それから一週間後、二人は再び一緒に青南高校へ向かった。
普段あまり緊張を覚えることのない翔太だが、この日ばかりは不安で気分が悪かった。凛に悟られないようにするのに必死だった。
倍率は、1.2倍。つまり、十人合格する裏で二人が落ちているということだ。
ここまで来たのだ。何が何でも受かりたい。
だがそれは、周りにいる中学生たち全員が思っている。同じように緊張した面持ちで駅から高校までの道のりを歩く人だかりを見ると、自信がなくなってくる。誰もが自分よりも賢そうに見える。
いよいよ高校の敷地に入った。番号を書き出した模造紙が校舎前の掲示板に貼られている。
いち早く自分の番号を見つけた生徒が歓声を上げた。それを尻目に、人だかりを少しずつ前に進む。
「あった!」
自分の番号を見つけ、隣にいる凛が、ぱっと顔を明るくさせた。いくら射程範囲内で自信があったとしても、不安がないわけではなかったのだろう。
翔太は、手元の生徒手帳にメモをした受験番号を、掲示板の中に探す。若い番号から数えていく。心音がどんどん大きくなる。
「あ」思わず間抜けた声が漏れた。「……あった」
「やったー!」
「うわ!」
翔太の台詞を聞いた凛が、思い切り飛びついた。慌てて翔太は彼女を引きずり人のいない方へ逃げる。
「よかったね、よかったね! 翔太!」凛は翔太の両手を握り締め、満面の笑みで小さく飛び跳ねる。
「これで、また一緒にいられるね!」
そんなことをはしゃぎながら言う。周囲の生徒たちに何ごとかと見られ恥ずかしく思いながら、それでも翔太は笑ってしまった。
それぞれ報告のために一度家に帰った。とはいえ美沙子は翔太に電話を鳴らされることを嫌うため、特にすることはなかった。待ち焦がれた夕刻になると、二人は一緒によつば食堂に向かった。
顔見知りの誰もが、その報告を喜んでくれた。
「凛ちゃんは想像通りだったが、まさか翔太まで受かるとはなあ」元さんが言うのに、翔太以外がどっと湧く。
「そんな言わんでもねえ。翔ちゃんやって頑張ったんやから」台拭きを手にした悦子が、テーブルを拭きにやって来た。
「冗談冗談。よう勉強してたもんな」
「言わなきゃよかった」
「拗ねるなっての。とにかく二人とも、よかったなあ」
いつもの大声で笑う元さんの右手に、頭を掴まれて髪をくしゃくしゃにされる。迷惑なはずの行為なのに、普段の仏頂面をキープできなかった。これで高校生になれる。それも、凛と同じ高校にこれから通える。その喜びがようやっと実感になって湧きあがり、笑顔を隠しきれなかった。
風呂から上がり着替えて歯を磨いていた時、玄関のドアが開いた。あと十秒も遅ければ部屋に引っ込んで知らんふりができたのに。そう思ったが、今日は伝えておくことがあったから、丁度よかった。
うがいをして脱衣所から顔を出し「おかえり」と呟いたが、そこにいるのは勝也だけだった。靴を脱ぎ散らかし廊下を通り過ぎる臭いで、彼がだいぶ酒を飲んでいることを知る。最近は随分と入り浸るようになった。週の半分以上はこの部屋に居る。深夜に騒ぐのはいい加減に止めて欲しいが、翔太にはそんな台詞を吐く度胸はなかった。近所にも勝也の存在は知れ渡っている。そのガラの悪さも周知の事実だから、誰一人注意にやってこない。翔太にとって、それは有難いが心苦しくて恥ずかしい。
「美沙子さんは」
キッチンの椅子に腰かける背中に尋ねると「コンビニや」と返ってきた。よくこれだけ酒を買う金があるなと思うが、そこは美沙子が工面してやっているのかもしれない。
「翔太、湯沸かせや」煙草に火を点けながら、勝也が言う。
それぐらい自分でしろと、翔太は思うだけで黙って流しの前に立つ。カップ麺一つ、この男は自分で作らないのだ。
「受かったよ」
やかんに水を入れながら呟いた。
「なにがや」
「高校」
ふん、と勝也が鼻を鳴らした。手元のスマートフォンで麻雀ゲームを始める。
「どこや」
「青南高校」やかんをコンロに移し、火をつける。チチチチ、音が鳴る。
「ほう」声と共に男は煙を吐いた。「まあまあのとこやな」
ラックからカップ麺を二つ取り出して考えていると「右や」と勝也が言った。大人しく、左手のカップ麺をしまい、右手のカレー味のビニールを剥ぐ。
「辞めんなよ」一萬を捨てながら吐き捨てるのに「わかってる」とだけ返した。
蓋を半分開け、沸かした湯を隙間から入れる。規定の量に達すると蓋を閉め、箸を取り出す。三分でスタートしたタイマーと共に黙ってテーブルに置いた。
そのまま部屋に向かう翔太に「おう」と勝也が声をかける。
「なに」
「愛想のないガキやな。ちょっとは相手せえや」
「もう寝ないと。明日、卒業式の練習だから」
