病室では、上高嶺先輩が体を起こしてスケッチブックを眺めていた。病棟の端で、一人部屋に移ったと聞いたが、中には見慣れない機材が並んでいた。念のための検査入院と聞いているが、それ以外にも何かあるようで不気味に思えた。
「学校帰りに悪かったな……ってあれ、香椎は?」
「文化祭の展示の件とかで、顧問の先生と話すって言ってました。一応終わったら顔出しにくるみたいですけど、遅くなるかもって」
「そっか。悪いことしたな……。話くらいだったら俺やったのに」
「入院している人が何を言ってるんですか」
 本当にこの人は休もうとしない。入ってきてすぐスケッチブックを机に置いたけど、手に付いた鉛筆で描いたところを擦った痕がくっきり残っている。私は近くに置かれているウェットティッシュを渡すと、「あれ、バレてた?」と苦笑いしながら受け取った。
「言われたものを持ってきました。新しいクロッキー帳と木炭。それから、展示会用のカンバスです」
「おー! 助かった! 悪いんだけど、そこのイーゼルを組み立ててくれないか?」
 一度荷物を置かせてもらい、端にコンパクトに畳まれていたイーゼルを組み立て、持ってきたカンバスを立てかける。
「よし。あと、あれもある?」
「ちょっと待ってください……これで大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう」
 鞄とは別に持っていたトートバッグから取り出したのは、A3サイズまで引き伸ばした美術室の写真。学校にいるときに先輩から指定された角度で撮影し、プリントアウトしたものだ。それとは別に、高嶺先輩のスマホにデータで送ってある。早速出力したものを掲げるようにしてじっと見つめる。
「……高嶺先輩、聞いてもいいですか?」
「んー? なに?」
「本当にここで描くんですか、美術室の下描き」
 高嶺先輩は写真とデッサンを元にカンバスに下描きを行うつもりなのだ。病院にまで許可を取ってまですることではない。退院してからも間に合うはずだ。
「俺って描くの遅いからさ。早く終わった方が香椎も余裕できるじゃん。ちゃんと話し合ったうえでこうやってるんだし、大丈夫だって」
「……何か、あるんですね」
「え?」
「今の私には、先輩たちが焦っているように見えます。最後の文化祭だからですか? 香椎先輩の失明までの時間が迫ってきているからですか? ……それとも、高嶺先輩自身にもタイムリミットがあるから?」
 先輩たちも宮地さんも、何かを隠すようにして作業を強行しようとする。今まで黙っていたが、ここまでする理由を聞かずにはいられなかった。
 すると高嶺先輩は写真を机に置くと、姿勢を正して私と向き合った。その表情にいつもの笑顔はない。
「そうだよな。佐知も仲間外れは嫌だよな」 
「……ちゃんと、退院しますよね?」
「どうだろ? 医師からは明確に言われてないんだよね。……でもこれだけはわかる」
 ハハッと軽く笑った高嶺先輩はあっけらかんと言う。
「俺の心臓は、冬を迎えられないかもしれない」