「部活、なんでやってるの?」
「早紀……?」
「私と一緒じゃなくて平気だって言ってたけど、どうなの? 今も先輩と言い合ってたみたいだし。つか、男の先輩二人も捕まえて、私にマウントでも取ってんの?」
「そんなんじゃ……っ!」
「そもそも、部活やらないって断言してたじゃん。あんなに私が誘っても頑なに拒んでたのに、とうとう家族に見捨てられたとか?」
「やめて!」
 咄嗟に遮ると彼女はまた一層、私を睨みつける。
 中学からの付き合いで同じ高校に入学したのは早紀だけだ。特にこの学校に受験する際、家族と揉めた時のことも知っている。今では和解し、学業とアルバイトを両立させていることも納得してくれているが、早紀はそんなこと知らないし、彼女にとってはどうでもいい。私を見下すための材料として引っ張ってきているだけだ。躍起になっているその様子を、周りのクラスメイトは心配そうに見ていた。
「家のことは関係ないよ。こんなところに引き合いに出す必要はないでしょ」
「先に裏切ったのは佐知じゃん。私がどれだけ傷ついたか知らないのに、たかが家のことを出しただけで怒る方が悪いよ」
「私は裏切ってなんか――」
「何もできない佐知のくせに、私に逆らわないでよ!」
 ああいえばこういう。早紀と意見が食い違うときは、必ずこうなる。だから決まって私が折れるけど、今回ばかりはできない。
 すると、頭の上から大きな溜息が聞こえてくると同時に、私の頭にずしっと重みがかかった。目だけを動かせば、呆れた顔をした香椎先輩が私の頭を掴むようにして抑えつけていた。
「もういい? 俺たち、急いでるんだけど」
「は? だったらその子を置いていけばいいじゃないですか。部活の先輩か知りませんけど、こっちの事情に首を突っ込まないでくれます?」
「なら、俺たちの事情にも入ってくんじゃねぇよ。コイツが部活してもしなくても、決めるのはお前じゃない。それとも何か? お前が入部を決めたのも、佐知や周りの奴らが入れって推されたからか?――違うだろ。お前が自分で決めて、自分で入ったんだ。自分の思い通りに他人を動かすことが最初から可能なら、この世界は皆、年齢性別関係なく奴隷みたいに働かされてんだよ」
「はぁ? 訳わかんない!」
「わからないだろうな。自分のことさえわかってないんだから。お前はただ、佐知や周りを自分の思い通りにして人形ごっこがしたいだけなんだよ」
 香椎先輩がキッと睨みつけると、早紀が萎縮して黙り込んでしまう。一緒にいる子たちも困惑した様子で早紀を見ていた。
「……行くぞ」
「いっ!?」
 力を込められた香椎先輩の右手が、狙ったかのように頭に食い込んでくる。いつも鉛筆を握っているせいか、指圧が強い。ぎちぎちと聴こえてくる気がしたのは空耳だと信じたい。
「先輩、痛いですって!」
「うるせぇ」
 ようやく解放されて心なしか頭がすっきりする――こんなマッサージはできれば二度と受けたくない――も、靴を履き替えて先輩の後を追う。横目で早紀たちを見れば、唖然としてその場に立ち尽くしていた。
 校舎を出ると、香椎先輩はいつになく早歩きで工房へ向かう。なんとなく怒っているようにも見えるが、表情はいたって平然としていた。
「あのー……香椎先輩? 少し早いのですが……」
「だったらさっさと歩け。宮地さんから受け取ったら昇降口からじゃなくて、校庭から中庭を通り抜けて美術室に向かうからな」
「え?」
「あのな、いくら灰の量が少なくても校内に振り撒く訳にはいかねぇだろ」
 それはそうだろうけど。
「……もしかして怒ってます?」
「別に。ろくに顔を見てねぇけど、高嶺にはいい相手になったんじゃねえの」
 フッと口元が緩んだ。高嶺先輩といい、この人たちを怒らせてはいけないと強く思った。