四月に入って迎えた入学式の日は、快晴だった。
 体育館での入学式はつつがなく終わり、緊張気味の新入生たちはそれぞれの教室に向かう。翔太は五組、凛は七組と、流石に同じクラスにはならなかった。一クラスは四十人。名前も顔も知らない初対面のクラスメイト達に囲まれ、誰もが期待と不安をミックスした独特の表情を浮かべている。
 初めてのホームルームでは、クラスの一人一人が短い自己紹介を行った。翔太は男子の出席番号一番だったから、自己紹介も初っ端の順番となった。名前と出身中学のみというひどく簡素な自己紹介を彼が終えると、あとの生徒たちもそれに続いた。
 明日からさっそく六時限の授業開始となる。忘れ物をしないようにと、女性の担任教師がホームルームを締めた。
 クラスは異なったが、翔太は今朝クラス名簿を見た凛に「一緒に帰ろう」と誘われていた。その時の彼女は珍しく不安そうな顔をしていたから、色々と話したい感想があるのだろう。翔太にもその気持ちは理解できたから、駅までのたった五分の道のりでも、今日は一緒に歩きたいと思った。
 絶妙な距離感に、教室は奇妙な戸惑いに満ちている。
 翔太はさっさと玄関口に向かおうと、軽い鞄を肩にかける。その時、同じように立ち上がった後ろの席の生徒が「あのさ」と声をかけてきた。
 振り返った翔太は、あれ、と思う。それは見知らぬ相手への疑問ではなく、その生徒に見覚えがあったからだった。
「雨宮くん、だっけ」
「うん」
 頷いた翔太は、ばつの悪い顔をする。元々他人にあまり関心を持てない性質は、相手の名前や顔を覚えることをより困難にしていた。「えっと」と時間を稼いで考えるが、しかし自己紹介での彼の名前を思い出せない。
「ごめん、名前聞いてもいい」
五十川(いそがわ)。漢数字の五十に、三本川」
「わかった。五十川くん」
(おさむ)でいいよ。下の名前」
「俺も、翔太でいいよ」そう返しながらもまだピンとこない。「どこかで会ったっけ」
「去年の夏の、高校見学の時。手芸部の見学来てなかったか」五十川の言葉に、ようやく翔太は納得した。凛に連れられて向かった被服室には、一人だけ男子生徒がいた。当時より髪が少し伸びているが、眼鏡をかけている彼は、あの時の生徒だ。
「ああ、思い出した」
 翔太の台詞に、彼は少しほっとしたようだ。「もう一人男子がいたっていうんで、覚えてたんだ」
「手芸部入るの?」
「そうしようと思ってる」五十川は軽く頭をかく。「そっちは入らないのか」
「まだ決めてないけど、俺は入らないと思う」
 運動部は片目が見えない時点で入るつもりはなかった。不可能ではないだろうが、それを可能にする熱意はない。それなら文化部かとも思うが、興味があり且つ金のかからない部活というものが分からない。強制でないのなら、中学同様に帰宅部でもいいやと思っている。
「見学の時だって、付き合いで行っただけだし」
「あの、一緒に来てた彼女の」
「違うよ。ただの友だち。お互いに一緒に行く人がいなかったんだ」
「へえ」しかし、五十川は腹落ちしない表情をする。
「でも、多分向こうは入ると思う」そろそろ教室を出ようとすると、五十川も続いて廊下に出た。恐らく同じ出身中学同士の数人のグループが、あちこちに固まってお喋りをしている。
「だから、もし同じ部活になったら、よろしくしてあげてよ」
 話しながら、二階の階段を下りる。古い校舎には、四月の明るい真昼の陽が差し込んでいて清々しい。