『この手紙を見つけた人へ。
 もし自分が倒れたら、これを美術部に渡してください。
 香椎、佐知、宮地さん。
 美術室の下描きはほぼ完成だ。残りは佐知に任せたい。この間、追加で写真を撮るように頼んだ場所に一つずつ描き加えてほしい。俺の大切な世界を完成させてくれ。大丈夫、佐知ならできる。
 それと、香椎に目の治療を受けてほしい。俺は香椎の絵が見たくて今日まで生きてきた。これからも、死ぬまでずっと描き続けてほしいと思う。失明までのカウントダウンが始まってしばらくした時に「もう見えなくなってもいい」ってふざけたことを言っていたの、俺はちゃんと覚えてるからな。
 頼むから、主治医と一度話を聞いてくれ。絶対だぞ。
 宮地さん、二人を頼みます。俺の大切な部員を支えてやってください。
 そして最後に、もし俺が死んだその時は、俺の遺灰の一部を使って描いてほしい。
 それじゃ、次に会うその時まで。
 高嶺千暁』

 私は困惑する頭で何度も読み直した。鉛筆の筆圧も右上がりになる癖も、高嶺先輩が書いたものだと分かるのに、指示書きのようで遺言にも見て取れてしまう内容が信じられなかった。
「ごめんなさい。どうしても悠人くんだけには渡せなかったの……っ」
 お母さんは震える声で告げると両手で顔を覆ってすすり泣く。
 高嶺先輩の病気の進行について、具体的に聞かされていない。自分の体のことは自分が一番よくわかっているとは聞く。もしかして高嶺先輩は、保険として書き残していた?

 ――もし俺が死んだその時は、俺の遺灰の一部を使って描いてほしい。

「……酷いですね、先輩」
 誰もが望んでいる。明日も一緒にいられるって誰もが願い、信じている。――信じているのに。
「死なないって、私たちの前で言ってくれたじゃないですか」
 ずっと我慢していたのに、せき止めていたものがはずれて涙がこぼれていく。その一つが手紙に落ちると、書かれた字が滲んだ。慌てて拭いたけど、引っ張ったように字が崩れてしまう。
 それでもいい、このまま消えてしまえ。
 ここにいる私たち以外の誰かの目に触れる前に、破り捨ててしまいたい。でもそれができないのは、高嶺先輩が書いたものだから。最悪な場合、これが最後の言葉になるかもしれない。
 それを無かったことにするなど、私にはできなかった。