乱暴にチャイムを鳴らす。

 帽子にパーカーを着た女が出てきた。

 家の周りをウロウロしていたあいつだ。

 女の腕に抱かれている赤ちゃんは、まさに夏帆だった。

 自分の子供を間違えるものか。

 湊は掴みかかろうとしたが、
女はそれを制し、
家に上がるように言い、
リビングに案内した。

 そこには床で土下座をしている赤いドレスの女がいた。

 スッと上げた顔を見て驚いた。

「明美!?どうしてここに!?」

 明美は床に頭を擦り付けて言った。

「もう少しだけこの子といさせてください」

 女は強い口調で言い放った。

「一か月のお約束だったはずです。
もう返してもらいます。」

 返してもらう‥?

 湊は意味が分からず、呆然として二人のやり取りを見ていたが、女を指差して言った。

「俺は娘を取り返しに来たんだ。
早く返せ。
これは誘拐だぞ。
明美も顔をあげろ。
頭を下げる必要はない!」

「借りた子なの‥」

 明美は消え入りそうな声で言う。

「は?何言ってるんだ明美。」

「だから夏帆は借りた子なの」

 更に小さな声で言った。

「バカなこと言うな。
夏帆は明美が産んだ俺達の娘じゃないか!」

 途端、明美の大きな瞳からダイヤのような大粒の涙が溢れ落ちていった。

「違うのよ‥」

 突然の明美の涙に驚きながら湊が言った。

「違うって‥‥?」

 明美は床に擦り付けるように頭を下げると、絞り出すように叫んだ。

「ごめんなさい!!
全部嘘なの!妊娠も出産も!
夏帆‥‥彼女は三か月の契約で『借りた』子なの!!」

 え?!‥‥

 湊は絶句した。

「ごめんね、ミーくん、嘘ついて‥」

 明美は湊に抱きつき、大声で泣き始めた。

「ミーくん‥?」

 湊はハッとして明美の顔をマジマジと見つめた。

 今まで封印していた過去の記憶が、
封が解かれてゆくように徐々に蘇ってきた。

「お前‥‥夏海(なつみ)なのか?」

 明美は頷いた。

 思い出した。

 泣き虫の夏海。

 ボサボサ頭で化粧をせず分厚い眼鏡をかけていた夏海。

 友達と朝まで呑んでも怒らなかった夏海。

 自分のために別れてくれた夏海の事を。