「そんなん行かんでもええやろ」
「行きたい」
翔太は勝也を睨む。こんな家で時間を潰すぐらいなら、さっさと寝て明日を迎えて、学校に行きたい。友人とも話したいし、凛にも会いたい。担任にも合格を自分の口で伝えたい。だがその気持ちが、勝也には微塵も理解できないらしい。
「そんな態度とってええんか」
「どういう意味」
「わしら、家族になるんやで」
突然の言葉に、全く理解が追い付かなかった。眉を顰める翔太に、スマートフォンを置いた勝也は可笑しそうな顔をする。
「なんやおまえ、高校受かったっちゅうても、やっぱあほなんやないか」煙草を灰皿でもみ消した。「わしと美沙子な、籍入れるんや」
目を見開いた顔が更に面白かったらしい。「なんやその顔」と勝也はいっそう下品な笑い声をあげる。
「それ、ほんと……」
「ほんまに決まっとるやろが。おまえにこんな嘘ついて、わしになんの得があるっちゅうんや」
翔太は、勝也が大嫌いだった。酒と煙草の臭いを染みつかせ、まともに働く素振りもなく、賭け事で金をするこの男を軽蔑した。よその子どもを顎で使う暴君ぶりに辟易した。自分を嫌う伯母の美沙子が、この男の前だと機嫌を取るために一層いじめてくるのも嫌だった。
そんな男が、家族になる。
「嫌そうな顔すんなや、翔太」鳴りだしたタイマーを止め、勝也は箸を手に取り、カップ麺を食べ始める。それを見ながら、翔太は絶望的な気分に陥った。だがなんとか「そう」と素っ気ない声を絞り出す。
「俺には、関係ないから」
「冷たいやつやな」
「それは二人の問題だから、俺には関係ない」
「よう言うやないか」細い麺を咀嚼しながら、勝也はにやにやと笑う。「そんなら出ていけや」
ぐっと言葉を呑みこむ。
「関係あらへんのやったら、ここにいる必要もないやろが。おら、さっさと出てけや」
勝也が立ち上がる。
悔しくてたまらない。自分が軽蔑する大人にも敵わないだなんて。
乱暴に肩口を掴まれ、翔太はようやく「ごめんなさい」と小声で囁いた。
「聞こえへんのや。ちゃんと喋れや!」
「ごめんなさい!」
惨めだ。手を離されながら、無力さに奥歯を噛み締める。今後は、この男の気分ひとつで、自分の生活すら危うくされるのだ。
だが、まだ高校に行けるという希望があるだけよかった。翔太はそう考えた。凛が誘ってくれないまま卒業後に働くという選択をしていれば、更に辛い気分になっていたかもしれない。彼女のおかげで、より良い道を選ぶことが出来た。
雨宮翔太を高校見学に誘う。彼女はそうした夢を見たのだろうか。そんなことを考えた。
卒業式は、無事に終わった。三年間の中学生活は、終わりを告げた。
愁いに浸る間もなく、翔太は凛に引っ張られるまま、高校入学への準備を始めた。若葉中学校から青南高校に進学するのは、雨宮翔太と榎本凛の二人だけだった。だからだろうと翔太は思った。きっと凛は心細いから、制服の購入や教科書の受け取りにもわざわざ待ち合わせをして一緒に行きたがるのだろう。
「私も一緒に行く」
だが、流石に凛の言葉を断る場面もあった。
それは高校への通学手段について話している時だった。自転車で通うと行った翔太に、凛は自分もそうすると言ったのだ。
「いいって。凛は電車で行きなよ」よつば食堂でいつも通りの親子丼を食べながら、翔太は言った。「電車でも四十分かかるんだよ。女の子なんだし、帰りは危ないよ」
「平気だよ、それぐらい。私だって」今日は同じ親子丼を前にして、凛は譲らない。
「だめ」
「どうして」
「どうしても」
「いじわる」凛は頬を膨らませる。「いいもん。勝手に行くから」
「置いていく」言い捨てて食べ始める翔太に、「ひどい」と凛は身を乗り出した。
「私だって、心配してるんだよ」
「なにを」
「それは……」
それ以上何も言えなくなるのに、翔太にも少し罪悪感が湧く。ただ一緒に通学したいという思いと共に、彼女は不安なのだ。片目の見えない翔太が、長距離を毎日自転車で通って事故に遭わないかどうか。
しかし、かといって翔太に電車で通うという選択肢はない。交通費などというものを美沙子や勝也が考慮するはずがなかったし、食堂に通う大人が、幸い古い自転車を譲ってくれた。それでもう確定なのだ。
「いじわる言ってごめん」翔太は謝ったが、やはり承諾は出来ない。「でも、俺は大丈夫だよ」
「そんなこと言ったって」
「凛は部活だって入るだろ。そしたら帰りはいつも一緒なんてわけにはいかない。青南高校は田舎だから、人通りだってない。そんな夜道を、女の子が一時間以上もかけて一人で帰るのなんて危なすぎる」
「でも、翔太だってそんな夜道を一人で帰るんでしょ」
