放課後、唯奈に誘われてショッピングセンターに向かった。もちろん、俺と二人ではなく唯奈の相手は涼太だ。俺の隣には萌咲がいて、傍から見たら仲のいいダブルデートだが、俺にとっては拷問に近い内容だった。
「須崎くん?」
楽しそうに前を歩く唯奈たちをぼんやり眺めていたところで、萌咲の心配する声が聞こえてきた。
「え? あ、なんだっけ?」
唯奈と違って小柄な萌咲が、強張った表情で見上げていた。どうやらなにかを話していたらしく、俺の反応がないことに心配になっていたようだった。
「悪い、つい、ぼーっとしてた」
慌てて言い訳を口にしながら、無理矢理笑顔を作る。そんな俺に萌咲は怒るどころか、むしろ気づかいさえみせてくれた。
――ほんと、いい子だよな
屈託ない笑顔を浮かべる萌咲に、胸の中に重苦しさが広がっていく。萌咲は、一見おとなそうに見えるけど、愛嬌の良さで唯奈に並ぶ人気の女子だ。間違っても、俺なんかが雑に扱っていい存在ではなかった。
「ごめん、ちょっと大翔借りるね」
前にいた唯奈が急に俺の手を掴むと、有無を言わさず化粧品コーナーに引っ張っていった。
「おい、なんだよ急に」
突然の唯奈の柔らかな手に、意識がかすんで体中が熱くなっていく。そんな俺の抗議を無視して、唯奈は一人楽しげに商品を選んでいた。
「ちょっと気になったのがあったの。で、試してみるから大翔の感想を聞きたいわけ」
「あのな、そんなことなら涼太に頼めよ」
「涼太じゃ優しすぎてダメなの。はっきり言ってくれるあんたが頼りなわけ」
意地悪げに笑いながら、唯奈が俺を選んだ理由を口にする。悪い気はしなかったが、うまく返すこともできずに黙るしかなかった。
――楽しいんだろうな
溢れる笑みを隠すことなく商品を手にする唯奈を見ながら、必死でため息を飲み込み続ける。唯奈が手にする商品が俺のためじゃないことはわかっているが、不意に訪れた二人の時間に胸がわき踊るのをおさえきれなかった。
――でもな
現実の唯奈を前にして、思考が悪い方へ引っ張られていく。唯奈が萌咲の背中を押して俺とくっつけようとしたのは、おそらく涼太との時間を増やしたかったからだと察していた。
小さい頃から、なにをするにも三人だった。だからこそ、唯奈が涼太と付き合うことになっても、二人は完全に二人きりになれていない。俺という存在が、二人にとっては邪魔でしかないのだ。
だから、萌咲を押しつけた。もちろん、人のいい涼太や唯奈がそんなことを考えるわけがないともわかっている。だが、二人の間に居場所を失った俺は、どうしても悪い方にしか考えられなくなっていた。
「ねぇ、なんか悩みあるなら相談のるけど?」
「あ?」
「なんかさ、大翔は悩んでいるみたいだし、涼太にも言えないことならわたしが聞いてもいいけど」
商品を手にしたまま、唯奈が緊張したような声で呟いた。その微かに震えた声が、ここに連れてきた本当の理由を物語っていた。
「なんだよそれ」
「だって、こんなに調子悪そうな大翔を見るのは初めてだもん。なにかあったんじゃないかって心配してたの」
じっと俺を見つめたまま、唯奈がいらない気をつかってくる。だからこそ、いつもの冗談じゃないことは笑みの消えた顔ですぐにわかった。
――お前が好きなんだよって、そんなこと言えるわけないだろ
唯奈を見つめ返しながら、どう返事するか思案する。とはいえ、これまで二人にはさとられないように気をつけていたはずなのに、いつの間にか勘ぐられていたわけだから下手なことは言えなかった。
――もし、言ったらどうなる?
