「みんなを裏切った……せっかく、卒業式出られたのに。僕が、車に乗れなかったから」
 淀野はいつもの病室のベッドの上で、膝を抱えて呟いた。隣で椅子に座ってその独白を聞く祖母は、下手なことなど言わずに黙って淀野の言葉に耳を澄ましている。
 昨日卒業式が終わった後に、稲戸と富川が慌てた様子で来てくれた。菅谷も来ていたらしいが、病室には入って来ていないので本当かどうかは知らない。
 申し訳なかった。この一年、あんなにも、夢を語ったのに。夢を、叶えようと頑張ったのに。
「もう終わっちゃった……ぜんぶぜんぶ、終わっちゃった……」
 後悔の呟きが終わると、病室には静寂が広がる。
 そよそよと、風で木が揺れる音がする。鳥の鳴く声。誰かの話し声。
「……! ……!」
 何かが聞こえた気がして、淀野は顔を上げた。
「ヨドサクー! 聞いてくれー!」
 ふたつ重なった大きな声が耳に届いた。
「……稲戸、と……富川……?」
 祖母に支えられながら、立ち上がる。体が怠くて時間がかかったが、やっとの思いで窓辺に立ち、窓を開けて覗く。三階のここからなら、中庭にいる人たちの顔がよく見えた。
 稲戸と、富川。制服姿のふたりが並んで立っていた。
 淀野が見ていることに気付いた彼らは、大きく手を振って笑う。すると、上から何かピンク色が降ってきた。窓の縁についた手の甲に、それがひらひらと落ちてくる。
「……これ、桜型の紙……」
 摘まみ上げようとして指先からこぼれたそれは、確かに桜の花びらの形をした紙だった。上で誰かが……例えば菅谷などが降らしているのだろうか。ひらひらと、満開の桜が淀野の目の前を彩る。
 両親と最後に見た桜の花びらを思い出した。
「校歌ー、斉唱ー!」
 ふたりが中学の校歌を歌い出す。ただ三階に届けるための、張り上げた歌声。花びらがひっきりなしに降る。
ああこういう歌だったな、と耳を澄ました。
 歌が終わる。
 稲戸が一歩前に出た。
「三年、菅野佐久! あなたは中学校の過程を修了したことをここに記します!」
 富川も、一歩踏み出す。
「三月十日ー! 校長代理ー、富川紅葉とー!」
「稲戸翔太と!」
 少し間が空いて、この病棟の建物側から影が飛び出してくる。
「菅谷先生ですっ‼」
 肩で息をしているように真っ赤な顔をした菅谷だった。菅谷はその手に、卒業証書らしきものを持っている。富川と稲戸が満足そうに大きく手を振る。
 淀野はぼろぼろと涙をこぼした。
「卒業、おめでとー!」
 夢は叶わないと思っていた。全部終わってしまったと思っていた。実際、望んだ理想の形ではない。けれど、淀野にとってその数人の卒業式は、一生忘れられないと思えるそれだった。
「ありがとう、みんな」
 小さく呟いた言葉は、彼らに届いていないだろう。だけど、稲戸と富川はその気持ちが伝わったのか、弾けるように笑ったのだ。