「俺は他に方法がないんだ。でもそっちは違うだろ。それなら安全な方を行って欲しい。もし俺に付き合って自転車で通って、何か事件にでも遭ったりすれば、無事だったとしても俺は堪えられないよ。説得できなかったことを一生後悔する」
凛は翔太を心配しているが、翔太も凛が心配なのだ。それに気づいた彼女は、渋々ながらも頷いた。
「ほら、冷めるから食べなよ」
不承不承の顔で、彼女はいただきますと手を合わせる。
「同じ学校なんだから。その気になればいつだって会えるよ」
翔太は何気なく言ったが、それを聞いた彼女の表情は至極嬉しそうだった。「……そうだね」と頷いて、微笑んだ。
四月に入って迎えた入学式の日は、快晴だった。
体育館での入学式はつつがなく終わり、緊張気味の新入生たちはそれぞれの教室に向かう。翔太は五組、凛は七組と、流石に同じクラスにはならなかった。一クラスは四十人。名前も顔も知らない初対面のクラスメイト達に囲まれ、誰もが期待と不安をミックスした独特の表情を浮かべている。
初めてのホームルームでは、クラスの一人一人が短い自己紹介を行った。翔太は男子の出席番号一番だったから、自己紹介も初っ端の順番となった。名前と出身中学のみというひどく簡素な自己紹介を彼が終えると、あとの生徒たちもそれに続いた。
明日からさっそく六時限の授業開始となる。忘れ物をしないようにと、女性の担任教師がホームルームを締めた。
クラスは異なったが、翔太は今朝クラス名簿を見た凛に「一緒に帰ろう」と誘われていた。その時の彼女は珍しく不安そうな顔をしていたから、色々と話したい感想があるのだろう。翔太にもその気持ちは理解できたから、駅までのたった五分の道のりでも、今日は一緒に歩きたいと思った。
絶妙な距離感に、教室は奇妙な戸惑いに満ちている。
翔太はさっさと玄関口に向かおうと、軽い鞄を肩にかける。その時、同じように立ち上がった後ろの席の生徒が「あのさ」と声をかけてきた。
振り返った翔太は、あれ、と思う。それは見知らぬ相手への疑問ではなく、その生徒に見覚えがあったからだった。
「雨宮くん、だっけ」
「うん」
頷いた翔太は、ばつの悪い顔をする。元々他人にあまり関心を持てない性質は、相手の名前や顔を覚えることをより困難にしていた。「えっと」と時間を稼いで考えるが、しかし自己紹介での彼の名前を思い出せない。
「ごめん、名前聞いてもいい」
「五十川。漢数字の五十に、三本川」
「わかった。五十川くん」
「修でいいよ。下の名前」
「俺も、翔太でいいよ」そう返しながらもまだピンとこない。「どこかで会ったっけ」
「去年の夏の、高校見学の時。手芸部の見学来てなかったか」五十川の言葉に、ようやく翔太は納得した。凛に連れられて向かった被服室には、一人だけ男子生徒がいた。当時より髪が少し伸びているが、眼鏡をかけている彼は、あの時の生徒だ。
「ああ、思い出した」
翔太の台詞に、彼は少しほっとしたようだ。「もう一人男子がいたっていうんで、覚えてたんだ」
「手芸部入るの?」
「そうしようと思ってる」五十川は軽く頭をかく。「そっちは入らないのか」
「まだ決めてないけど、俺は入らないと思う」
運動部は片目が見えない時点で入るつもりはなかった。不可能ではないだろうが、それを可能にする熱意はない。それなら文化部かとも思うが、興味があり且つ金のかからない部活というものが分からない。強制でないのなら、中学同様に帰宅部でもいいやと思っている。
「見学の時だって、付き合いで行っただけだし」
「あの、一緒に来てた彼女の」
「違うよ。ただの友だち。お互いに一緒に行く人がいなかったんだ」
「へえ」しかし、五十川は腹落ちしない表情をする。
「でも、多分向こうは入ると思う」そろそろ教室を出ようとすると、五十川も続いて廊下に出た。恐らく同じ出身中学同士の数人のグループが、あちこちに固まってお喋りをしている。
「だから、もし同じ部活になったら、よろしくしてあげてよ」
話しながら、二階の階段を下りる。古い校舎には、四月の明るい真昼の陽が差し込んでいて清々しい。
正面玄関の隅に、凛は所在なげに立っていた。翔太を見つけると途端に表情を輝かせて手を振る。が、その横の男子生徒に気が付くと、手を止めて怪訝な顔をした。
「ごめん、待たせて」
「ううん。ぜんぜん」それよりと隣を覗うのに、翔太は彼を紹介した。といってもせいぜい名前と、先ほど聞いたばかりの出身中学ぐらいだったが、凛は納得の顔をした。
「出席番号、近いんだね」彼女はすぐにそのことに気が付いた。「榎本凛です。翔太とは、同じ中学校だったの」そうして律儀に頭を下げると、五十川もつられて礼をした。
「去年、手芸部の見学行っただろ、その時いたんだって」
