ニ年ぶりに再開された花火大会は、以前の盛況を取り戻すかのように多くの観覧客で賑わっていた。
じわりと汗が滲む蒸し暑さの中、夏の夜を彩る屋台の列を抜けて観覧席となる山を背にした公園に向かい、さらに地元民しか知らない観覧スポットへ向かった。
――いよいよだな
ニ年前、三人で見つけた秘密の観覧スポット。山間のわずかにひらけた場所に立ち、昔を思い出す。ニ年前は、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。三人一緒が当たり前で、その関係がずっと続くと思っていた。
だが、時間の流れは三人の関係をも変化させた。とはいえ、やはり三人の関係は維持したいのが本音だ。昔のままとは言わない。たとえこの先どんなに時間が流れても、お互いにどんなに変化したとしても、泣き笑いを共にした関係だけは続けていきたかった。
だから、今夜、この場所で唯奈に告白する。そのために、萌咲が唯奈を誘導している頃だろう。会場ではぐれた俺を探していると嘘をつき、一緒に探してほしいと萌咲が唯奈に頼むことになっていた。
生ぬるい風を頬に受けながら、始まった花火をぼんやりと眺める。満天の夜空に次々と咲く色とりどりの花火は、高ぶった俺の気持ちを次第に落ち着かせてくれた。
「大翔!」
連続花火が空に広がる中、不意に聞き慣れた声が耳を捉えた。ふりむくと、泣きたくなるくらいに綺麗な浴衣姿の唯奈が立っていた。
「やっぱりここだったんだね」
なぜか一人で現れた唯奈が、怒りもせずに隣に並んでくる。きっと俺の今の顔を見て、なにか事情があることを瞬時にさとったのかもしれない。
――泣いても笑っても、チャンスは一度だけだ
照明が消えていく会場が、いよいよメインである二尺玉の打ち上げが始まるのを伝えていた。萌咲が教えてくれた方法。それは、今から打ち上がる二尺玉の爆音を利用するものだった。
全ての音を飲み込む爆音にまぎれて唯奈に告白する。俺の声と気持ちは決して唯奈に届くことはないが、それでもケリをつけられる可能性はあった。
会場では二尺玉のアナウンスが始まり、やがてカウントダウンへと移行する。テンカウントに合わせて呼吸を整えながら、好きになってしまった唯奈をただじっと見続けた。
――スリー、ツー、ワン……
会場のカウントに合わせ、タイミングをはかっていく。やがてカウントダウンが終わると同時に、耳を突き抜けるような轟音が満天の銀河に向かって発せられた。
――よし、今だ!
空を切り裂くように打ち上がった花火は、一拍の呼吸の後、銀河のキャンパスを埋め尽くすかのように巨大な花を咲かせた。
「俺、お前のことが好きだったんだよ!」
やや遅れて襲ってきた爆音と衝撃に合わせ、全ての感情を吐き出すように声をふりしぼる。爆音と衝撃は想像以上で、唯奈は俺を一瞬見ていたけど、衝撃に耐えるかのように肩をすくめているだけだった。
決して届かぬ想い。その全てを今吐き出した。衝撃が通り過ぎた後に残ったのは、余韻を披露するかのように消えていく巨大な花火だった。やがてその花火も完全に消えていき、俺の恋も花火と共に散ったことを確信した。
「綺麗だったな」
「ほんと、綺麗だったね」
最後のひとひらまで見届けた後、そっと唯奈に声をかける。泣きたい気持ちもあったが、無理矢理飲み込んで唯奈に久しぶりに笑みを向けた。
「色々と悪かったな」
「もう大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。心配かけてごめん」
「ううん、大丈夫ならもういいよ」
唯奈は、俺がおかしくなった理由を追求することなく笑って水に流してくれた。
「さてと、とりあえずそこに隠れている二人に出てきてもらおうか」
さっきから木の陰からはみ出している涼太と萌咲に声をかける。二人はばつの悪そうな顔をしながら、渋々歩み寄ってきた。
「うまくいったよ」
唯奈たちに気づかれないように萌咲に伝えると、萌咲は嬉しそうに「よかったね」と微笑んだ。ただ、その瞳にうっすらと光るものが見えたことで、心音が急に早くなっていった。
「それじゃ、お待ちかねの屋台攻略に向かおうよ。もちろん、大翔のおごりでね」
しんみりした空気を変えるように、唯奈がとんでもないことを切り出した。当然猛抗議するも、涼太も悪ノリしたこともあって、久しぶりにいつもの三人に戻れた気がした。
「唯奈、萌咲のことちゃんと大事にするから」
歩きだした唯奈を呼び止め、不意にわいた感情を口にする。唯奈は、「泣かしたらぶっとばすから」と本気とも冗談ともとれる言葉と共に笑っていた。
