先輩から逃れるように教室近くのトイレに駆け込むと、鏡を見て驚いた。絵を一目見ただけなのに、私は目が真っ赤になるほど泣いていた。ハンカチを湿らせて目元に当てていれば、昼休み終了のチャイムが聞こえてくる。結局、お弁当は食べられなかった。
 授業開始ギリギリに教室に戻ると、眉を下げて申し訳なさそうな顔をした早紀と目が合う。何か言いたげだったけど、入ってきた数学の先生の号令によって、言葉を交わすことなく席に着いた。
 しばらく授業を受けていると、先生が背を向けたタイミングで早紀から小さく折り畳まれた手紙が回ってくる。

『佐知へ。ごめんね。まさか泣くなんて思わなかった。もし部活やるって決めたら教えてね 早紀』

 早紀が気付くほど、まだ目元の腫れは治まっていないらしい。鏡を見ないと確認出来ないのは難儀なものだ。私が泣いた理由があの絵と再会したからなど、早紀は想像もしていないだろう。
 また会えると思って入学した矢先、多くの人になかったことにされたあの絵を諦めかけていたのに、ひっそりを息をひそめていたことが何よりも嬉しかった。
 ……嬉しかったはず、なのに。
 部外者なのに悔しい思いが胸を絞めつける。
 だから、早紀は何も悪くない。回ってきた手紙に返事をさらっと書く。
「次の問題をー……(ふる)(はた)!」
 いつの間にか先生がこちらを向いており、私の前の席に座る古畑さんを指名した。黒板の上から下までびっしり書かれた問題は、しばらく先生が背を向けることはない。
 返事を書き終えた手紙を折り畳んでペンケースに隠すと、黒板に書かれた問題をノートに写して解き始める。シャーペンを走らせた字は焦っていたせいか、かすれていた。
 手紙は授業中に回せるタイミングがなく、そのまま授業を終えたてすぐ早紀に正面から渡した。
 相変わらず眉をひそめていたけれど「ちゃんと回してよね、心配になるじゃん!」といって、授業中に出された問題が解けなかったことを私に批難する。授業中に手紙を回すことの方が悪いような気がすると、喉まで出かかった言葉はまた飲み込んだ。