翔太が言うと、凛は「やっぱり!」と手を打った。「だから見覚えあったんだ。男の子もいるんだって思ったの、覚えてる」
「さっき聞いたんだけど」五十川はちらりと翔太の方を見た。「手芸部、入るんだって?」
「うん、そのつもり。五十川くんは」
「どうだろう。もう一回見学行ってから決めようと思う。でも多分、入るよ」
少しだけ話をすると、彼はもう帰ると軽く手を振った。
「翔太のこと、よろしくね」
凛が楽しそうに言うのに「保護者じゃないんだから」と翔太はつい呟いた。
五十川がいなくなると、凛はくすりと笑う。
「びっくりしたよ」
「なにが」
「翔太の方が先に友だち連れてくるんだもん」
「友だちっていうか……ちょっとしか喋ってないけど」
「でも、出席番号近い人と接点があるのは、いいことだよ」羨ましそうに言いながら凛は歩き出す。それもそうかと思いながら、翔太は彼女に続く。
「そっちはどうだった。クラス」
「まだ、わかんないけどね。全然話せてないし」
「まあ、凛なら大丈夫だよ」駐輪場に向かいながら、翔太は鞄から自転車の鍵を取り出す。
「大丈夫って、根拠がないよ」
「根拠はあるよ」
駐輪場は、ほとんどの生徒が電車通学をしているおかげで、混むことはないようだった。朝見た時も、そして今も、それぞれのクラスに数台ずつしか自転車は停まっていない。場所を巡って争う必要はなさそうだ。
「たとえば?」塗装が剥げかけている自転車を開錠する翔太に、凛が問いかけた。
「たとえば、中学」かごに鞄を入れて振り返る。一緒に入れようかと言ったが、これぐらい平気だと凛は首を振った。
「転校して一週間後には、クラスのほとんどと仲良くなってただろ。グループとかとっくに出来上がってたのに」
「あれは、みんながいい人だったんだよ」
「あと、食堂も」スタンドを倒して自転車をひっぱり出した。「俺なんか、小学生の時から通って今の感じなのに、凛は一足飛びだ。毎日来てるわけじゃないのにすぐ仲良くなったし」
「あれも、みんなが優しかったの」校門に向けて並んで歩きながら、凛は言った。「翔太だって、そのことは知ってるでしょ」
「知ってるよ。でも多分、凛だからすぐに馴染んだんだ。俺があの学校に転校しても、食堂に行って一か月が経っても、あそこまで仲良くはなれない」
「もしかして、褒めてくれてる?」
「励ましてる」
「落ち込んでなんかないのに」
「そう見えた」
玄関脇に立ち尽くす彼女は、翔太にはひどく寂しそうに見えた。そして、そんな凛の姿をいつまでも眺めていたくはないと思った。
「大丈夫だよ。私の心配なんかしなくたって」
「大丈夫って、さっきは根拠がないって言ってたくせに」
「うるさいうるさい、翔太のばか」
鞄を軽く振ってちょろりと舌を出すのに、翔太は思わず笑ってしまう。同時に、やっぱり大丈夫だと思う。こんなに明るくてエネルギーの溢れる彼女なのだ、きっとすぐに仲の良い友達もできるだろう。
「でも、ありがとね」
嬉しそうな笑顔が、こんなに眩しいのだから。
もう一度だけ、翔太は凛に付き添って被服室を訪ねた。
「本当に、二人とも受かったんだ!」
二人のことを覚えていた上級生は、凛が入部を決めると喜んでくれた。反対に翔太は、何度も誘われたが即決はできなかった。単純に興味がなかったし、そんな中途半端な気持ちで入っても迷惑になると思ったのだ。
「重く考えすぎじゃないか」それを聞いた五十川は言った。「合わなきゃ辞めたらいいだけだろ」
「俺は出来るだけ省エネで生きたいんだ。辞めるぐらいなら最初から入りたくない」
翔太の席は廊下側の先頭だった。出席番号順に配置されていれば、自然とそうなった。既に部員となった五十川は後ろの席で呆れた顔をするが、翔太は別にそれで構わなかった。これを消極的と取られようが、生真面目と取られようが、大して興味もない。
「彼女と正反対だな」
「だから、彼女じゃないって」
「ほんとか?」
「ほんとだよ」
昼休みのざわつく廊下に彼が視線をやるので、翔太もそちらを向く。廊下の向こうからぱたぱたと凛がやって来ていた。肩で綺麗にそろえた髪に、藍色を基調とした制服がよく似合っている。
「通りかかったから、来ちゃった! あっ、五十川くんも、こんにちは!」
窓枠から顔を出す彼女が元気に挨拶をするのに、五十川も「こんにちは」と返す。
「ねえ、翔太。今日放課後空いてる?」
「空いてるけど、被服室は行かないよ」
「ほんとに入らないの? 手芸部」
「だって、興味ないし、出来る気もしないし」
「他の部活は」
凛は、翔太の高校生活を楽しくさせるのに気合を入れているようだった。
