「佐知ってさ、なんで急に受験する学校を変えたの?」
桜舞う四月。目まぐるしい高校生活が始まり、気付けば半月が経過していた。
一日の授業終わりに全員で校内を清掃する習慣にようやく慣れてきた頃、クラス内で割り当てられた教室前の長い廊下の端で、ちりとりを片手にかき集めた埃をまとめている私に早紀が聞いてくる。
少し前にも、彼女に誘われて来た文化祭がきっかけだったと話したはずなんだけどな、と思ったのが顔を出てしまっていたのか、箒の柄の先を向けられた。
「そんなムッとした顔しないでよー。ちょっとした興味じゃん」
「ムッとなんてしてないよ」
「してるって。いつもしかめっ面してる。だから高校デビューも地味になっちゃうんだよ」
柄を払うと、早紀はケタケタ笑った。先端が曲がってしまった箒を上手く使ってゴミをこちらへ持ってくる。溜まった埃が箒に絡まって固まると、歩くスピードに合わせて引きずられていく。小走りだったからか、窓から入ってくる光の反射で埃が宙に舞うのが見えた。
彼女とは中学からの付き合いだけど、相変わらずせっかちで大雑把なところは変わらない。
「本当にあの文化祭の絵に惚れて決めたんだとしたら、すごいことじゃん!」
「そうかな」
「だってこれといった趣味がないうえ大の人見知り。休みの日は引きこもりだし、私が連れ出してあげないとずっと出てこない、そんなちぃちゃんが絵に興味を持つなんて、想像つかないっての!」
茶化すように笑いながら集めた埃やゴミを、ちりとりに向かってパターで打つように入れていく。振るうたびに起きる風のせいで埃が舞えば、ごく少量の埃しか届かない。かき回しただけだ。
「顔も名前も知らない絵の作者を追って入学なんて、変わってるよね」
早紀はそう言って箒を振るう。
彼女の言う通り、私は大抵のことに無関心だ。これといった趣味や特技も、好きな食べ物もない。本は読むけど、どのジャンルが好きか問われたら困るし、最近の流行には特に疎い。身なりや美容なんて全くわからなくて、縛る手間が省けるからショートカットにしているだけ。髪を染めたことはないけど、よく散歩に出るからか、色素が抜けて若干茶髪っぽく見えるのは安上がりだと思ってしまうほど。
それに比べ、早紀は中学の頃から身なりや美容を気にして流行に敏感だった。だから高校入学して早々に毛先を遊ばせ、校則ギリギリのナチュラルメイクで現れた。あまりにも垢ぬけていたから、入学式に声をかけられたときは一瞬誰か分からなかったくらいだ。
「ちゃんと持っててよー。全然入んないよ」
「ごめん」
私はそんな早紀が苦手だった。最先端の流行を見せつけるようにして私の前に現れるだけでなく、勝手に私のすることすべてを興味本位だと言って監視し、大袈裟に捉えて意外だ、珍しいと唱えると、周囲には以前から知っていたかのように振る舞う。
自分が人見知りであることは自負しているとはいえ、誰かに連れ出してもらわないと外に出ないという認識は、早紀が持っているイメージでしかない。実際は家よりも外にいる方が多い。
彼女が私のことを「ちぃちゃん」と呼ぶのも、私の名前である浅野佐知が「幸が浅いみたいな名前で可哀想」と勝手な解釈をしたからだ。
それだけならまだしも、一番質が悪いのは本人は善意で言葉にし、行動していることだった。
小さな一言で嫌な思いを誰かがしていることなど、彼女は全く知らない。実際同じクラスメイトたちは入学して早々に気付いたようで、適当に話を流しているのを何度か見かけたことがある。
だから早紀は、唯一中学が一緒だった私と共に行動することが多い。私なら拒まない、自分がいないと何もできないと思っているからだ。
ちりとりをしっかり持って、飛び出した埃をかき込むように入れていく。早紀が入れてくれたのは最初だけで、あとは箒の先端で遊んでいるだけだった。
「でもなんで帰宅部なの? 絵の作者が上級生の中にいるのは確定なんだから、部活に入って情報収集した方が絶対早いのに」
「バイトするから入れないの」
「卒業生だったとしても、先輩の誰かが繋がっているかもしれないじゃん! ね、やっぱり一緒に部活やろうよ。新しいコミュニティに飛びこむ勇気がないなら、私が助けてあげるから!」
「だからバイトなんだって」
「はいはい、そういうことにしとくねー……あ、もう戻ろっ!」
掃除終了のチャイムが鳴ると、早紀は教室に翻した。その際、持っていた箒の先が屈んでいた私の目に当たりそうになって間一髪で避けると、その拍子にちりとりをひっくり返ってしまった。せっかく集めた埃が床に散らばったのを見て「あーあ」と頭の上から呆れた声が聞こえてくる。
「なにやってんのー。もう……ちぃちゃんは何もできないね」
「……そう、だね」
彼女がどんな顔をしていたのか、見なくてもすぐにわかった。
私はまた箒を使って散らばった埃を集める。早紀も一緒に手伝ってくれたけど、また散らかすだけ。早く教室に戻ってほしかった。
