****
高道といる女子はたいがいは「女の敵」と彼を罵る割には、軒並み可愛くなると評判だった。
頑なな瞳も、分厚いメガネを外してコンタクトレンズをはめ、ひっつめていた髪を降ろして背中を覆う髪型に変えた途端に雰囲気が変わった。
今までは和やかなおどおどとした雰囲気だったのが一転、どこをどう見ても大和撫子のような凛とした出で立ちになったのだから、女子というものは変わるのである。
一方、どうにかイメチェンを果たした瞳をよそに、例の剣道部の先輩は他校の女子生徒と付き合いはじめたという噂を聞いた。こればかりはどうしようもないため、高道はどうしたものかと思ったが、瞳が元気なために黙っていた。
そんな中。
人の恋路の世話を焼いていた高道にも、唐突に恋愛の話が降ってきたのである。
今まで、「当たって砕けろ」とばかり言っては、玉砕した女子を慰める役割をしていた高道は、人を好きになって初めて、「もしかして自分は、周りの女子に対して相当失礼なことをしていたんじゃ」と気が付いた。
図書館に司書研修に入ってきた女子大生で、ポニーテールが可愛かった。
カウンター越しに少しだけしゃべれたら、その日一日は温かな気持ちで眠れ、会えないときは四六時中考えていられる人だった。
今まで恋をしたことがなかった高道は、こういうものが恋だということを知らず、当たって砕けて玉砕していった女子たちがいかに勇気が必要だったのか、勇気をかき集めたとしても全員上手く行くとは限らなかったことを思い知った。
……そして、玉砕した女子の大半は高道のことを好きになっていた。当たって砕けたら痛いため、痛みを忘れるために新しい恋を処方しようとしたら、失恋の痛手を受けている隣であれこれと励ましてくれた高道が、当社比三割増し格好よく見えていた影響だった。
だから、高道は自分が告白する段階で、女子たちに無責任なことを言っていたんだとようやく気付いたが、自分だって現状維持のままではいられなかった。そもそも彼女は研修のために図書館にいるので、研修が終わったら大学に帰ってしまうし、いち高校生が意味なく大学に入れる訳がない。
「あ、の……これ」
勇気を出して、高道はその女子大生に自分のアプリのIDを書いたメモを渡した。彼女はきょとんとした顔をしたあと、はにかんだ。
その笑みを見た途端に、高道は星が飛び散ったように見えた。図書館は本が焼けないように光が遮られているというのに、彼女だけが発光して見えたのだ。
「ありがとう。連絡するから」
高道は生まれて初めて、ふわふわと足取り軽く帰って行ったのだった。
そのことを話したのは、瞳だけだった。
男子に言ったらすぐに「いつ寝るの?」「おっぱい大きい?」と下半身に直結するようなことばかり言い出すので、まだID交換したばかりの大切な恋を汚したくない一心で、その手の話は女友達にしかできなかった。
高道が恋の世話を焼いた女子とは、紆余曲折を経て、嫌われて友情も終わってしまうことがほとんどだったが、おかしなことに瞳だけは友達のまま現状維持をしていた。
それは彼女が頑なな性格のせいで、「高道くんとのお付き合いはなし」と思われているせいなんだろうなと、どれだけ悪く思われているんだと高道はがっかりしていたが、同時に楽な相手であった。
人が善意で行動しても、それを勝手に好意と受け取って恋愛に持って行かない。それだけでこんなに楽な関係になるのかと思った。
【司書さんとID交換できた】
そうアプリで連絡してみた。既読。
そのあとおめでとうのスタンプがポンポンと返ってきた。
【すごいね。まずは前進おめでとう。返事は?】
【まだ。あ、今来た】
【なんて書いてあるの?】
【内緒ー。でも生きててよかったって初めて思える】
【ありがとう、瞳】
【どうして?】
【瞳くらいじゃん。俺と友達のまんまでいてくれるの】
【俺、なんにも悪くないのに、勝手に好かれた挙げ句嫌われて嫌だったから】
【友達でいてくれてありがとう】
そうしみじみと高道が訴えたが。唐突に返事がなくなった。
「あれ?」
普段自分語りをあまりしないから、引かれたんだろうか。
高道はまじまじと見ていたら、スタンプがポンポンと押された。
