前回のあらすじ
ついにウルウにも向けられたウールソの毒牙。
しかしなんと惚気返すことで撃退するウルウだった。



 角猪(コルナプロ)鍋!
 何と美しい響きでしょうか。
 個人的に帝国美麗句百選に乗せたいくらいです。
 粗にして野なれど卑にあらずと言う具合でしょうか。

 以前、境の森で作った時は何しろ準備も材料も足りませんでしたから、地物の香草の類と乾燥野菜くらいしか入れるものがありませんでしたが、今日は何しろこの角猪(コルナプロ)鍋を食べるためだけに来たと言っても過言ではありません。

 早速頼りのトルンペート先生をお呼びしましょう!

「結局人頼りなんじゃない……ま、いいわ。はじめていきましょ」

 まず最初に、キノコの選別と処理からですね。
 キノコの数はたくさんありまして、中には毒キノコと食用キノコの見た目がそっくりというものもよくあります。
 こういうのを区別するには、まず齧ってみて舌が痺れたら、

「そういう蛮族式判断方法はやめなさい」

 怒られました。

「毒キノコかそうじゃないかは、特徴をしっかり覚えておくことが大事ね。それで、毒キノコの可能性があるものは全部弾いちゃった方が安全よ。区別があいまいだなーってものは全部弾く。これ大事」
「つまり私なら食べるかもなって思ったものはやめた方がいいんですね」
「よくわかってるわね蛮族」
「むがー!」

 とはいえ、毒キノコは本当に危険ですからね。
 この私であっても二、三日動けなくなることもざらなので、気を付けなければなりません。

「ざらって言えるくらい毒キノコ食ってんのよねあんた」
「毒キノコ博士とお呼びください!」
「なんで死なないのかしら」
「博士にもわかりません……」

 さて、本日採れたキノコを並べていきましょう。

 まずは石茸(シュトノフンゴ)
 いきなりいいやつ来ました。
 名前の通り石のように固く良く締まったキノコなんですけれど、香りがいいんですねえ。とはいえ、香りの表現って難しいですね。甘いようでもあり、香ばしいようでもあり、新鮮な土の匂いのようでもあり。

 さて、お次は、これは黒喇叭茸(ニグラ・トルンペート)ですね。トルンペートの名前をとった鉄砲百合(トルンペート・リリオ)と同じ、楽器の小號(トルンペート)が名前の由来ですね。黒くて細長い変わったキノコで、こりゅこりゅくにゅくにゅした歯ごたえで、乳酪(ブテーロ)のような香りが楽しめます。

 ウルウはちょっと味見して、ヨウフウキクラゲとかいってましたっけ。

 作茸(シャンピニョーノ)はどこでもよく採れるキノコですね。白いのだったり茶色のだったり。丸っこく可愛らしいキノコですね。大きく育ったものは肉厚で食いでがありますけれど、大体すでに猪だったり熊だったりに食べられてますので、ちっちゃいので諦めましょう。
 ほんとどこにでも生えててどこでも採れるキノコで、煮物にはとりあえず放り込んどけというくらい出汁が取れます。煮てよし、焼いてよし、白の若いものなら生でも食べられます。

 牡蠣茸(オストロ・フンゴ)は名前の通り、牡蠣(オストロ)みたいな平らな形に広がるキノコなんですね。もうちょっと暖かい地方のキノコと思ってましたけど、このあたりでも採れるんですね。ふふふ。私は食べ物に関しては結構詳しいんですよ。
 なんでも味や香りは特に癖もなく、なんにでも合うそうですね。

 一夜茸(インコ・チャーポ)はこれ、ちょっと難しいキノコですね。白から灰色がかった色合いをしていて、細長い卵のような形をしていますね。墨汁(インコ)という名前がついているのはこのキノコの変わった特性のためで、熟した一夜茸(インコ・チャーポ)は一晩のうちに黒っぽい墨汁(インコ)みたいに溶けてしまうんです。なので採った後ほったらかしておくとえらいことになります。
 あ、でもですね、難しいって言うのはそこじゃないんですよ。
 このキノコですね、お肉の脂ととても合うんですけれど、その癖、お酒との相性が最悪なんですよ。最悪。一緒にお酒飲むとですね、恐ろしいほど悪酔いする挙句、一週間くらいは体に残るのでその間飲酒が危険なわけですよ。堪ったものではありません。美味しいんですけれど。

 反対多数で今日はやめておきました。
 ウルウだけは食べてみたいとのことで、一人分乳酪(ブテーロ)炒めを作ってあげることに。
 ……ちょ、ちょっとだけなら……いえいえ、ちょっとと侮ると後が……ぐぬぬ……。

 気を取り直していきましょう。
 
 ごろっと太い軸に平たい傘、これは杏鮑菇(エリンゴ)ですね。これは牡蠣茸(オストロ・フンゴ)の仲間……仲間でしたっけか。うん。仲間だった気がします。軸がごっつく大きくてですね、かなり食べ応えのあるキノコです。他は美味しいということ以外よく知りません。
 正直私、食用キノコより毒キノコの方が詳しいくらいですからね。

