全ての蝋燭が消え、四人の気配もなくなった頃、外から僅かに鳥の囀りが聞こえ始めた。
 あの空間で小学生の少女だった私は、すっかり大人になった姿で建て付けの悪い襖を開け、差し込む朝日の眩しさに目を細めながら大きく伸びをする。

 ぼろぼろの廊下では、開けたのと反対の襖に背を預けた、派手な金髪に黒いスーツを着た一人の男がぼんやりと待っていた。目が合って、彼はへらりと緩く笑みを浮かべる。

「お疲れ様、望月ちゃん。もう朝だよ」
「……ずっとそこに居たの? 車で待ってれば良いのに」
「はは、万が一に備えてね。しかしまあ、わざわざ百物語に付き合ってまで、君が関わることなかったろうに」
「いいの、あの子達、私の昔のクラスメイトだから。違和感なく最後まで紛れ込めるのは私くらいでしょう」

 仕事とはいえ、除霊に疲れきった私の手には、蝋燭ではなくスマホが握られている。先程までは圏外だったのに、今は電波が通じるようだった。漸く終わったのだと、安堵の溜め息を吐く。

「へえ? なら此処は君の故郷なの?」
「故郷……ではないかな。親が転勤族だったから、此処に居たのも数年間だけ。お陰で親しい友達もそんなに居なかったし」
「ふうん、あの四人には随分入れ込んでるみたいだったけど?」

 男の言葉に、私は思わず眉を寄せる。相変わらず目敏い。部屋の中では、そこまで彼等と親しげにした覚えはないのだけど。この男には下手な言い訳は通用しないだろう。私は観念して口を開く。

「……あの百物語、私も誘われてたの。愛子ちゃんに。あんまり遊んだことがなかったのに、気紛れかもしれないけど、声を掛けてくれた」
「……、そっか、良いお友達だね」
「でも、あの頃の私は、怖くて行けなかった……。参加した四人が火事で亡くなったと知ったのは、翌朝のこと。私も誘われていたなんて、当時は家族にも言えなかった」
「だろうねぇ……」
「火事が原因か、一酸化炭素中毒でも起こしたのか……、百物語で現れた何かに呼ばれたのかは、わからないけど……」

 あの日私が参加していたとしても、死体が一人分増えただけだっただろう。それでも、生き残ってしまった私の後悔は、あの夏から消えることはなかった。

「ま、何にせよ百話目の怪異が成仏して、この百物語は終わったんだ。……もう、全部終わったんだよ」
「……ん」

 派手な髪色の相棒の言葉に、私は小さく頷くしか出来なかった。
 崩れ掛けの黒焦げの部屋に一度手を合わせて、私達は廃墟を後にする。

「最初に五人を百物語に誘ったのは、一体何者だったのかな……」
「……? 何か言った?」
「んーん、何にも」

 私は助手席に乗るなり眠ってしまったから、車の後部座席に子供の日記帳があったことは、最後まで気が付かなかった。

『望月さんに誘われたから、明日の夜空き家に怖い話をしに行くんだけど……いつの間に計画してくれたのかな? おどろいたけど、楽しみ』
『田代が来てほしいと言うから、明日行こうと思う。怖がりなあいつがそんな提案をするのは珍しい。怖い話なんて、何をすればいいんだろう』
『野秋くんに誘われちゃった! 愛子が野秋くんを好きなのは知ってるけど、怪談とはいえ夜のお出掛けなんてチャンスかも? 企画するくらいホラー好きなのかな?』
『恵ちゃんに誘われた。怖い話は苦手。でも、せっかく恵ちゃんがやろうって声をかけてくれたんだから、かっこいいところを見せないと!』