どれもこれも、可愛いから買っただけだろうスタンプで、意図がどうにも読み取れなかった。
【ちょ、これどういう意味????】
【意味なんかなあい】
そのときはそのままで会話は打ち切られてしまったが。
****
次の日、学校に行こうとしたら、登下校路に見慣れた姿が立っているのが見えた。瞳だった。
「おはよう。今日どうしてここにいるの?」
「おはよう、高道くん。一緒に学校に行こう?」
「う? おう」
ふたりで今日の他愛ない話をする。他愛ない授業の話、先生の失敗、男女別授業や選択式科目の内容まで、話題は事欠かない。
そんな他愛ない会話のあと、瞳が言った。
「そうだ、高道くんの好きな人。今度会わせてよ」
「うん? なんで」
「私ばっかり高道くんに助けてもらうの悪いもの。だから私も高道くんの恋の手助けができたらいいなあと思って」
「えー……いいよ、別に」
「よくない」
普段の和やかな瞳の口調とは思えない、低く冷たい声が響き、登校中の穏やかな空気がピシッと冷えたように感じた。
だが、それも一瞬。すぐに瞳は和やかな口調に戻る。
「まあ、嫌ならいいよ。別に」
「ごめんな、気を遣わせて」
「べーつーにー」
それで会話は終わったが。
話は終わらなかった。
女子大生とは、IDでやり取りをした結果、古都子という名前だと知った。通っている大学は地元でも有名な女子大で、司書の資格のために勉強をしているという。本好きな人だった。
彼女の研修が終わったあとも、深夜にIDでおしゃべりするのが日課になっている中、古都子のメッセージにときおり不穏なものが混ざるようになってきた。
【高道くん、最近仲いい子がいるの?】
そう聞かれて、高道は黙る。
周りからも「高道は距離感が変」とはよく言われていた。高道自身は自覚がなかったが、女子との距離感が「どう考えても付き合ってる距離感」らしいが、本人は自覚がなかった。
これがもっとギラギラした下心のある男子であったら、女子のほうから離れていくのだが、高道は下ネタをしゃべるのはTPOを選ぶべきという考えなため、それを口にしないだけで、勝手に女子から人気が出た。それがかえって距離感のバグを発生させていたのだ。
だから仲がいい子と言われても、自分の距離感がおかしいせいで勘違いされているのでは……としか思えなかった。
【特にいないよ?】
彼女ができたばかりの高道は、誤解は解かないと大変なことになると、過去の経験から既にわかっていた。他の誰に好き勝手なことを言われても問題ないが、古都子にだけは誤解されたくなかった。
古都子は【ならいいんだけど】とだけ返した。
しかし、古都子の不安げなメッセージはだんだん増えてきたのだ。
【本当に高道くん、仲のいい子いないの?】
ときどき泣いている猫のスタンプと一緒に送られてくるようになったのだ。
さすがにこれは、通話で話さないとまずいんじゃないだろうか。高道はたまりかねて、【通話できますか?】と聞いてから、通話機能を付けた。
「もしもし古都子さん。最近どうしたんですか? 俺、本当に浮気とか全然できませんよ?」
『ごめんね、面倒臭いことばっかり言って。でもね、高道くんが他の子と一緒にいる写真、よく見るから』
「え……? どこでですか?」
『SNS』
いきなり言われて、頭を殴られたような気分になった。
高道は「それただの友達です」と言い、周りから勝手に好かれて勝手に嫌われるという旨を説明して、古都子をなだめすかしてから、教えてもらったSNSのアドレスに目を通し、「なんだこれ……」と震えた。
それは、普段の学校生活の写真であった。
登場人物は全て顔を消されてはいたものの、見る人から見れば、特定の高校の男子が女子を取っ替え引っ替えしているようにしか見えない。
同じスマホで音楽を聴いている姿、チョコ菓子でゲームをしている姿、一緒に踊り場でたむろしている姿……。
なにも知らない人からすれば青春の一ページだが、全部高道の顔を消して投稿してある辺り、悪意を感じた。
「誰だよ、こんなことしたの……」
一応SNSのアカウントを通報しておいたものの、胸騒ぎは止まらなかった。
知らない誰かが、自分を責め立てている。自分に向けられている悪意にへどが出そうになった。
