氷室は、今自分がいるのは、ある存在のおかげだとわかっている。だから、悲嘆などしない。

これは俺の命じゃない、俺があの人にもらった命だ。大事にしないといけない。

いつか天寿をまっとうしてまた逢うことになったとき、愚痴なんてこぼしたら申し訳が立たない。

だから、前を向くことにした。

車椅子で病室の窓側にいる氷室の隣に、桜葉が立つ。

「氷室くん、今日はりぃちゃんがお見舞いに来るって言ってたよ。氷室くんの担任の先生が用事あって来られないから、代理だって」

「そっか。岬先生にはお礼言っておかないとな」

「お礼?」

「うん。お礼。俺、岬先生のことを大事にしてる人に、たくさん助けてもらったんだ」

「うん? よくわかんないけど、そうなんだ? じゃあめいっぱいお礼言わないとだね」

笑顔で答える桜葉。
 
また、桜葉の笑顔が見られる。桜葉が、俺のことを見てくれる。氷室が勝手に逢いに来たときのことは、桜葉は夢だと思っているようだ。

だが、氷室は櫻が夢ではないと知っている。確かに存在して、氷室を助け、そしてこの世を離れた。

ふたつの命に祝福を与えてくれた、優しい鬼。

愛しい愛しい、さくらの君―――。