震えだした両手を握りしめ、乱暴な息を無理矢理飲み込んでいく。わかっていることは、もし言ってしまえばこの関係が崩れるということだけだった。
「ねぇ、似合うと思う?」
いつの間にか試供品の口紅をつけていた唯奈が、これみよがしに唇を近づけてきた。その距離の近さと鮮やかな色に一瞬で心臓がはね上がった俺は、もうまともに唯奈を見ることができなかった。
「馬子にも衣装だな」
「なにそれ」
綺麗だとは言えず、慌ててついた悪態に唯奈が眉間にしわをよせて俺の胸をついてくる。激しく痛がってみせたが、本当に痛かったのは暴れる胸の奥だった。
「戻ろっか」
結局、俺からなにも聞けないとさとった唯奈が、再び涼太のもとに戻っていく。その喪失感が今までにないほど胸を抉るのを感じた瞬間、もうこの気持ちにフタをするのは限界な気がした。
「須崎くん?」
楽しそうに前を歩く唯奈たちをぼんやり眺めていたところで、萌咲の心配する声が聞こえてきた。
「え? あ、なんだっけ?」
唯奈と違って小柄な萌咲が、強張った表情で見上げていた。どうやらなにかを話していたらしく、俺の反応がないことに心配になっていたようだった。
「悪い、つい、ぼーっとしてた」
慌てて言い訳を口にしながら、無理矢理笑顔を作る。そんな俺に萌咲は怒るどころか、むしろ気づかいさえみせてくれた。
――ほんと、いい子だよな
屈託ない笑顔を浮かべる萌咲に、胸の中に重苦しさが広がっていく。萌咲は、一見おとなそうに見えるけど、愛嬌の良さで唯奈に並ぶ人気の女子だ。間違っても、俺なんかが雑に扱っていい存在ではなかった。
「ごめん、ちょっと大翔借りるね」
前にいた唯奈が急に俺の手を掴むと、有無を言わさず化粧品コーナーに引っ張っていった。
「おい、なんだよ急に」
突然の唯奈の柔らかな手に、意識がかすんで体中が熱くなっていく。そんな俺の抗議を無視して、唯奈は一人楽しげに商品を選んでいた。
「ちょっと気になったのがあったの。で、試してみるから大翔の感想を聞きたいわけ」
「あのな、そんなことなら涼太に頼めよ」
「涼太じゃ優しすぎてダメなの。はっきり言ってくれるあんたが頼りなわけ」
意地悪げに笑いながら、唯奈が俺を選んだ理由を口にする。悪い気はしなかったが、うまく返すこともできずに黙るしかなかった。
――楽しいんだろうな
溢れる笑みを隠すことなく商品を手にする唯奈を見ながら、必死でため息を飲み込み続ける。唯奈が手にする商品が俺のためじゃないことはわかっているが、不意に訪れた二人の時間に胸がわき踊るのをおさえきれなかった。
――でもな
現実の唯奈を前にして、思考が悪い方へ引っ張られていく。唯奈が萌咲の背中を押して俺とくっつけようとしたのは、おそらく涼太との時間を増やしたかったからだと察していた。
小さい頃から、なにをするにも三人だった。だからこそ、唯奈が涼太と付き合うことになっても、二人は完全に二人きりになれていない。俺という存在が、二人にとっては邪魔でしかないのだ。
だから、萌咲を押しつけた。もちろん、人のいい涼太や唯奈がそんなことを考えるわけがないともわかっている。だが、二人の間に居場所を失った俺は、どうしても悪い方にしか考えられなくなっていた。
「ねぇ、なんか悩みあるなら相談のるけど?」
「あ?」
「なんかさ、大翔は悩んでいるみたいだし、涼太にも言えないことならわたしが聞いてもいいけど」
商品を手にしたまま、唯奈が緊張したような声で呟いた。その微かに震えた声が、ここに連れてきた本当の理由を物語っていた。
「なんだよそれ」
「だって、こんなに調子悪そうな大翔を見るのは初めてだもん。なにかあったんじゃないかって心配してたの」
じっと俺を見つめたまま、唯奈がいらない気をつかってくる。だからこそ、いつもの冗談じゃないことは笑みの消えた顔ですぐにわかった。
――お前が好きなんだよって、そんなこと言えるわけないだろ
唯奈を見つめ返しながら、どう返事するか思案する。とはいえ、これまで二人にはさとられないように気をつけていたはずなのに、いつの間にか勘ぐられていたわけだから下手なことは言えなかった。
――もし、言ったらどうなる?
震えだした両手を握りしめ、乱暴な息を無理矢理飲み込んでいく。わかっていることは、もし言ってしまえばこの関係が崩れるということだけだった。
「ねぇ、似合うと思う?」
いつの間にか試供品の口紅をつけていた唯奈が、これみよがしに唇を近づけてきた。その距離の近さと鮮やかな色に一瞬で心臓がはね上がった俺は、もうまともに唯奈を見ることができなかった。
「馬子にも衣装だな」
「なにそれ」
綺麗だとは言えず、慌ててついた悪態に唯奈が眉間にしわをよせて俺の胸をついてくる。激しく痛がってみせたが、本当に痛かったのは暴れる胸の奥だった。
「戻ろっか」
結局、俺からなにも聞けないとさとった唯奈が、再び涼太のもとに戻っていく。その喪失感が今までにないほど胸を抉るのを感じた瞬間、もうこの気持ちにフタをするのは限界な気がした。