自分の気持ちに決着がつかないまま花火大会が目前まで迫ったときに、事件は起こるべくして起きてしまった。

 その日、朝から日直のため早めに登校した俺を待っていたのは、苛立ちをあらわにした唯奈だった。

「大翔、ちょっといい?」

 目が合った瞬間、話題は萌咲のことだとすぐにわかった。昨夜の電話でも、結局俺は萌咲を花火大会に誘うことはしなかった。

 そのことを萌咲から聞いたのだろう。煮えきらない上にはっきりとしない俺の態度に、ついに唯奈の怒りは我慢の限界を迎えたようだった。

「なんだよ、今忙しいんだけど」

 話の中身がわかっているからこそ、俺は冷たい態度で唯奈を退けた。正直、萌咲のことを今聞かれてもなんと答えていいかわからなかった。

「だったら手短にすませるから。ねぇ、なんで萌咲を花火大会に誘わないの?」

 俺の態度に怯むどころか、唯奈は腕を組んで挑むように問い詰めてきた。考えてみたら、小さい頃から唯奈は一歩も引かない性格だった。だとしたら、ここはのらりくらりとはぐらかせる状況ではなさそうだった。

「別に、誘わないわけじゃないんだけど」

「だったら、なんで早く誘ってくれないのよ?」

「なんでって、そんなことをお前に言う必要ないだろ」

 一番の原因である唯奈に、さらに冷たい言葉をあびせていく。胸にくすぶる感情はコールタールのようにどす黒さを増し、怒りとも悲しみとも取れる心の叫びはもう止めらそうになかった。

「それによ、この前からなんなんだよ」

「なにって?」

「だいたいこの問題は俺と萌咲の問題だろ。なんでいちいちお前が口出してくるんだよ!」

「なんでって、萌咲はわたしの親友だし、あんたはわたしの幼なじみじゃない。だから、心配して当然でしょ」

 一気にヒートアップした俺に、負けじと唯奈も言い返してくる。だが、いつもと違うのは、唯奈の目にはうっすらと光るものがあることと、明らかに戸惑っている表情だった。

「そういうの、まじ迷惑なんだよ」

「え?」

「幼なじみだからって、人のことになんでも勝手に首をつっこんでくるのがまじでウザいって言ってんだよ!」

 幼なじみというワードに最後の防波堤が崩れた俺は、完全に思っていることとは別の言葉を唯奈に叩きつけた。

 一瞬で静まり返る室内に、俺の荒い息だけが広がっていく。しまったと思ったときには手遅れで、いつの間にか登校していたクラスメイトたちもなにごとかと俺を遠巻きに見ていた。

「ごめん、わたし、そんなつもりじゃ――」

 完全に気落ちした唯奈が、はっきりとわかるほどの涙をこぼした。その姿を見て、取り返しのつかない事態にまでなってしまったことと、完全に唯奈を傷つけてしまったことを思い知った。

「もういい、頼むからほっといてくれよ」

 もう唯奈を直視できなくなった俺は、逃げるように席についた。いつもなら夫婦喧嘩かと茶化してくるクラスメイトも、今回ばかりはいつもと違う雰囲気に口を閉ざしていた。

 全てが最悪だった。

 一番傷つけたくなかった唯奈を傷つけてしまった事実に、愕然としてふるえるしかなかった。

 もう、自分で自分をコントロールできなくなっていることを自覚した瞬間、なにかが自分の中で壊れるのを感じた。

 今にも泣きそうな雨雲を眺めながら、泣きたいのは俺のほうだと心の中で叫び続けた。