すっかりいつもの雰囲気に戻ったことに安堵しながら萌咲の手を握ると、萌咲は一瞬驚いた表情を見せながらもすぐにしっかりと握り返してくれた。
――これで、よかったんだよな
胸のつかえが取れ、フッと息をついた――、そのときだった。
突然、前を歩いていた唯奈がふり向いた。なにごとかと思った瞬間、唯奈の表情を目にして息が止まってしまった。
微笑んではいるが両目の端に滲む光るものがあり、そのアンバランスさに戸惑っている俺に向かって、唯奈はゆっくりと唇を動かした。
『大翔、ありがとう』
唯奈は、声を発しなかった。ただ、はっきりと唇の動きがそう呟いたように見えた。
――なんだ、そういうことだったのかよ……
すぐに前を向いた唯奈の背中を見て、俺はやっと全てを理解した。
唯奈は、俺の所になぜか一人で現れた。さらに、怒ることも一人でいる理由を聞くこともなく、涼太の所に戻ることもせずに俺の隣で花火を見ていた。
今になってわかる唯奈の不自然な動きの理由。それは、唯奈は俺の気持ちに気づいていたからだろう。だから唯奈は一人で俺の所に来て、俺の気持ちに決着をつけようとしたのかもしれない。
だが、俺は唯奈に聞こえない方法で告白するという方法にでた。全ては一人で決着をつけるためだったのだが、あのとき俺を見ていた唯奈に俺の告白は届いてしまっていた。なぜなら、唯奈は唇の動きで言葉がわかるからだ。
その結果、唯奈は俺の告白に気づかないふりをした。俺が一人で決着をつけようとしたのがわかり、唯奈は黙って俺に合わせてくれたということだった。
――やっぱり、お前は最高の幼なじみだよ
唯奈の背を見ながら、心の中で呟いてみる。幼なじみだったことを呪ったこともあったが、唯奈を好きになったことに後悔はなかった。むしろ、今では好きになってよかったとさえ思えた。
「あいつらには負けたくないよな」
俺の手を握りながら顔を赤くしている萌咲に、ささやくように話しかける。萌咲は一瞬驚いたが、すぐに笑顔でうなずき返してきた。
その笑顔を見て、初めて萌咲のことを本気で好きになりかけていることに気づき、急に恥ずかしさが襲ってきた。
そんな俺を、余韻を彩る仕掛け花火がきらびやかに祝福しているような気がした。
〜了〜
じわりと汗が滲む蒸し暑さの中、夏の夜を彩る屋台の列を抜けて観覧席となる山を背にした公園に向かい、さらに地元民しか知らない観覧スポットへ向かった。
――いよいよだな
ニ年前、三人で見つけた秘密の観覧スポット。山間のわずかにひらけた場所に立ち、昔を思い出す。ニ年前は、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。三人一緒が当たり前で、その関係がずっと続くと思っていた。
だが、時間の流れは三人の関係をも変化させた。とはいえ、やはり三人の関係は維持したいのが本音だ。昔のままとは言わない。たとえこの先どんなに時間が流れても、お互いにどんなに変化したとしても、泣き笑いを共にした関係だけは続けていきたかった。
だから、今夜、この場所で唯奈に告白する。そのために、萌咲が唯奈を誘導している頃だろう。会場ではぐれた俺を探していると嘘をつき、一緒に探してほしいと萌咲が唯奈に頼むことになっていた。
生ぬるい風を頬に受けながら、始まった花火をぼんやりと眺める。満天の夜空に次々と咲く色とりどりの花火は、高ぶった俺の気持ちを次第に落ち着かせてくれた。
「大翔!」
連続花火が空に広がる中、不意に聞き慣れた声が耳を捉えた。ふりむくと、泣きたくなるくらいに綺麗な浴衣姿の唯奈が立っていた。
「やっぱりここだったんだね」
なぜか一人で現れた唯奈が、怒りもせずに隣に並んでくる。きっと俺の今の顔を見て、なにか事情があることを瞬時にさとったのかもしれない。
――泣いても笑っても、チャンスは一度だけだ
照明が消えていく会場が、いよいよメインである二尺玉の打ち上げが始まるのを伝えていた。萌咲が教えてくれた方法。それは、今から打ち上がる二尺玉の爆音を利用するものだった。
全ての音を飲み込む爆音にまぎれて唯奈に告白する。俺の声と気持ちは決して唯奈に届くことはないが、それでもケリをつけられる可能性はあった。
会場では二尺玉のアナウンスが始まり、やがてカウントダウンへと移行する。テンカウントに合わせて呼吸を整えながら、好きになってしまった唯奈をただじっと見続けた。
――スリー、ツー、ワン……
会場のカウントに合わせ、タイミングをはかっていく。やがてカウントダウンが終わると同時に、耳を突き抜けるような轟音が満天の銀河に向かって発せられた。
――よし、今だ!
