「私、こういうの、初めてだからなんて言って良いか分からないけど、よろしくお願いします」

 ペコリとお辞儀をする夏海に、
湊は思わず笑ってしまった。

 佐々木夏海は高校三年生の時、
両親を飛行機事故で亡くした。

 身寄りのなかった彼女は施設に引き取られる事になっていた。

 夏海が電車に飛び込もうと一歩踏み出した時、夏海を抱き抱え助けたのが湊だった。

 その時、
湊は夏海と約束した。

 自分と結婚すればいい。

 家族がいれば死にたくなくなるからと。

 湊も両親が離婚し、
家族と離れ離れになる辛さを知っていた。

 湊は明美に、結婚を前提に付き合って欲しいと告白した。

 その返事が冒頭のセリフだった。

 高校を卒業して、二人は同棲を始めた。

 しかし湊の就職がうまくいかず、一年を過ぎる頃には、朝からパチンコに入り浸る生活が定着してしまった。

 そして生活費が底をついた。

 そんな湊に夏海が言った。

 勇気を出してやっと出た言葉だった。

「ミーくん。パチンコばかりしてないでお仕事しよ?
お仕事しないと私達死んじゃうよ?」

 不甲斐ない自分にイライラしていた湊にとって、言って欲しくない言葉だった。

「死ぬ死ぬってうるせえな!
死にたがってたくせに!」

 夏海は、目を大きく見開いて湊を見た。

 沈黙の後、徐々に泣き顔に変わっていく夏海。

 チッ‥‥またか。

 鬱陶しくなって部屋を出て、荒々しくドアを閉めた。

 俺だってこれでいいと思ってねえよ!

 分かっていた。

 自分の境遇を言い訳にして夢ばかり語って何もしないでいた自分を。

 俺はもっとでかいことができる男なんだ!

 むしゃくしゃした気分のままパチンコ屋に向かう湊に、後ろから声をかける女性がいた。

「あなた、ちょっといい?」

 彼女は喫茶店に誘うと名刺を差し出した。

「私、『アートエージェンシー』の代表取締役社長の佐倉と言います。
うちの会社は芸能事務所でね。」

 驚いている湊の目を覗き込むように見る。

「あなた、芸能界に興味がある?」

 這い上がれるチャンスだった。

 二つ返事で引き受けた。

「ただね、彼女がいるなら今すぐ別れて欲しいの」

「えっ?」

「隠してもいずれバレてしまうからね。
特に売り出す時はフリーでないと。
それが事務所に入る条件。
どう?」

 湊は考え込んだ。

 こんなチャンス、二度とないかも知れない。

 夏海も分かってくれるだろう‥‥

 とりあえず彼女を呼び出して聞いてみる事にした。

 10分ほど待つと身なりを整えた夏海がやって来た。

 先程と違い落ち着いているようだった。

 事情を話し夏海に別れ話を持ちかけた。

「ミーくんがそうしたいならいいよ。」

 案外あっさりとしていて湊は拍子抜けした。