陛下の休んでいるであろう房の戸を静かに開き、私はそうっと中に入りました。
陛下のために国内外から美姫ばかりが集められた後宮。一体何人の妃がこの敷居を跨いだのだろうかと思うと、私の胸は締め付けられ、頭の先まで悲しみが巡ります。
幼き頃の初恋の君。
まさか貴方が帝位に就くなど、想像だにしなかったあの懐かしき日々。
突然手の届かないところに行ってしまった幼馴染の寝顔を、私は静かに、息を殺して眺めます。
(嘉逸……。こんなにやつれて……)
眉間に深い皺を寄せた幼馴染の顔は青白く、頬はこけ、即位したあの日の凛々しい姿の面影は消え去っていました。
誰が陛下に呪いをかけたのか、恨めしい気持ちと腹立たしい気持ちとで私の心は張り裂けんばかり。震える手で、陛下の顔にかかった髪をそっと耳にかけます。
「陛下。貴方は一体、どのような呪いをかけられたのでしょうか」
「…………そなた、春麗か」
目を閉じたまま、額に汗を浮かべた陛下が、私の名を呼びます。春麗とは、また懐かしい呼び名で読んで下さったものです。後宮に入った三年前より、誰しもが私のことを曹貴妃と呼ぶにも関わらず。
「陛下、お目覚めでしょうか。春麗にございます。陛下が私と顔を合わせたくなかったことは存じ上げておりますが、陛下のお体を心配するがあまり、無理を言ってここまで入らせて頂きました。他にも寵姫は数多おられましょうに、申し訳ございません」
「寵姫など、おらぬ。何を言っているのか」
顔の側に置いた私の手を取り、陛下は上半身をもたげます。苦しそうな表情に胸が痛み、私も体を起こすのを手伝いました。
「陛下が何者かに呪いをかけられていると聞きました」
「……そうだ。だからそなたに会いたくなかったのだ」
「私に会いたくないという気持ちは分かります。ですが、陛下はこの国を統べる御方。後宮に住まう妃の一人として、この状況を看過することはできません。私で何かお役に立てることがあれば、お申し付け下さいませ」
寝台の上に体を起こした陛下は私の手を放そうとはなさらず、じっとこちらを見つめています。こんな近くで嘉逸のお顔を見たのは、いつぶりでしょうか。
「私にかけられた呪いは……」
「呪いは?」
「……頭で考えていることが、全て言葉に出てしまうという呪いなのだ」