愛しさくらの君へー桜の鬼・現代編-【完】



『……』

『……』

『……あの子、大丈夫そうね。桃花が出ていくからびっくりしたじゃない』

『だってー』

『だってじゃねえよ。俺一人の責任にしようとしてたのに、お前らまで官吏(かんり)にどやされるぞ?』

『もともとあたしたちは連帯責任じゃない』

『しばらく冥府(めいふ)にいないといけないくなりそうね……』

『だな。……あー、さっそくお呼びがかかってる。お前も同じ手で助けられたろーに』

『わかっているなら寿命には介入しないでもらえますか?』

一瞬で、櫻たちのいた景色が変わった。

山の中の草原。様々な季節の花が咲き、ふりそそぐ太陽と月の光はやわらかい。

『全員正座』

桜たちをこちらへ引き込んだ声の主は、端的に命令した。

桜、桃花、そしてゆきは彼――冥府における官吏である彼に逆らっても意味はないとわかっているので、おとなしく草原に正座した。

目の前に、和服の男性が姿を見せた。

『桜の古木は治外法権ですが、あそこまでやられるとさすがに問題』

『……わかってるよ惣一朗。だから俺ひとりでやろうと――』

『官吏、とお呼びください。あなた一人でやっても結果は同じなんですよ、義父上(ちちうえ)?』

『……名前で呼ばれたくねえんならその呼び方もやめろよ……王たちに目をつけられるの、俺なんだけど』


冥府には十人の王がいる。

この官吏はそのすべての王に仕える官吏で、生前の名もあるが、今では呼ぶのは櫻だけだ。

官吏は人間だったが、鬼の血を引いた半鬼で、更に櫻の命をもらって命をつないだため、半鬼よりも、より鬼に近かった。

その能力から、生まれ変わる輪廻転生の輪に入るよりも、冥府の官吏となることを提示され、そしてそれを選んだ。

『三人とも、しばらくは冥府の雑用ですね。当分は桜の古木には戻れないと思ってください。はい。決裁終わり』

『あいかわらず厳しい……』

桃花が、うぬぬ、とうなっている。ゆきも消沈していた。

櫻はこうなることはわかって氷室の命に手を加えようとした。桃花とゆきには手を出すなと言ってあったのだが……。

『まあ、ゆき、桃花。雑用ついでに現世を見ることは出来るし、しばらくは息子の雑用してやろうぜ』

櫻が言うと、桃花とゆきはうん、と頷いた。

『桜葉ちゃんびっくりするだろうなー』

『再開の場面くらい、ちょっとのぞきたいわね』

『そう――官吏に頼んでみるわ』

しばらく現世禁止が出された三人は、官吏に頼み込んで、水鏡(みかがみ)越しにその願いを果たした。

桃花とゆきは大泣きして、櫻も袖の下でこっそり涙を流した。


桜葉に抱き着かれた。

「うわああああん! ひむろくんだあああああ!」

意識が戻ってすぐの氷室は、わけがわからず泣きながら抱き着いてくる桜葉にはてなマークが浮かぶだけだった。え、なにごと? 俺、起きただけだよな? と、最初は意識の混乱もあったが、医師や家族から状況の説明を聞いて事態を把握した。

――頃に、鬼の存在も思い出していた。

櫻という名の、鬼。自分を幽鬼にして生き永らえさせ、そして自分に命をくれた。

優しい鬼の名。

最後の方で出てきた二人の女性はよくわからなかったけど……櫻の仲間なんだろう、きっと。

「氷室くんお疲れ様~」

「ただいま、桜葉」

リハビリから戻った氷室は、桜葉の頭に手をかけ引き寄せ、その額に口づけた。真っ赤になる桜葉だが、抗議の声はあがらない。

「だ、だいぶ慣れてきたみたいだね」

「うん。やっぱ慣れだな」

氷室は、車椅子が手放せなくなっていた。下半身不随。事故の後遺症だった。

だが、その事実を告げられたときも、実際に車椅子を使ったときも、氷室は前向きで明るかった。

「うまく使えるようになったらさ、車椅子テニスとか、車椅子バスケとかやりたいんだ」

「いいね! 氷室くんどっちも似合う! カッコいい氷室くんにまたファンが増えちゃう」

嬉しそうに、でも困ったように笑う桜葉。

桜葉は氷室のやりたいことを、無条件で応援してくれる。


氷室は、今自分がいるのは、ある存在のおかげだとわかっている。だから、悲嘆などしない。

これは俺の命じゃない、俺があの人にもらった命だ。大事にしないといけない。

いつか天寿をまっとうしてまた逢うことになったとき、愚痴なんてこぼしたら申し訳が立たない。

だから、前を向くことにした。

車椅子で病室の窓側にいる氷室の隣に、桜葉が立つ。

「氷室くん、今日はりぃちゃんがお見舞いに来るって言ってたよ。氷室くんの担任の先生が用事あって来られないから、代理だって」

「そっか。岬先生にはお礼言っておかないとな」

「お礼?」

「うん。お礼。俺、岬先生のことを大事にしてる人に、たくさん助けてもらったんだ」

「うん? よくわかんないけど、そうなんだ? じゃあめいっぱいお礼言わないとだね」

笑顔で答える桜葉。
 
また、桜葉の笑顔が見られる。桜葉が、俺のことを見てくれる。氷室が勝手に逢いに来たときのことは、桜葉は夢だと思っているようだ。

だが、氷室は櫻が夢ではないと知っている。確かに存在して、氷室を助け、そしてこの世を離れた。

ふたつの命に祝福を与えてくれた、優しい鬼。

愛しい愛しい、さくらの君―――。








最後までお読みくださりありがとうございます!
お疲れ様です。さくらぎますみと申します。


こちらは、前作『桜の鬼』の、現代編となっております。


メインキャラだった櫻が出てきます。ほかにも出てきます。


前作のあとがきにも書いたのですが、『桜の鬼』同様、こちらはずいぶん前に書いてどこにも公開していなかったお話です。


『桜の鬼』は完結まで書いてあったのですが、『愛し~』は途中までしか書いてなくて、当時の私! ラスト! ラストどうなるの!? と脳内で叫びながらプロット作って、書きあげました。


たぶんですが、当時の私が考えていたのとは違うラストになっていたんじゃないかなって気がします。


でも、これが今のさくらぎがお届け出来るお話です。


読んでくださった方がどう感想を持ってくださるか、ドキドキしております。


櫻たちは、冥府では『三馬鹿』とか呼ばれていそうですね笑


基本問題児の集まりなので、官吏は大変ですがここで浮上した、官吏、義父にだけドS問題笑


意味が分からない方は前作をお読みいただけると、官吏が誰だかわかると思います。しょっぱなから出てます。


ここまで読んでくださりありがとうございました!
また次回作の準備をはじめようと思います。


それでは、また。

2022.10.21
桜月 澄

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