桜舞う四月。目まぐるしい高校生活が始まり、気付けば半月が経過していた。
一日の授業終わりに全員で校内を清掃する習慣にようやく慣れてきた頃、クラス内で割り当てられた教室前の長い廊下の端で、ちりとりを片手にかき集めた埃をまとめている私に早紀が聞いてくる。
少し前にも、彼女に誘われて来た文化祭がきっかけだったと話したはずなんだけどな、と思ったのが顔を出てしまっていたのか、箒の柄の先を向けられた。
「そんなムッとした顔しないでよー。ちょっとした興味じゃん」
「ムッとなんてしてないよ」
「してるって。いつもしかめっ面してる。だから高校デビューも地味になっちゃうんだよ」
柄を払うと、早紀はケタケタ笑った。先端が曲がってしまった箒を上手く使ってゴミをこちらへ持ってくる。溜まった埃が箒に絡まって固まると、歩くスピードに合わせて引きずられていく。小走りだったからか、窓から入ってくる光の反射で埃が宙に舞うのが見えた。
彼女とは中学からの付き合いだけど、相変わらずせっかちで大雑把なところは変わらない。
「本当にあの文化祭の絵に惚れて決めたんだとしたら、すごいことじゃん!」
「そうかな」
「だってこれといった趣味がないうえ大の人見知り。休みの日は引きこもりだし、私が連れ出してあげないとずっと出てこない、そんなちぃちゃんが絵に興味を持つなんて、想像つかないっての!」
茶化すように笑いながら集めた埃やゴミを、ちりとりに向かってパターで打つように入れていく。振るうたびに起きる風のせいで埃が舞えば、ごく少量の埃しか届かない。かき回しただけだ。
「顔も名前も知らない絵の作者を追って入学なんて、変わってるよね」
早紀はそう言って箒を振るう。
彼女の言う通り、私は大抵のことに無関心だ。これといった趣味や特技も、好きな食べ物もない。本は読むけど、どのジャンルが好きか問われたら困るし、最近の流行には特に疎い。身なりや美容なんて全くわからなくて、縛る手間が省けるからショートカットにしているだけ。髪を染めたことはないけど、よく散歩に出るからか、色素が抜けて若干茶髪っぽく見えるのは安上がりだと思ってしまうほど。
それに比べ、早紀は中学の頃から身なりや美容を気にして流行に敏感だった。だから高校入学して早々に毛先を遊ばせ、校則ギリギリのナチュラルメイクで現れた。あまりにも垢ぬけていたから、入学式に声をかけられたときは一瞬誰か分からなかったくらいだ。
「ちゃんと持っててよー。全然入んないよ」
「ごめん」
私はそんな早紀が苦手だった。最先端の流行を見せつけるようにして私の前に現れるだけでなく、勝手に私のすることすべてを興味本位だと言って監視し、大袈裟に捉えて意外だ、珍しいと唱えると、周囲には以前から知っていたかのように振る舞う。
自分が人見知りであることは自負しているとはいえ、誰かに連れ出してもらわないと外に出ないという認識は、早紀が持っているイメージでしかない。実際は家よりも外にいる方が多い。
彼女が私のことを「ちぃちゃん」と呼ぶのも、私の名前である浅野佐知が「幸が浅いみたいな名前で可哀想」と勝手な解釈をしたからだ。
それだけならまだしも、一番質が悪いのは本人は善意で言葉にし、行動していることだった。
小さな一言で嫌な思いを誰かがしていることなど、彼女は全く知らない。実際同じクラスメイトたちは入学して早々に気付いたようで、適当に話を流しているのを何度か見かけたことがある。
だから早紀は、唯一中学が一緒だった私と共に行動することが多い。私なら拒まない、自分がいないと何もできないと思っているからだ。
ちりとりをしっかり持って、飛び出した埃をかき込むように入れていく。早紀が入れてくれたのは最初だけで、あとは箒の先端で遊んでいるだけだった。
「でもなんで帰宅部なの? 絵の作者が上級生の中にいるのは確定なんだから、部活に入って情報収集した方が絶対早いのに」
「バイトするから入れないの」
「卒業生だったとしても、先輩の誰かが繋がっているかもしれないじゃん! ね、やっぱり一緒に部活やろうよ。新しいコミュニティに飛びこむ勇気がないなら、私が助けてあげるから!」
「だからバイトなんだって」
「はいはい、そういうことにしとくねー……あ、もう戻ろっ!」
掃除終了のチャイムが鳴ると、早紀は教室に翻した。その際、持っていた箒の先が屈んでいた私の目に当たりそうになって間一髪で避けると、その拍子にちりとりをひっくり返ってしまった。せっかく集めた埃が床に散らばったのを見て「あーあ」と頭の上から呆れた声が聞こえてくる。
「なにやってんのー。もう……ちぃちゃんは何もできないね」
「……そう、だね」
彼女がどんな顔をしていたのか、見なくてもすぐにわかった。
私はまた箒を使って散らばった埃を集める。早紀も一緒に手伝ってくれたけど、また散らかすだけ。早く教室に戻ってほしかった。