空を切り裂くように打ち上がった花火は、一拍の呼吸の後、銀河のキャンパスを埋め尽くすかのように巨大な花を咲かせた。
「俺、お前のことが好きだったんだよ!」
やや遅れて襲ってきた爆音と衝撃に合わせ、全ての感情を吐き出すように声をふりしぼる。爆音と衝撃は想像以上で、唯奈は俺を一瞬見ていたけど、衝撃に耐えるかのように肩をすくめているだけだった。
決して届かぬ想い。その全てを今吐き出した。衝撃が通り過ぎた後に残ったのは、余韻を披露するかのように消えていく巨大な花火だった。やがてその花火も完全に消えていき、俺の恋も花火と共に散ったことを確信した。
「綺麗だったな」
「ほんと、綺麗だったね」
最後のひとひらまで見届けた後、そっと唯奈に声をかける。泣きたい気持ちもあったが、無理矢理飲み込んで唯奈に久しぶりに笑みを向けた。
「色々と悪かったな」
「もう大丈夫なの?」
「ああ、大丈夫だ。心配かけてごめん」
「ううん、大丈夫ならもういいよ」
唯奈は、俺がおかしくなった理由を追求することなく笑って水に流してくれた。
「さてと、とりあえずそこに隠れている二人に出てきてもらおうか」
さっきから木の陰からはみ出している涼太と萌咲に声をかける。二人はばつの悪そうな顔をしながら、渋々歩み寄ってきた。
「うまくいったよ」
唯奈たちに気づかれないように萌咲に伝えると、萌咲は嬉しそうに「よかったね」と微笑んだ。ただ、その瞳にうっすらと光るものが見えたことで、心音が急に早くなっていった。
「それじゃ、お待ちかねの屋台攻略に向かおうよ。もちろん、大翔のおごりでね」
しんみりした空気を変えるように、唯奈がとんでもないことを切り出した。当然猛抗議するも、涼太も悪ノリしたこともあって、久しぶりにいつもの三人に戻れた気がした。
「唯奈、萌咲のことちゃんと大事にするから」
歩きだした唯奈を呼び止め、不意にわいた感情を口にする。唯奈は、「泣かしたらぶっとばすから」と本気とも冗談ともとれる言葉と共に笑っていた。
すっかりいつもの雰囲気に戻ったことに安堵しながら萌咲の手を握ると、萌咲は一瞬驚いた表情を見せながらもすぐにしっかりと握り返してくれた。
――これで、よかったんだよな
胸のつかえが取れ、フッと息をついた――、そのときだった。
突然、前を歩いていた唯奈がふり向いた。なにごとかと思った瞬間、唯奈の表情を目にして息が止まってしまった。
微笑んではいるが両目の端に滲む光るものがあり、そのアンバランスさに戸惑っている俺に向かって、唯奈はゆっくりと唇を動かした。
『大翔、ありがとう』
唯奈は、声を発しなかった。ただ、はっきりと唇の動きがそう呟いたように見えた。
――なんだ、そういうことだったのかよ……
すぐに前を向いた唯奈の背中を見て、俺はやっと全てを理解した。
唯奈は、俺の所になぜか一人で現れた。さらに、怒ることも一人でいる理由を聞くこともなく、涼太の所に戻ることもせずに俺の隣で花火を見ていた。
今になってわかる唯奈の不自然な動きの理由。それは、唯奈は俺の気持ちに気づいていたからだろう。だから唯奈は一人で俺の所に来て、俺の気持ちに決着をつけようとしたのかもしれない。
だが、俺は唯奈に聞こえない方法で告白するという方法にでた。全ては一人で決着をつけるためだったのだが、あのとき俺を見ていた唯奈に俺の告白は届いてしまっていた。なぜなら、唯奈は唇の動きで言葉がわかるからだ。
その結果、唯奈は俺の告白に気づかないふりをした。俺が一人で決着をつけようとしたのがわかり、唯奈は黙って俺に合わせてくれたということだった。
――やっぱり、お前は最高の幼なじみだよ
唯奈の背を見ながら、心の中で呟いてみる。幼なじみだったことを呪ったこともあったが、唯奈を好きになったことに後悔はなかった。むしろ、今では好きになってよかったとさえ思えた。
「あいつらには負けたくないよな」
俺の手を握りながら顔を赤くしている萌咲に、ささやくように話しかける。萌咲は一瞬驚いたが、すぐに笑顔でうなずき返してきた。
その笑顔を見て、初めて萌咲のことを本気で好きになりかけていることに気づき、急に恥ずかしさが襲ってきた。
そんな俺を、余韻を彩る仕掛け花火がきらびやかに祝福しているような気がした。
〜了〜