節電の為エアコンもろくに使用出来ず、蒸し暑い病院の詰所の中で、看護師達はカルテを整理しながら、ひそひそと声を潜めて噂話に興じていた。
「ねえ、聞いた? この間の交通事故さ、突っ込んだ犯人、この患者さんなんだって」
「えっ、それって、毎日ニュースでやってるやつ?」
「そうそう、これ……」
待合室のテレビでは、丁度その事件の報道が流れている。
私は此処一週間程毎日見かけるそのニュースへと、視線を向けた。
『十四日午前八時頃、✕✕市✕✕町の横断歩道で、集団登校中の小学生の列に車が突っ込んだ事件。✕✕署によると、児童四人が重軽傷を負い、救急車にて搬送された内一人が意識不明の重体、その女児は搬送先の病院で間も無く死亡が確認されました』
「怪我した子供達も、亡くなった女の子もうちの病院に運ばれてたよね……?」
「そう、私当直だった日。亡くなったのは……白井院長の娘の、雪ちゃん……」
「えっ!? そっか、だから院長、暫くお休みしてたんだ……」
ニュースも世間話も、身近な人の不幸が関わっているとなると、思わず声が沈む。
私達は、それぞれ手元のカルテへと視線を落とした。
『乗用車を運転していた✕✕✕容疑者も建物に突っ込んだ衝撃で骨髄を損傷する重体。昏睡状態のまま治療を続けていましたが、搬送先の病院で今朝死亡が確認されたとのことです』
ニュースでは、先程エンゼルケアを終えたばかりの男の名前が読み上げられていた。
身体は真夏だと言うのに氷のように冷たく重く、耳や鼻や、指先は潰れ酷い有り様だったが、医師による死亡確認後温めたタオルで清拭を行い着替えさせると、何とか見られる形になった。
私達は男と女児、二人分のカルテを確認し、死亡した患者用の保管場所へ移動させる。
「……そうだ。この患者さんの所に毎日お見舞いに来てたの、この人の奥さん?」
「いや、それが……白井院長の奥さん……、雪ちゃんの母親らしくて……」
「……は!?」
今朝方息を引き取る間際まで付き添い泣いていた女性の、あの窶れた姿を思い出し、思わぬ正体に驚愕する。
遺族は普通、加害者の病室になんて立ち入れないだろうに。院長の身内だから、特別に許可されたのだろうか。
それにしたって、集中治療室で常に誰かしらの目があるとはいえ、娘の復讐の為に何をするか分からない。
「えっ……なんで? 此処数日は毎日来てたし……最期の立ち会いもしてたし、泣いてたよね?」
「うん……」
「それによく『帰ってきて』って……雪ちゃんに言うならわかるけど、加害者にって……」
意識の戻らない患者に対し、毎日熱心に声を掛ける姿は、まるで家族のようだった。
看護師に対しても、この人をくれぐれも宜しくと声を掛けてくれていたのだ。復讐の為に手を下す様子もなかった。
犯人の死を間近に見たかったにしては、最期の涙も演技とは思えない。
「……でもさ、私は、ちょっとわかるかも」
「え?」
「いや、事故を起こして何もわからないまま簡単に死なれるよりは……一旦帰ってきて、もう全身動かない絶望と殺人の罪を抱えながら、その先の人生、ひたすら後悔しながら死んで欲しいじゃない?」
「……。……」
あんなにも蒸し暑かった筈の詰所で、ぞくりと、背筋が凍るような心地がした。