何とか踏ん切りをつけて応援しようと思い始めた矢先、二人の交際開始からたった三ヶ月後。四葉さんは親の都合で突然引っ越すことになった。そしてあっという間に転校し、葵と四葉さんは遠距離恋愛になった。

 はじめこそ毎日連絡を取り合い彼女は向こうで元気にしてると教えてくれた葵は、いつしか四葉さんの話をしなくなった。別れたのか、聞くのも憚られた。

 そうして僕と四葉さんとの繋がりも、完全になくなってしまった。僕が結局心からの応援を、幸福の願いを送れなかった、罰なのかもしれない。
 一番申し訳ないのは、葵に対してだ。大切な親友。彼に幸せになって欲しい気持ちは本当だったのに、初めての彼女との幸せを願いたかったのに。

 拍手の効果を一番信じてくれていた葵が、あれからも何事もなかったかのように変わらず接してくれることに、僕は居たたまれなくなって、自分を責め続けた。


*****


「……あー、今日さ。本当なら、縁と付き合って半年記念で。せっかくだから、思い出の場所にデートに行こうって思ってたんだ。サプライズで連れてこうって……」

 隣でスマホを弄りながら、葵は何気無い風を装って口にする。彼の口から四葉さんの名前が出るのは久しぶりだった。
 思わず視線を向けると、彼はスマホのスケジュールアプリを開いており、今日の日付に可愛らしい四葉の絵文字が登録されているのが見えた。

 葵はしばらくそれを見詰めた後、液晶に指を滑らせ予定を削除する。本当なら、休日に僕の家で漫画とお菓子を広げてだらだら遊ぶよりも、彼女と記念日デートがしたかっただろうに。
 申し訳なさと、やはり彼女とは別れたのだろうという確信に、複雑な気持ちになる。

「そっか……何処なの? 思い出の場所って」
「……ラッキーパーク。ほら、あそこ一時間ごとにシャトルバス出てるだろ? 丁度お昼に着く便に乗ってさ、向こうのレストランでランチでも……って、色々考えてたんだよな」

 眉を下げて笑う彼に、胸が締め付けられる。お昼に着く便。本当なら葵は、丁度今頃、四葉さんとシャトルバスに乗っていたのだろうか。
 何気無く時間を確認しようと、最早BGM代わりとなっていた付けっぱなしのテレビへと視線を向ける。すると、画面は臨時ニュースへと切り替わり、今しがた話していたシャトルバスの姿を映した。

『臨時ニュースです。現在、××市××町にて、11時発ラッキーパーク行きのシャトルバスで立て籠り事件が発生しており、バスジャック犯は刃物の他に爆発物を持っているとの情報が……』

 僕達は思わず、テレビ画面に釘付けになる。犯人を刺激しないようにか望遠でしか映されないバスの車体には、間違いなく地元民なら誰もが見たことのあるパークのマスコットキャラクターが描かれている。

『車内は満席で、乗客達の身の安全を最優先に犯人の要求を……』

 数分間続いた臨時ニュースは事件の進展が見られないまま、別の特集へと移った。暫しの沈黙の後、葵がぽつり呟く。

「……なあ、もし行ってたら、俺達、巻き込まれてた?」
「……。たぶん」
「はは……やっぱお前の力、本物だわ……」
「いや、さすがに……たまたまだよ……」

 彼女の身の安全のために転校までさせるなんて、この力が本物だとして、幸福の運び方が強引且つ雑過ぎるのではないか。

 そう思ったが、四葉さんはバスジャックに巻き込まれて怖い思いを、ひょっとすると怪我をさせずに済んだ。葵はサプライズなんて言って彼女を危険な目に遭わせずに済んだ。
 僕は、好きな子が親友と付き合い続ける日々を間近に見なくて済んだ。

 結局これが、誰かにとって一番幸せでなくとも、皆がある程度幸せになった結果なのだろう。
 どうやら、僕自身半信半疑だったこの手の力を、認めざるを得なかった。

 僕の手は、幸運を運ぶ手だ。一度打ち鳴らせば、それは幸せの魔法の合図。

 けれど僕が応援して勝てるということは、僕のせいで負ける人が居るということ。僕が笑顔にした人達の分、誰かが裏で涙を流している。
 しかし誰かの幸福というのは、誰かの不幸の上に成り立っているのだから、仕方ない。

 そう、仕方ないのだ。葵達が別れず、予定通り今日この時間のシャトルバスに乗っていれば、満席のバスの二人分、今まさに怖い思いをしている誰かは、その便に乗り切れず次のバスに乗っただろうに。

 僕は今まで何気無く叩いて来た掌を、ただじっと見下ろした。


*****


「おーい、幸助呼んできてくれ、応援頼む!」
「あっ、待って、こっちもお願い!」
「……うん、今行くよ」

 手を叩き過ぎて、今となってはすっかり厚くなった掌の硬さが、いっそ誇らしい。
 僕は今日も、手を叩く。少しでも、身近な誰かに幸せを運ぶために。

 願わくは、この目に届く一人でも多くの人が、笑顔の魔法に掛かりますように。
 その分泣くであろう誰かのことを考えるのは、魔法の使い手である、僕だけでいいのだから。