高道といる女子はたいがいは「女の敵」と彼を罵る割には、軒並み可愛くなると評判だった。
頑なな瞳も、分厚いメガネを外してコンタクトレンズをはめ、ひっつめていた髪を降ろして背中を覆う髪型に変えた途端に雰囲気が変わった。
今までは和やかなおどおどとした雰囲気だったのが一転、どこをどう見ても大和撫子のような凛とした出で立ちになったのだから、女子というものは変わるのである。
一方、どうにかイメチェンを果たした瞳をよそに、例の剣道部の先輩は他校の女子生徒と付き合いはじめたという噂を聞いた。こればかりはどうしようもないため、高道はどうしたものかと思ったが、瞳が元気なために黙っていた。
そんな中。
人の恋路の世話を焼いていた高道にも、唐突に恋愛の話が降ってきたのである。
今まで、「当たって砕けろ」とばかり言っては、玉砕した女子を慰める役割をしていた高道は、人を好きになって初めて、「もしかして自分は、周りの女子に対して相当失礼なことをしていたんじゃ」と気が付いた。
図書館に司書研修に入ってきた女子大生で、ポニーテールが可愛かった。
カウンター越しに少しだけしゃべれたら、その日一日は温かな気持ちで眠れ、会えないときは四六時中考えていられる人だった。
今まで恋をしたことがなかった高道は、こういうものが恋だということを知らず、当たって砕けて玉砕していった女子たちがいかに勇気が必要だったのか、勇気をかき集めたとしても全員上手く行くとは限らなかったことを思い知った。
……そして、玉砕した女子の大半は高道のことを好きになっていた。当たって砕けたら痛いため、痛みを忘れるために新しい恋を処方しようとしたら、失恋の痛手を受けている隣であれこれと励ましてくれた高道が、当社比三割増し格好よく見えていた影響だった。
だから、高道は自分が告白する段階で、女子たちに無責任なことを言っていたんだとようやく気付いたが、自分だって現状維持のままではいられなかった。そもそも彼女は研修のために図書館にいるので、研修が終わったら大学に帰ってしまうし、いち高校生が意味なく大学に入れる訳がない。
「あ、の……これ」
勇気を出して、高道はその女子大生に自分のアプリのIDを書いたメモを渡した。彼女はきょとんとした顔をしたあと、はにかんだ。
その笑みを見た途端に、高道は星が飛び散ったように見えた。図書館は本が焼けないように光が遮られているというのに、彼女だけが発光して見えたのだ。
「ありがとう。連絡するから」
高道は生まれて初めて、ふわふわと足取り軽く帰って行ったのだった。
そのことを話したのは、瞳だけだった。
男子に言ったらすぐに「いつ寝るの?」「おっぱい大きい?」と下半身に直結するようなことばかり言い出すので、まだID交換したばかりの大切な恋を汚したくない一心で、その手の話は女友達にしかできなかった。
高道が恋の世話を焼いた女子とは、紆余曲折を経て、嫌われて友情も終わってしまうことがほとんどだったが、おかしなことに瞳だけは友達のまま現状維持をしていた。
それは彼女が頑なな性格のせいで、「高道くんとのお付き合いはなし」と思われているせいなんだろうなと、どれだけ悪く思われているんだと高道はがっかりしていたが、同時に楽な相手であった。
人が善意で行動しても、それを勝手に好意と受け取って恋愛に持って行かない。それだけでこんなに楽な関係になるのかと思った。
【司書さんとID交換できた】
そうアプリで連絡してみた。既読。
そのあとおめでとうのスタンプがポンポンと返ってきた。
【すごいね。まずは前進おめでとう。返事は?】
【まだ。あ、今来た】
【なんて書いてあるの?】
【内緒ー。でも生きててよかったって初めて思える】
【ありがとう、瞳】
【どうして?】
【瞳くらいじゃん。俺と友達のまんまでいてくれるの】
【俺、なんにも悪くないのに、勝手に好かれた挙げ句嫌われて嫌だったから】
【友達でいてくれてありがとう】
そうしみじみと高道が訴えたが。唐突に返事がなくなった。
「あれ?」
普段自分語りをあまりしないから、引かれたんだろうか。
高道はまじまじと見ていたら、スタンプがポンポンと押された。