 最後は……お、こいつは変わり種が来ましたね。滑子(フォリオート)です。これはもう見た目から凄まじいですからね。表面をぬるっとしたぬめりが覆っていて、初見だとこれどう見ても毒キノコですもん。思わず二度見してもこれは毒キノコ判定待ったなしですよ。
 ところがどっこい、美味しいんですよ、これ。
 小さいやつなんかね、つるつるっ、とぅるとぅるって感じの食感が面白くてですね。成長した奴なんかは今度はそれにシャキシャキとした歯応えが加わって、ま、なんです、たまらんって感じですよ。
 胡桃味噌(ヌクソ・パースト)の汁にこれがとぅるんって入ってた日には、まず大地に感謝ですね。

 あとは毒キノコなんで嬉々として紹介したいんですけど、食べられないのでまた今度ですね。

 処理は、まあ大体、石突の硬いとことって埃を払ってやればいいです。
 あ、キノコの類は水で洗っちゃだめですよ。
 食感や味、風味が落ちます。でもどうしても気になるときは、濡れ布巾などで軽く拭うとよいでしょう。

 あとはこれらと香草を胡桃味噌(ヌクソ・パースト)で煮込めば出来上がり、と言うところですが、何やらトルンペートが怪しげなものを取り出しました。
 なんていうか……小汚い茶色をした棒みたいな。
 それを……短刀で削って……鍋に入れたー!?
 え、それ食べ物なんですか!?
 鍋で煮立てて、え、飲んでみろって、ただの木の枝削って入れた奴じゃないですか美味ーっ!

「え、なんですかこれなんですかこれー!?」
「ふふふ、こう言う時の為に手に入れたとっておきの鹿節(スタンゴ・ツェルボ)よ!」

 鹿節(スタンゴ・ツェルボ)
 噂には聞いていましたが、まさかたったのこれだけでこんな出汁が採れるなんてすごい木の棒です。

鹿節(スタンゴ・ツェルボ)だっつってんでしょ。それにしても夢の中で味見た時とはなんか違うわね。結局は夢の中ってことか……」
「え、何言ってるんですか怖っ……」
「引かない引かない」

 なんだかトルンペートが妙なことを言い出し始めましたけれど、確かに鹿節(スタンゴ・ツェルボ)の出汁たるや物凄いものがあります。普通出汁と言うと脂の匂いや癖と言った雑味も一緒に出てしまうものですが、この鹿節(スタンゴ・ツェルボ)はとことんまで旨味だけを絞り出したような澄んだ味わいです。
 これを鍋に使うというのですから、単純に旨味ばかりが足される美しい数式!
 これは私的帝国美麗数式百選に加えたいくらいの完璧な数式です。

 いえ、もはやこうなると足し算ではすみません。掛け算です。

 鹿節(スタンゴ・ツェルボ)の出汁×角猪(コルナプロ)の出汁×美味しいキノコたち=百万力です。

 これは私的帝国力技数式百選に加えたいくらいの完璧な数式です。

 こうして私たちの角猪(コルナプロ)鍋が完成したのでした。
 もうちょっとだけ続くんですよ。





用語解説

黒喇叭茸(ニグラ・トルンペート)(Nigra trumpeto)
 トランペットのような形をした黒いキノコ。バターで炒めると美味しい。

乳酪(ブテーロ)(Butero)
 いわゆるバター。
 どうでもいいが果たしてこの世界の乳製品はちゃんと牛からとられているのだろうか。
 牛と言う名前のなんか謎の生物だったりするのだろうか。謎だ。

作茸(シャンピニョーノ)(ŝampinjono)
 いわゆるマッシュルーム。どこでも採れるキノコの中のキノコと言ってよい。

牡蠣茸(オストロ・フンゴ)(Ostro fungo)
 オイスター・マッシュルーム。いわゆるヒラタケ。以前はこれをしめじとして販売していることもあったが今はどうなんだろう。

一夜茸(インコ・チャーポ)(Inko ĉapo)
 ヒトヨタケ。コプリーヌとも。
 徐々に黒く変色しはじめ、インクのような液状に溶けてしまう。
 現地語のインコ・チャーポは英名のインクキャップからとった。

杏鮑菇(エリンゴ)(Eryngo)
 いわゆるエリンギ。エリンギと言う名前はイタリアや南フランスなどを中心に生えるキノコで、エリンギウムというセリ科の植物が枯れたところに生えるからエリンギと呼ばれるようになったようです。
 どうして北部のこんなクソ寒いあたりに生えているのかは謎だが、筆者が好きなキノコだからだと言わんばかりである。

滑子(フォリオート)(folioto)
 いわゆるなめこ。天然物は言うほどぬめっていないが、雨などで湿度が上がるとどえりゃあぬめる。