だが翔太は、「考えてないよ」とすげなく返す。興味がないのに加え、部費のあてもない。おまけに往復二時間以上かかる自転車通学だ。あまり時間と体力を取られてしまえば、日常生活にも支障が出る。
「見学もいかないの? どこか興味あるところあったら、一緒に行くよ」
「面白そうで部費がかからなくて、週二ぐらいだったら考える」
「わがまますぎだよ」そう言って笑う凛は、廊下の先を見て「あっ」と声を上げた。
翔太の心配は、案の定、杞憂に終わった。入学して二週間も経てば、彼女は手芸部にも教室にも新しい友だちを作っていた。
「ちょっと、私行くね。放課後、思いついたら一緒に見学行こう」
「うん、考えとく」
翔太が頷くと、仲良くなった友人に呼ばれた凛は、再び廊下を軽い足取りで駆けていった。
雨宮翔太と榎本凛が一緒にいる光景は、既に多くの生徒に認識されていた。当然、浮いた話を噂されるようになり、翔太はそれをあまり良く思わなかった。しかし、何が嫌なのか本質を考えてみても、答えは出ない。自分たちはただの仲良し。探られたってそれ以上のものは何一つ出て来やしない。仮に叩かれたって、ほこりなんて出てこない。それなのに、何を臆することがあるだろう。
その思考に行きつくと、随分気楽になった。凛が何も気にしないなら、それでいいや。単純に翔太はそう思うことにした。
「付き合ってないってのが嘘みたいだな」
「嘘みたいでも、ほんとなんだ」
クラスの言葉を代弁する五十川に、翔太はそう言った。
四月の半ば、気候は肌にちょうどよく、春の心地よい風が開け放した窓からそよぐ。土曜日の昼間、自室で宿題に取り組んでいた翔太は鍵の開く音を聞いた。
勝也だ。入ってくる足音が美沙子のものより重いから、すぐに分かった。すでに合鍵を手にしている彼は、いつでもこの部屋を行き来するようになっていた。それは翔太にとって嫌でたまらない現実だが、反発すれば本当に追い出されかねない。ため息をつく度に自分の無力さを思い知る。
「おい、翔太、おるか」
無遠慮に襖が開かれる。飯でも作れと言われるのかと翔太は身構える。
「美沙子さん、出かけてるよ」
「知っとるわ。なんやおまえ、せっかくの休みやっちゅうのに、真面目くさりおって」机に広げているノートと教科書を見ると、鼻で笑う。
「飯でも食いに行こうや」
唐突な台詞に、理解が及ばない。
「今、俺しかいないけど」
「わしはおまえに言うとんや」
翔太の頭には疑問だけが浮かぶ。勝也が他人を食事に誘うことなど滅多にない上に、翔太一人に対して、なんて初めてだったからだ。何か裏に意味があるのではと勘ぐってしまう。
「けったいな顔すんなや。行くぞ」
「でも、宿題多いし」
「んなもん知らんわ。とろくさいのお。はよこいや」
ため息をこらえ、ノートを閉じた。
「お金、ないけど」
「ガキにたかるか。馬鹿にしとんか」
カップ麺は作らせるくせに。そう言いたかったが、翔太は黙って勝也に続いて部屋を出た。
連れられたのは、近所の回転寿司屋だった。ただ土曜の昼日中というだけあり、中は家族連れで随分混み合っていた。勝也は面倒がったので、順番待ちの名簿には翔太が名前を書いた。
こうしていれば、自分たちも身内のように見えるのだろうか。待っている人数を数えて悪態をつく勝也を横目に見て、気分が悪くなる。勘弁してほしい。
壁際の椅子に座って、備え付けのマンガ雑誌を読み始めた勝也の横に、翔太も所在なく腰掛ける。見るもなく視線をやった先では、モニターでローカルニュースが放送されていた。そういえば、窃盗犯はまだ捕まらないらしい。ぼんやり考えていると、眠たげな鈴木の顔を思い出す。「俺、許せねえよ」。そう言った彼は、犯人が捕まれば少しぐらい楽になれるだろうか。そんなことを思う。
しばらくして、カウンター席に呼ばれた。二つ分だけ空いた席の左側に勝也が座ったので、その右側に翔太も並んだ。
「おまえ、こんなとこ久しぶりやろ」お手拭きで手を拭きながら言うのに、素直に「うん」と頷く。「八年ぶりぐらい」
「あいつはケチやからな」可笑しそうに勝也が笑う。
それを聞きながら、湯飲みに緑茶の粉とお湯を入れた。固まった粉が、湯飲みの中央でくるくると回る。顔を上げると、レーンをプラスチック製の皿が右から左へ流れていくのが見える。
タイ。いくらの軍艦。よく知らない白身魚。たまご。えび。ソーセージの乗った寿司。連なって、店中をぐるぐると回っている。懐かしい。この流れる皿を取るのが好きで、両親のリクエストを聞いてはその分も取っていた。あれからもう八年か。
「おまえはよう頑張っとるのう」
背中を叩かれ、浸りかけた懐旧から慌てて翔太は戻ってきた。頑張っただなんて、もしかして勝也が言ったのか?
