一つだけ、彼女には申し訳なく思う。
僕の勧誘の下手さもあってか彼女の学年は部員数が少ないことだ。
そのうえ、彼女以外は幽霊部員ばかり。
あの人数では、三送会も無理だろう。
僕の時みたいに誰かが手伝ってくれるにしたって、一人や二人じゃ足りないと思う。
幽霊部員じゃない者同士、正反対だけど部活で二人でいることは多かったな、と思い出す。
思い出に浸っていたら、式も終盤になっていた。
仰げば尊しを歌ったら退場だ。
僕は教室に戻って、担任から卒業証書を受け取る。
「ほら~泣かないの」
「この後、タイムカプセル埋める約束でしょ」
「公園に集合ね」
「タイムカプセルに、卒業証書も入れちゃう?」
「それはダメ」
涙ぐむ女子たちのグループが話している。
――くだらない。
先生から最後の話を聞いて、少し感傷に浸って教室を出る。
特に寄る所も無い。
あとは帰るだけだ。
男同士だと卒業アルバムへのメッセージ交換も簡単なものだ。
「先輩!」
「栞ちゃん?」
廊下の突き当りに彼女が居た。
どーしたの? そう言おうとして、栞の台詞にかき消された。
「何、帰ろうとしてるんですか!」
三送会に来てくださいよ! と怒っている栞に背中を押され、僕は部室に連れて行かれた。
部室の扉の前に着くと、勝手に扉が開く。
そしてクラッカー。
「へへへ、これは僕達の企画ですよー有馬先輩!」
扉の陰から現れたのは、二つ下の後輩三人。
男子一人と女子二人だった。
「黒田君……」
黒田幸平君。
三年になってからの後輩だったので、数回しか会っていないはずだ。
「「有馬先輩、ご卒業おめでとうございます」」
そう声を重ねて行ったのは、女子二人。
早峰千夏ちゃんと橘藍佳ちゃんだ。
「どうして……僕のこと」
一度話したことがある相手は、顔は忘れない。
僕自身はそういうタイプだが、この三人は何故僕の顔だけでなく名前まで知っているのだろう。
「いやぁ、顔は覚えてたんですけど。相澤先輩が有馬先輩の話ばっかりするから名前も覚えちゃって」
そう説明してくれたのは橘さんだ。
「そりゃあ。唯一の先輩ですから」
背中を押す栞を振り返れば、そう言って少し照れている。
――なんだ。
後輩となんて上手く関係を築けていないと思っていた。
だから引退してからは特に頓着せずに、同級生とばかり一緒にいた。
けれど、そうでもなかったようだ。
思いの外、慕われていたらしい。
「ていうか、グループにメッセージ送ったし、既読も付いたのに! どーして帰ろうとしてたんですか!」
珍しく今日は栞の感情が荒ぶっている。
責めるような口調。
「案の定、他の先輩達は欠席みたいですけど……」
「あー」
言われて思い出した。
そんなメッセージを見たような気もする。
「受験前で流し読みしてたから……忘れてた。ごめん」
いつもなら、後輩に怒られてめんどくさいし鬱陶しいと思うだけだったかも知れない。
けれど今日、少し距離の縮まったように思うこの後輩にそうは思わない。
「ごめん、ごめん」
少し不安そうな後輩にただただ謝る。
既読は付いたのだし、来ると思っていた先輩が帰ろうとしていたらこの先輩大好きでちょっとツンデレな後輩は嫌われたと思い込むだろう。
今日くらいは、まずその不安を除いてあげることにする。
「まあ、私も確認すれば良かったです、すみません」
まだ少し不満そうだが、栞はそう言って僕を部室に押し込む。
様子を見に行って良かったと、照れ隠しに自分の手柄にまでしているし。
僕は苦笑しつつ、部室中央の円卓の、入り口から一番遠い席――上座に座らされる。
円卓の上にはお菓子の山とジュースに紙コップ。
――それに……。
今、僕の目の前には居ないとさえ思った後輩がいる。
頼れる後輩が、少し人数を増やしていた。
思いの外その事が嬉しくて、涙ぐむ。
