放課後にアルバイトが入った日のほとんどは、香椎先輩と高嶺先輩は帰りがけに私のバイト先のカフェに寄って受験勉強かデッサンに勤しんでいた。未だにベンチの絵の違和感は拭いきれておらず、カンバスに写した下描きも何度か直しているらしい。
ちなみに文化祭に出す絵は、高嶺先輩がデッサンしたものを元に、下描きを高嶺先輩、着色を香椎先輩という分担制になった。私は後ろでサポートにまわる……らしいのだが、おそらく今までと同様に後ろで見学しているだけになるような気がした。
*
工房に訪れた日から二週間が経ったある日、次の授業の準備をしていると、教室の入口近くの席に座っている小田くんが、いつかのようにおそるおそる私を呼びに来た。
「あの、浅野さん? またあの先輩がきたんだけど…‥」
言われて入口を見れば高嶺先輩と目が合う。移動教室を終えた帰りなのか、ノートと文房具を抱えていた。
「わかった、ありがとう。いつもごめんね」
「最近よく声かけられてるよね、背が高くてかっこいいなぁ……せめて僕も、平均身長くらいまで伸びたいけど、やっぱり難しいよね」
小田くんはうっとりした表情で高嶺先輩を見つめた。彼の身長は私より低い一五三センチ程度だと聞く。すらっとした長身の先輩に憧れるのも分かる気がする。
「あの先輩、高校入って十センチは伸びてるんだって」
「えっ!?」
「だから小田くんも伸びるんじゃないかな?」
私がそう言うと、小田くんは途端に目を輝かせて「自分も伸びる可能性が……っ!」と喜んだ。それを横目に、高嶺先輩が待つ教室の入口に行く。
「なんか楽しそうな話でもしてた? 彼、すっごく嬉しそうだけど」
「先輩くらい身長が欲しいそうです。十センチ伸びてる話をしたら希望を持ったみたいで」
「あれ? なんで佐知が俺の成長記録を知ってるわけ?」
「香椎先輩が教えてくれました。……えっと、何かありました?」
部活のことは基本、メッセージ上でやり取りしている。先輩自ら教室に来たのはこれで三度目だ。
「ついさっき、宮地さんから灰の調整が終わったって連絡が来たんだ。今日の放課後に取りに行くことになっているんだけど、俺が先生に呼び出されてちゃって。悪いんだけど、香椎と一緒に行ってきてくれない? ホームルームが終わったら美術室に集合するように言っておくから。あ、ジャージの方がいいかも。もしあれだったら置きっぱなしにしてる俺の着ていいから」
「わかりました。でも今日は自分のがあるので、着替えて美術室に行きますね」
「助かる。宜しくな」
「はい。……でもこれ、教室に来てまで話さなくてよかったんじゃないですか?」
私はそう問うと、高嶺先輩は一瞬キョトンとした顔をして、小さく溜息をついた。
「先輩はねぇ、後輩がクラスに馴染めてるのか心配になるんだよー? あんなことの後だしね。心配したっていいだろ?」
「……あっ」
忘れてたのかよ、と呆れて笑う。
早紀とは一切話さなくなった。この二週間の間で席替えが行われて席が離れたことも大きいが、休み時間に話しかけてくることも、昼休みにお弁当を持って席に来ることもない。強引に割り込んだ女子のグループにすっかり馴染み、時折私に向けた陰口を話しているのが聞こえてくる。
高嶺先輩はそれを気にしていたようで、次いでに私が教室に馴染めているのかを確認しに来ていたのだ。私と早紀を離したのは自分だと責めているのかもしれない。
「心配しなくても平気ですよ。辛くなったら美術室に行きますから」
「……そっか」
ホッとしたのか、頬が緩んだ高嶺先輩を見て私も笑う。良い先輩に恵まれたと思う。
「じゃあ、そろそろ行くわ。……あ、それと」
高嶺先輩は一度足を止め、自分の口元に人差し指を当てて言う。
「俺、本当は十三センチ伸びてんだわ。香椎には内緒な」