しばらくして、高嶺先輩が両手に下げた二つのビニール袋を持ってやってきた。大量のペットボトルのスポーツドリンクとブドウ糖タブレットが入っている。水滴で袋の内側が張りついているのは、冷えた場所から取り出してきたばかりなのだろう。
「お前、コンビニは向かう途中に行くって言ってなかったか?」
「工房の真逆なんだから、学校来る前に買って、職員室の冷蔵庫に突っ込んでたに決まってんだろー。時間もあまりないし、行こうぜ」
 袋の片方を香椎先輩に、自分のポケットから今にも落ちそうな軍手を私に渡して、高嶺先輩は歩き出す。つい先程まで一年生の教室の前で早紀の暴君に付き合っていたというのに、その爽やかな表情と雰囲気はいつもの先輩だった。
「高嶺先輩、あの……早紀はどうなりました?」
「さき? 誰だっけ?」
 キョトンとした顔で返される。
「なんてね。桑田さんなら教室に送り返したよ。なんか喚いてたけど」
 高嶺先輩が笑顔でそう言うと、途端に香椎先輩が目を逸らした。何を言って説得したのか、怖くて聞けない。
「佐知、今すっごく失礼なこと考えてない?」
「いいえ全く。……というか、本当に私、入部していいんでしょうか」
「え?」
「邪魔に、なっていませんか」
 ついて来ようとする早紀がしつこくて、最終手段として先輩が掲げた入部届。本来ならば顧問の先生に出すものだが、それ以前に私は入部を断られている。
 それでも先輩たちはいつも気にかけてくれて、美術室の出入りを許可してくれただけでなく、私に絵を描く機会をもう一度与えてくれて、素材を作る工程まで携わせてくれようとしている。
 本当は邪魔者なんじゃないかと何度も思った。でもそれ以上に、この時間に執着する自分がいる。もしこれがお情けなら、今ここで、バッサリと突き放してほしい。
 先輩たちは顔を見合わせると、同時に吹き出した。こっちが真剣に悩んでいるのに、一応授業中だと考慮してか、笑い声を堪える。
「な、なんですか!」
「いやっ……ごめんごめん。これはちゃんと言ってなかった俺たちが悪い!」
「そうだな」
 二人だけで納得しないでほしい。じろっと睨むと、高嶺先輩は改めて言う。
「確かに最初は断ったけど、クロッキー帳を渡した時から巻き込もうって話はしてたんだぜ。特に俺は、佐知が中学の時に入賞した絵を見てるし、本格的に描きたいわけじゃないとも聞いていたし」
「むしろ佐知が遠慮してるのが目に見えてたからな。どうしようかと話していたところにあの入部届だ。お前、クロッキー帳の裏に貼り付けてたんだろ。マスキングテープは剥がれやすいから、なんかの拍子に落ちたんだろうな。ご丁寧に入部希望の欄に美術部と名前まで書かれてるのを見て、これは使うしかない。……って、高嶺が」
「拾ったのも賛成したのも香椎じゃん! 俺一人のせいにすんなよ!」
 ああだこうだと先輩たちの言い合いに、私は一人唖然としていた。
 つまり私は、知らぬ間に先輩たちの手の平で踊らされていたらしい。実感が湧かない中、高嶺先輩が「あーだからつまり!」と私の方を見て続ける。
「これは正式に俺が受け取った! 今更取り下げるなんて受け付けないからな!」
 あまりにも唐突で呆気なくて、言葉も出てこない。決して呆れているわけではないんだけど、それ以上に、自分を認められたような気がして、じわじわとやってきた高揚感に心地良ささえ感じてしまう。私は二人に向かって頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「おう!」