僕がやって来たことは、無駄じゃなかったんだと、それなりに楽しかった部活での思い出が、色付いて、大切なものになって行く。
聞けば、今年も幽霊部員は多く、登録部員数だけは多い状況らしい。
栞は申し訳なさそうに言った。
「後輩は少ないけど友達も手伝ってくれて。なんとか三送会が出来て良かったです」
――それでも。
僕や栞のように一人じゃない。部活に来てくれる後輩が新しく三人も入ったのだ。
それはとても大きい進歩のように思う。
この三送会も、僕と正反対な彼女らしい三送会だ。
幽霊部員が多くても良い。
活動人数が少なくても良い。
それでも、無くならずに部が続いてくれれば良い。
ここは確かに、仲間と笑い合える大切な場所だから。
それは僕だけじゃなく、先輩達だけでも無く。
同じように思う人はこの先もずっと、後輩として少しずつ増えて行くはずだ。
そんな風に、決して絶えることなく。
細く長く、この部は続いて欲しい。
そんな風に思った。そんな自分に驚く。
「泣かないんですね」
三送会ももうすぐお開きと言う頃、少しだけつまらなさそうに口を尖らせて栞が言った。
「思い出は、笑顔の方が良いからね」
「えっ……」
驚いたような栞。
笑っていたいと思うほど大切な存在に気付いた。
「って言うか! 栞ちゃん近い!」
人とすぐに仲良くなれる彼女は、パーソナルスペースが狭すぎる。
至近距離に慣れなくて、鼓動が早まる。
高校生活最後の日に、笑っていられる人たちが増えた。
今日一日で、後輩をこんなに愛しいと思うなんて。
「あのさ……もし良ければ」
僕は言った。
教室での女子達のやり取りを思い出した。
柄じゃない。意固地になってくだらないとまで思ったのに。
今日気付いた大切なことを、形に残したかった。
手紙でも書こう。
自分宛と、後輩宛。
今日気付いた気持ちを、大切に、文芸部らしく。
文章にしよう。
* * *
僕の勧誘の下手さもあってか彼女の学年は部員数が少ないことだ。
そのうえ、彼女以外は幽霊部員ばかり。
あの人数では、三送会も無理だろう。
僕の時みたいに誰かが手伝ってくれるにしたって、一人や二人じゃ足りないと思う。
幽霊部員じゃない者同士、正反対だけど部活で二人でいることは多かったな、と思い出す。
思い出に浸っていたら、式も終盤になっていた。
仰げば尊しを歌ったら退場だ。
僕は教室に戻って、担任から卒業証書を受け取る。
「ほら~泣かないの」
「この後、タイムカプセル埋める約束でしょ」
「公園に集合ね」
「タイムカプセルに、卒業証書も入れちゃう?」
「それはダメ」
涙ぐむ女子たちのグループが話している。
――くだらない。
先生から最後の話を聞いて、少し感傷に浸って教室を出る。
特に寄る所も無い。
あとは帰るだけだ。
男同士だと卒業アルバムへのメッセージ交換も簡単なものだ。
「先輩!」
「栞ちゃん?」
廊下の突き当りに彼女が居た。
どーしたの? そう言おうとして、栞の台詞にかき消された。
「何、帰ろうとしてるんですか!」
三送会に来てくださいよ! と怒っている栞に背中を押され、僕は部室に連れて行かれた。
部室の扉の前に着くと、勝手に扉が開く。
そしてクラッカー。
「へへへ、これは僕達の企画ですよー有馬先輩!」
扉の陰から現れたのは、二つ下の後輩三人。
男子一人と女子二人だった。
「黒田君……」
黒田幸平君。
三年になってからの後輩だったので、数回しか会っていないはずだ。
「「有馬先輩、ご卒業おめでとうございます」」
そう声を重ねて行ったのは、女子二人。
早峰千夏ちゃんと橘藍佳ちゃんだ。
「どうして……僕のこと」
一度話したことがある相手は、顔は忘れない。
僕自身はそういうタイプだが、この三人は何故僕の顔だけでなく名前まで知っているのだろう。