どれもこれも、可愛いから買っただけだろうスタンプで、意図がどうにも読み取れなかった。
【ちょ、これどういう意味????】
【意味なんかなあい】
そのときはそのままで会話は打ち切られてしまったが。
****
次の日、学校に行こうとしたら、登下校路に見慣れた姿が立っているのが見えた。瞳だった。
「おはよう。今日どうしてここにいるの?」
「おはよう、高道くん。一緒に学校に行こう?」
「う? おう」
ふたりで今日の他愛ない話をする。他愛ない授業の話、先生の失敗、男女別授業や選択式科目の内容まで、話題は事欠かない。
そんな他愛ない会話のあと、瞳が言った。
「そうだ、高道くんの好きな人。今度会わせてよ」
「うん? なんで」
「私ばっかり高道くんに助けてもらうの悪いもの。だから私も高道くんの恋の手助けができたらいいなあと思って」
「えー……いいよ、別に」
「よくない」
普段の和やかな瞳の口調とは思えない、低く冷たい声が響き、登校中の穏やかな空気がピシッと冷えたように感じた。
だが、それも一瞬。すぐに瞳は和やかな口調に戻る。
「まあ、嫌ならいいよ。別に」
「ごめんな、気を遣わせて」
「べーつーにー」
それで会話は終わったが。
話は終わらなかった。
女子大生とは、IDでやり取りをした結果、古都子という名前だと知った。通っている大学は地元でも有名な女子大で、司書の資格のために勉強をしているという。本好きな人だった。
彼女の研修が終わったあとも、深夜にIDでおしゃべりするのが日課になっている中、古都子のメッセージにときおり不穏なものが混ざるようになってきた。
【高道くん、最近仲いい子がいるの?】
そう聞かれて、高道は黙る。
周りからも「高道は距離感が変」とはよく言われていた。高道自身は自覚がなかったが、女子との距離感が「どう考えても付き合ってる距離感」らしいが、本人は自覚がなかった。
これがもっとギラギラした下心のある男子であったら、女子のほうから離れていくのだが、高道は下ネタをしゃべるのはTPOを選ぶべきという考えなため、それを口にしないだけで、勝手に女子から人気が出た。それがかえって距離感のバグを発生させていたのだ。
だから仲がいい子と言われても、自分の距離感がおかしいせいで勘違いされているのでは……としか思えなかった。
【特にいないよ?】
彼女ができたばかりの高道は、誤解は解かないと大変なことになると、過去の経験から既にわかっていた。他の誰に好き勝手なことを言われても問題ないが、古都子にだけは誤解されたくなかった。
古都子は【ならいいんだけど】とだけ返した。
しかし、古都子の不安げなメッセージはだんだん増えてきたのだ。
【本当に高道くん、仲のいい子いないの?】
ときどき泣いている猫のスタンプと一緒に送られてくるようになったのだ。
さすがにこれは、通話で話さないとまずいんじゃないだろうか。高道はたまりかねて、【通話できますか?】と聞いてから、通話機能を付けた。
「もしもし古都子さん。最近どうしたんですか? 俺、本当に浮気とか全然できませんよ?」
『ごめんね、面倒臭いことばっかり言って。でもね、高道くんが他の子と一緒にいる写真、よく見るから』
「え……? どこでですか?」
『SNS』
いきなり言われて、頭を殴られたような気分になった。
高道は「それただの友達です」と言い、周りから勝手に好かれて勝手に嫌われるという旨を説明して、古都子をなだめすかしてから、教えてもらったSNSのアドレスに目を通し、「なんだこれ……」と震えた。
それは、普段の学校生活の写真であった。
登場人物は全て顔を消されてはいたものの、見る人から見れば、特定の高校の男子が女子を取っ替え引っ替えしているようにしか見えない。
同じスマホで音楽を聴いている姿、チョコ菓子でゲームをしている姿、一緒に踊り場でたむろしている姿……。
なにも知らない人からすれば青春の一ページだが、全部高道の顔を消して投稿してある辺り、悪意を感じた。
「誰だよ、こんなことしたの……」
一応SNSのアカウントを通報しておいたものの、胸騒ぎは止まらなかった。
知らない誰かが、自分を責め立てている。自分に向けられている悪意にへどが出そうになった。