「好きなん食えや。入学祝いやからな」
「入学祝い?」思わず繰り返す。「なんで、いきなり」
「あかんのか」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
勝也は構わず、イカの乗った皿を手に取る。促され、翔太も迷いながらえびの皿を取った。それでも食べるのを躊躇ってしまう。
これが悦子や元さんといった人が相手なら、恐縮しながらも喜んで受け入れた。だが相手が勝也となると、途端にひるんでしまう。この男が見せる厚意だなんて気味が悪くて仕方ない。一緒に暮らす子どもに食事をさせる父親代わりの人間だなどとアピールしているのだろうか。この寿司を口にすれば、彼の家族になることを認めてしまう気がする。
だが、考えすぎだと、翔太はその思いを振りはらった。この男は、これから同じ場所で暮らすだけの真っ赤な他人。こんなものでなにが変わるわけでもない。
それでも禁じ得ない苛立ちを見せないよう、弾力のあるえびの身を噛みしめる。
「どうや、高校は」
「うん……」寿司飯を飲み込む。「まあまあ」
「行った方がよかったやろ」
間違いなく、高校に進学したのは良い選択だった。
だがここで頷けば、すべては美沙子を説得した勝也のおかげ、ということになる気がする。それをまるきり否定できないのが、翔太は悔しかった。誘ってくれた凛や、応援してくれた担任や食堂の人たち、励まし合った同級生の思いやりを全てないがしろにしてしまう気がした。それなのに、勝也が出てきたおかげで保護者である美沙子の同意を得られた現実が、情けない。
「なんとか言えや」
睨まれ、ようやく翔太は頷く。
「やから、行け言うたんや。わしは」
「ねえ……」翔太はやっと自分から口を開いた。「本当に、美沙子さんと一緒になるの」
近くの店員に赤だしを注文しながら、勝也は「せやな」と言った。
「そのことやけどな。おまえに言っとくことがあるんや」
「なに」
「あの部屋に来るんは、ほんまにわしだけか」
「どういうこと」
「鈍いやっちゃな」勝也は苛立ち、人差し指でカウンターを叩く。だがそう言われても、翔太にはとんと意味が解らない。
「うちには、めったに人は来ないよ。知ってると思うけど」
「ほんまやな」
なぜ勝也がこんなことを疑うのかもわからない。「ほんとだけど」と呟いて、翔太は湯呑をちびちびとすする。
「嘘ついとったらおまえ、承知せえへんぞ」
「嘘じゃないってば」
「それは前からやろな。わしが来る前からそんなんやったか」
「前は……」
考えながら、勝手に喋っていいものかと翔太は迷った。だがそうして言い淀む姿に対し、勝也は「なんや」と低い声で威圧する。「前は、なんや」と繰り返す。こんな場所で勝也が大声を出し始めるのは堪らないので、翔太は渋々思い出す。
「美沙子さんの付き合ってた人が、時々来てただけ」
「どんなやつや」
「背が高い、四十歳くらいの人。たまにうちに来てた」
美沙子の連れてくる男に、翔太はいい思い出がなかった。男がいれば美沙子は翔太を更にいじめたし、男は翔太を邪魔者扱いした。彼女はころころと付き合う男を変えていたが、誰も彼もそんな特徴は変わらなかった。
「そいつはどこいった」
「知らない。転勤だって言って、急に来なくなった。美沙子さん、騙されたってずっと怒ってた。いくらかお金貸してたんだって」
話しながら、翔太は薄々勘付いてきた。勝也は、美沙子の浮気を疑っているのだ。自分がこれから本格的に寄生しようとする相手が、他の男に逃げたりしないか心配しているのだ。
なんて嫌なやつだろう。促されるままに美沙子の男性遍歴を思い出す翔太は、逃げ出したくなる。だが、この卑怯で狡猾な小心者を選んだのも美沙子なのだ。盲目的に惚れ込み、キープするためなら実の甥も喜んで差し出す女。どっちもどっち。お互い様だろう。
「わしはな、おまえのためにも言うとんやぞ」
「俺のためって、なにが」
勝也は赤だしをすすり、翔太はかっぱ巻きを口にする。
「他の男が現れりゃあ、おまえも高校どころじゃないなるぞ。とっとと辞めて働けっつって中退させられるかもしれん。せっかく入ったっちゅうのにそんなん嫌やろが」