「いやぁ、顔は覚えてたんですけど。相澤先輩が有馬先輩の話ばっかりするから名前も覚えちゃって」
そう説明してくれたのは橘さんだ。
「そりゃあ。唯一の先輩ですから」
背中を押す栞を振り返れば、そう言って少し照れている。
――なんだ。
後輩となんて上手く関係を築けていないと思っていた。
だから引退してからは特に頓着せずに、同級生とばかり一緒にいた。
けれど、そうでもなかったようだ。
思いの外、慕われていたらしい。
「ていうか、グループにメッセージ送ったし、既読も付いたのに! どーして帰ろうとしてたんですか!」
珍しく今日は栞の感情が荒ぶっている。
責めるような口調。
「案の定、他の先輩達は欠席みたいですけど……」
「あー」
言われて思い出した。
そんなメッセージを見たような気もする。
「受験前で流し読みしてたから……忘れてた。ごめん」
いつもなら、後輩に怒られてめんどくさいし鬱陶しいと思うだけだったかも知れない。
けれど今日、少し距離の縮まったように思うこの後輩にそうは思わない。
「ごめん、ごめん」
少し不安そうな後輩にただただ謝る。
既読は付いたのだし、来ると思っていた先輩が帰ろうとしていたらこの先輩大好きでちょっとツンデレな後輩は嫌われたと思い込むだろう。
今日くらいは、まずその不安を除いてあげることにする。
「まあ、私も確認すれば良かったです、すみません」
まだ少し不満そうだが、栞はそう言って僕を部室に押し込む。
様子を見に行って良かったと、照れ隠しに自分の手柄にまでしているし。
僕は苦笑しつつ、部室中央の円卓の、入り口から一番遠い席――上座に座らされる。
円卓の上にはお菓子の山とジュースに紙コップ。
――それに……。
今、僕の目の前には居ないとさえ思った後輩がいる。
頼れる後輩が、少し人数を増やしていた。
思いの外その事が嬉しくて、涙ぐむ。
僕がやって来たことは、無駄じゃなかったんだと、それなりに楽しかった部活での思い出が、色付いて、大切なものになって行く。
聞けば、今年も幽霊部員は多く、登録部員数だけは多い状況らしい。
栞は申し訳なさそうに言った。
「後輩は少ないけど友達も手伝ってくれて。なんとか三送会が出来て良かったです」
――それでも。
僕や栞のように一人じゃない。部活に来てくれる後輩が新しく三人も入ったのだ。
それはとても大きい進歩のように思う。
この三送会も、僕と正反対な彼女らしい三送会だ。
幽霊部員が多くても良い。
活動人数が少なくても良い。
それでも、無くならずに部が続いてくれれば良い。
ここは確かに、仲間と笑い合える大切な場所だから。
それは僕だけじゃなく、先輩達だけでも無く。
同じように思う人はこの先もずっと、後輩として少しずつ増えて行くはずだ。
そんな風に、決して絶えることなく。
細く長く、この部は続いて欲しい。
そんな風に思った。そんな自分に驚く。
「泣かないんですね」
三送会ももうすぐお開きと言う頃、少しだけつまらなさそうに口を尖らせて栞が言った。
「思い出は、笑顔の方が良いからね」
「えっ……」
驚いたような栞。
笑っていたいと思うほど大切な存在に気付いた。
「って言うか! 栞ちゃん近い!」
人とすぐに仲良くなれる彼女は、パーソナルスペースが狭すぎる。
至近距離に慣れなくて、鼓動が早まる。
高校生活最後の日に、笑っていられる人たちが増えた。
今日一日で、後輩をこんなに愛しいと思うなんて。
「あのさ……もし良ければ」
僕は言った。
教室での女子達のやり取りを思い出した。
柄じゃない。意固地になってくだらないとまで思ったのに。
今日気付いた大切なことを、形に残したかった。
手紙でも書こう。
自分宛と、後輩宛。
今日気付いた気持ちを、大切に、文芸部らしく。
文章にしよう。
* * *