桜の木の下の男女は私服だった。学生じゃない。

思えばヒントは――約束を思い出すためのヒントはたくさんあったはずなのだ。


 例えば先生の言葉。

私服で校内に居るということはつまり、卒業生。

桜の木。


 約束は、私が高校二年の時。

卒業する先輩と私と、可愛い後輩達と、部顧問とで埋めたタイムカプセル。

それを、五年後――たまたまだが私が大学を卒業する年に掘り起こすことになっていた。


 ――五年後、この桜の木の下で。


 私の一つ上の先輩が言ったその言葉が、約束。


 同じ時間に、もう一度集まろう。鳴上先生も覚えていたのだ。


 ――皆、みんな、覚えてた!


 自分よりも相手の想いが大きいと、嬉しくなる。


 あの時間が、皆との関係が、かけがえのない大切なものだと思っていたのは――私だけじゃなかった。


 私は嬉しくて、階段を数段飛び越して軽々と下って行く。

明日から教師になるとは思えない行動だ。

生徒に示しが付かないが、今だけは勘弁して貰おう。


 一階の廊下から中庭に出て、桜の木に向かって走る。


 そこには、連絡のあった黒田君と私以外のメンバー全員が揃っていた。

「遅いじゃないか、相澤」

鳴上先生に言われて、苦笑する。

「その顔は、栞ちゃん忘れてたね?」

「すみません……」

そう言う、鋭いのは一個上の有馬友稀(ありまゆうき)先輩。

窓から見えた黒髪男子の正体はこの人だ。

「えー! そうなんですか? センパーイ!」

明るく茶化してツッコまれた。

そうやって空気を軽くしてくれるのは、昔から変わらないムードメーカーの早峰千夏(はやみねちなつ)ちゃん。

明るい色の髪をポニーテールにしているから、中庭に見えた女子は彼女だ。

「お久し振りです、相澤先輩」

そう言って、落ち着いて笑顔で挨拶してくれたのは、黒髪ショートカットの女の子橘藍佳(たちばなあいか)ちゃんだ。


 黒田君を含めて、私達は文芸部員として高校の一年間を共にした。

たった一年間だったけれど、タイムカプセルを一緒に埋めようと言い出すほどかけがえのない仲間だった。