「そりゃあ……そうだけど」
しかし何と言われようと、三年後に勝也たちの分も働かされることを考えると明るい気分にはなれない。
「しけたガキやな。まあええわ。とにかく、今はそんなんおらんちゅうことでええんやな」
「少なくとも、俺は知らない」
「よっしゃ。もしそんなん出て来よったらな、さっさとわしに言えよ」
「言ったらどうなるの」
「それはまあ、そん時やな」
美沙子が浮気をしていれば、もしくは間に男が入ってきたら。勝也はどういう手を取るのだろう。
乱暴な男のことだ、最悪の場合、殺傷沙汰になりかねない。想像するだけで食欲がなくなる。もったいないので、無理矢理次の皿を手にする。サーモンの鮮やかな橙。
勝也は言いたいことを言って満足したらしい。しばらく二人は会話もせずにただ寿司を食べた。相変わらず混雑している店内は、店員の威勢の良い掛け声や、不機嫌な赤ん坊の泣き声、多くの笑い声や話し声でざわついている。
「翔太、おまえ部活は入るんか」
退屈したのか、先に沈黙を破ったのは勝也だった。
「多分入らない」
「ほんまにつまらんやつやのう」
「だって」金がないと言いかけて、虚しいだけなのでやめた。「興味あるところ、ないし」
「野球はやらへんのか」
「野球?」唐突な台詞に戸惑いながらも、「無理だよ」と首を振った。
「ボールが見えないから、球技自体苦手だし」
「そういえば、おまえ目見えへんのやったな」早くもビールを口にして赤ら顔の勝也は続ける。「野球やったら教えられたんやけどな」
「教えるって、どういうこと」
「わし、野球部やったんやで」
目を見開く翔太は、勝也が学生時代に野球をやっていたことを初めて知った。やがて中退した高校も、そもそもは野球部の推薦で入ったという。こんな自堕落な生活を送っている大人も、自分と同じ年頃には推薦されるほど熱心にスポーツに励んでいたのだ。驚くのも無理はない。
「野球部って、厳しくないの」
「そりゃあ厳しいわ。わしが入ったとこは甲子園の常連やったしな。どうや、意外やろ」
「びっくりした」
この男も、クラスメイトのように寒そうな坊主頭で走り込みをしていたのだろうか。先輩に命じられて球拾いをしたり、チームメイトと戦略を練ったり、そんな日常を送っていたというのか。
「どうして辞めたの」
「喧嘩や。部長の顔面ぶん殴ってな」
そこからの転落はあっという間だったと勝也は語った。退部だけではなく退学せざるを得なかったらしい。
「わしの気がもうちいと長けりゃあ、全部ちごうとったかもな」
返す言葉を見つけられないまま、知りたくなかったと翔太は思った。勝也には憎むべき嫌な人間のままでいて欲しかった。下手に同情できる余地を与えられたくなかった。だが、そんな嫌な人間にも後悔する心があることに、不思議と少しだけ安堵する。
「ルールぐらい覚えとけ」
そうしてろくにルールさえ知らない自分に語る口調が得意げで、そのくせ男の目がどこか遠くを見ているのを、翔太は黙って眺めた。
店を出た後コンビニに入ると、勝也はアイスを買ってくれた。翔太は食べたことのない、ハーゲンダッツのアイスを四つ。
「金返せないよ」翔太は言ったが、「かまへん」と勝也は手を振った。
「羽振りのええ仕事見つけたんや。ガキはんなもん気にすんなや」
曖昧に頷いて、翔太はレジ袋を受け取った。美沙子が喜ぶな。そう思った。
「翔太、呼んでるぞ」
昼休み、席にやって来た五十川が出入口の方を指した。席替えで中央列の後方になった翔太が見やると、教室前方のドアの脇に凛がいた。
「ほんとに仲良いのな」
「変な言い方するなよ」
意味ありげに笑う彼に返して、翔太は廊下に出る。校舎内には昼休みの若々しい喧騒が溢れているが、彼女は笑うのではなく至って真剣な表情をしていた。
「ニュース、見た?」
彼女の第一声はそれだったが、翔太にもその意味は理解できた。「見たよ」と答える。
今朝のニュースは、二人の住む小さな若葉町にとっての大事件だった。疑心暗鬼の町でまたも窃盗が起きた。いや、今回は強盗事件だった。
真夜中、一軒家に住む老婦人が刃物で刺され重傷を負った。物音に気付いて階下に下り、犯人と鉢合わせたのでは。妻の悲鳴で目を覚まし、救急車を呼んだ夫はそう証言する。犯人はすぐさま逃亡し、刺された妻は意識不明の重体。
