その夜、意外にも萌咲から電話がかかってきた。花火大会の件だと察しがついた俺は、迷いつつも仕方なく電話にでることにした。

「あのね、須崎くん、一つ聞いてもいい?」

 他愛もない話の後、急に萌咲の声に緊張が帯び始めた。いよいよ花火大会の件かと思った矢先、萌咲はとんでもないことを口にした。

「須崎くん、唯奈ちゃんのことが好きでしょ?」

 完全に油断していたところに、萌咲の言葉が真っ直ぐ胸に突き刺さってきた。

「な、どうして?」

「隠さなくても大丈夫だから。この前、唯奈ちゃんたちと一緒に買い物に行ったときに気づいたの。須崎くん、唯奈ちゃんといたとき、すっごく泣きそうな目をしてたから」

 淡々と話す萌咲の口調からは、萌咲の思惑は読み取れなかった。萌咲は、俺の彼女だから当然俺の言動を非難してかまわない。いや、むしろ非難すべきだ。そのために探りを入れているとしたら、もう俺には防ぐ力は残っていなかった。

「俺は――」

 なにかを言葉にしようとして、そこで言葉が詰まる。なにを言えばいいのか、そもそもなにかを言える資格があるのかという思いが、強烈に俺の喉を締めつけていた。

「須崎くん、大丈夫だよ」

 不意に聞こえた萌咲の声は、明らかにふるえていた。それはつまり、萌咲が泣いていることを示していた。

「須崎くん、辛かったでしょ?」

「え?」

「唯奈ちゃんを傷つけたくなくて、ずっと我慢してきたんだよね? それに、みんなに迷惑かけたくなくて、ずっと頑張ってきたんだよね?」

「俺は、俺は――」

「須崎くん、もう大丈夫だから。私のことはいいから、今全部吐き出して楽になってもいいんだよ」

 頭がパニックになるくらいぐるぐる回る中、ゆっくりと滲むように萌咲のぬくもりが伝わってきた。

 萌咲は、怒っていなかった。こんな身勝手な俺を、この瞬間も優しく包もうとしていた。

 だからだろう、震えるくらいスマホを握りしめていた手から力が抜けた俺は、最後の気力が抜けると同時に自分では止められないくらい涙していた。

「ほんと、ごめん。こんなこと萌咲に言ったらダメなんだろうけど、俺、もうどうしていいかわからないんだ」

 ぐちゃぐちゃに乱れた感情が、激流のように口から流れ出してくる。唯奈のことを好きになってしまったこと、唯奈や涼太を傷つけたくなくて隠そうとしたこと、だが結果的に隠すどころか唯奈を傷つけてしまったことを、勢いに任せて洗いざらい吐き出した。

「俺って本当に最低だよな。ずっとそばで二人を見てたからさ、二人がどんなに互いを好きかわかっていたはずなのに、本当は一番気をつかってやらないといけない俺が、一番やっちゃいけないことしてるんだからさ、本当に笑えないよな」

「須崎くん、そんなに自分を責めないでよ。人を好きになるのは仕方ないことだし、あんまり自分ばかり責めるのはよくないと思うよ」

「けどさ」

「けどはなしだよ。いい? 須崎くんが唯奈ちゃんを好きになったのは、決して悪いことじゃないから。わかった?」

 俺をさとす萌咲のはっきりとした口調からは、頑固な意思が感じられる。本当なら、彼女として俺に文句を言ってもおかしくないのに、怒るどころか俺を悪くないとさえ言い切っていた。

 そんな萌咲の優しさに、ぼろぼろだった胸の内が癒やされていく。本当なら俺みたいな奴は不釣り合いなのに、こうして萌咲と出会えたことを初めて嬉しく思えた。

「あとは、須崎くんがどうするかだよね」

「どうするって?」

「ほら、このままだとまた唯奈ちゃんをまた傷つけるかもしれないでしょ? だから、ちゃんと気持ちに決着つけたほうがいいと思うよ」

「それはわかるけど、でもどうしていいのかがわからないんだよ」

「それなら、たった一つだけ方法があるよ」

 出口の見えない迷路をさまよっている俺に救いの手を差し出すように、萌咲は一つの提案をしてきた。

「それって、唯奈に告白しろってこと?」

 萌咲が提案したのは、直接唯奈に気持ちをぶつける方法だった。当然、そんなことしたら今の関係は完璧に壊れるから、俺としては受け入れられなかった。

「そう。でも、安心して。一つだけ誰も傷つかない方法があるの」

 そこで一呼吸置いた萌咲が、魔法のような方法を説明し始めた。最初は意味不明だったが、萌咲の意図する内容がわかったところでようやく腑に落ちることができた。

「なるほどな。確かにそれだと、誰も傷つけることなく気持ちにケリをつけられるかもしれない」

 そう口にしながら、萌咲の提案に解決の糸口を見つけた俺は、迷うことなく萌咲の提案をやることに決めた。

「唯奈ちゃんのことならわたしがうまく誘うから、須崎くんは覚悟だけ決めておいてね」

「覚悟?」

「うん、だって、この方法は恋が実るんじゃなくて終わらせることになるんだから」

 わずかに遠慮したような萌咲の言葉に、微かに動揺が襲ってくる。確かに萌咲の提案だと、誰も傷つかない代わりに、俺の気持ちはただ終わることになるだろう。

 だが、それでもかまわなかった。いや、そのほうがよかった。もう後にも先にも進めないくらい追い込まれているから、ここでケリをつけられるならつけたい気持ちが勝っていた。

「萌咲、本当にありがとうな」

 段取りよく計画を立てていく萌咲に、つい言葉がもれる。萌咲は恥ずかしそうに言葉を濁していたが、それでもかまわず繰り返し礼を告げた。

 ――よし、絶対にケリをつけてやる

 萌咲の計画を確認しながら、静かに気持ちを奮い立たせる。

 ずっと暗闇をさまよっていたところにようやく陽が射してきたような気がして、俺は何度も何度も告白する内容を頭の中でくり返した。