「ヨドサク。おまえ本当にバスケ続けないのかよ」
 ゴールに目掛けてボールを上げた淀野佐久(よどのさく)は、シュートが決まる様を見届けてから隣に目を移した。
「いきなり何だよ、翔太」
 がたいが良く、二年にして主将を務める稲戸翔太(いなどしょうた)。バスケをしている最中はいつもガハガハと笑っているはずの彼が、今日は珍しく唇を真一文字に結んでいた。
「中学卒業したら辞めるんだろ、バスケ」
「辞めないよ。いや、高校の部活は柔道部に入るけど、趣味として続ける」
 淀野は足元に幾つか置いていたボールのうちひとつを拾い、構えた。
「僕は警察になりたいからね」
 ゴールに向かって打ち出したボールは、リングに当たって外れる。
 足元からボールを拾う。
「……バスケ選手になるって言ってたのは嘘かよ」
「あの時は嘘じゃなかった。けど、警察になりたいと思ったんだ」
 シュートは決まらない。ボールはバスケ部員には有るまじきほど大きく狙いを外れて、壁にぶつかり跳ね返る。まっすぐ手元に戻ってきたそれをキャッチして、淀野はまた構えた。
「バスケは好きだけど、プロとしてじゃなくて、趣味で楽しみたいんだ」
 シュートが決まった。成功率は半分。最近決まらないことが増えてきたが、それでも淀野は部員の中で一番シュートが上手かった。
 もう一度ボールを上げる。
 決まる。
「……こんなに上手いのに、もったいねえ」
「それはお互い様でしょ」
 淀野が笑うと、稲戸も一拍置いて笑った。
「そうだな」
 シュートを決める音と、ボールが床を跳ねる音が響く。
 早朝の学校、ふたり以外誰もいない体育館で、そんな話をした。
 その日の夕方に、淀野佐久は交通事故に遭った。