家の一階には物色された形跡があり、実際にネックレスや指輪といった高価なものが盗まれていた。このことから警察は、一連の窃盗事件と関わりがあるとみて捜査しているらしい。
「犯人、まだ捕まってないんだって」
凛は心細そうに言う。若葉町から通っているのは学年に二人だけだったが、その外部に住んでいる生徒たちも興味深げにその事件を語り合っている。凛が恐怖をあおられるのも無理はない。あの小さな町に、人を刺すことも厭わない犯人が潜んでいるのだ。
「家族に、駅まで迎えに来てもらったら」
「でも、叔父さんも叔母さんも仕事中なのに、そんなの頼めないよ」
そんな問題じゃないと言いかけて、翔太は口をつぐむ。凛は家族に強く出ることが出来ないのだ。彼女の家族間の問題に、自分が下手に口出ししてもいいとは思えない。
「私はいいよ、駅ついたらすぐだから」不安げに彼女が見上げる。「それより、翔太はどうするの」
「俺は平気だよ。自転車だから、歩くことないし」
その言葉に凛は顔をしかめた。
「平気じゃないよ。先生も言ってたでしょ、出来るだけ一人では帰るなって。誰か、途中まででも一緒に帰る人いないの」
そう言われても、自転車で通うクラスメイトを翔太はほとんど知らない。入学してひと月も経たない時点では、クラス外の誰かと仲良くなる時間もない。自分より短い距離の生徒も、電車通学が当然なのだ。
「いないけど……。大丈夫だって」
「大丈夫じゃない、何かあってからじゃ遅いんだよ」
「何かあっても、すぐ逃げるから」
「逃げ足の問題じゃないよ」
凛のしつこさに少し苛立ち、ほっといてくれと言いかけた。
だがその台詞は出てこなかっただけか、そう思った罪悪感が湧いてきた。じっと自分を見つめる凛の瞳が、泣き出しそうに濡れていたからだ。
「私だって、心配してるの。ここで翔太を説得できなくて、もしも何かがあったら、私は一生後悔する」
「そこまで心配しなくても……」頭をかきながら、彼女の言った台詞はかつて自分が彼女にかけた台詞だと思い出す。あの時彼女は素直に言うことを聞いてくれた。今はそれが逆なだけだ。
「若葉町の駅まで、一緒に電車で帰ろう」
「……けど俺、金ないから」
「それぐらい、私が出す」
「そんなの、悪いって」
「悪くない。これで翔太の無事が買えるなら安いもんだよ。ね、お願い」
自分はなんて野郎なんだと翔太は呆れてしまった。女の子に自分の無事を祈らせて、懇願させて、あげくに泣き出しそうな顔までさせて。今わがままを言っているのは、明らかにこちらの方だ。
「……わかった」呻くと、凛はぱっと顔をほころばせる。「ひとつだけ、条件つけてもいい」そう付け足すと、彼女は途端に不審な顔をする。
「条件って」
「凛の家まで送っていく。俺だって心配なんだ」
「でも、それじゃあ翔太が遠回りになるよ」
「せいぜい十分か十五分とか、そんなんだろ。金出してもらうんだし、これぐらいさせてよ。嫌だって言うなら、今日も自転車で帰る」
翔太の卑怯な台詞に、凛は咄嗟に反論しようと口をもごもごさせた。だが上手い言葉が思いつかなかったらしい。やがて頷くと、「いじわる」とだけ呟いた。
「いいよ、いじわるで。……それより、部活はどうするの」
「犯人が捕まるか、せめてゴールデンウィークになるまでお休みすることにしたよ」
「入ったばっかりなのに、いいの」
「部長さんから連絡あったの。この近くの人だけでしばらく活動するから、遠い人は早めに帰っていいって。だから、心配しないで」
凛はそう言うが、翔太は実に不快な気分になった。彼女は入学前から入りたがっていた手芸部にようやく入部できたのに、ひと月も経たないうちに活動休止に追い込まれている。この現状を作った犯人が憎らしい。
「そんな顔しないで」あまりに憮然とする翔太に彼女は笑ってみせる。
「だけどさ」
「やろうと思ったら、家でもできるんだし。この間に上達して、みんなをびっくりさせるんだ」いさむ彼女はどこまでも前向きだ。
それでも早く犯人が捕まって、彼女が安心できるようになればいい。帰りの約束をしながら、翔太はそう祈った。