反応して貰うためには課金も辞さない」
「その人本当に大丈夫!?」
話すためだけに金を貢ぐなんて、もしかしてホストか何かに入れ込んでいるのではないか。
ホストなら、なんかこう、キラキラしているしグッズにしたくなる気持ちも何となくわかる。だからと言って、うちわは使わないが。
「大丈夫だよ? そこそこ人気もあるし……いや、でも他と比べたらあんまり売れてないっぽいから、ゆずが買い支えないと……」
「それ大丈夫じゃないやつだ……!」
「大丈夫、他の女には負けない……」
「ライバルを札束で殴ろうとすんな!」