【4】

 咲(さき)という名前の、幼なじみがいた。
 同い年で、斜め向かいの家に住んでいる女の子だった。
 小柄で、華奢で、色がとても白かった。自分の髪の毛とは違う柔らかな猫毛を、名緒は密かに羨ましく思っていた。
 そして咲は――生まれつき、重い病を抱えていた。
 何度も入退院を繰り返し、一年のうちの半分以上を病院で過ごすことも珍しくなかった。咲と遊ぶのは、ほとんどが入院先の病室か、彼女の自宅だった。
 小学校の高学年になる頃には、咲の病状はさらに悪化していた。棒きれのようにやせ細った彼女の腕を見るたびに、名緒はそこから目をそらしたくなった。けれど、そらすことも罪に思えた。
 そんな状態でありながらも、咲はいつも穏やかに微笑んでいた。
『学校、どう?』
 中学校に上がってすぐ、また入院を余儀なくされた咲が、見舞いに来た名緒に問いかけた。
 名緒はそれに、正直に答えた。
『そこまで勉強難しくないし、部活もなんとかやってる。でも、咲がいないとつまんないよ』
 そう言った名緒に、咲は嬉しそうに笑った。
『ふふ、名緒ちゃんのそういうところ、安心する』
『なにそれ』
『良い意味だよ、もちろん』
 くすくすとひとしきり笑った咲は、緩やかに目尻を下げたまま、『ねえ、名緒ちゃん』と言った。
『名緒ちゃんは、ずっと変わらないでいてね』

 それから半年後。
 咲は、息を引き取った。

 * * *

(……あれも、五年前、か)
 不思議な合致に、昔のことを思い返しながら帰路についていた名緒は、現実に引き戻されたような心地になった。咲が亡くなったのも、慧が亡くなったというのも、どちらも五年前、だ。
『幽霊なんてついてないよ』
 名緒の問いかけに、慧ははっきりとそう答えた。
『僕が君にかかってる呪いを感じ取ったのは、多分僕がすでに人ならざる存在だからだと思うけど。呪いの正体が何なのかまでは、わからない』
 慧はそう言って、名緒の顔をじっと見つめていた。
 その視線に、なんだかいたたまれなくなって、名緒は咲という幼なじみがいたこと、すでに彼女が亡くなっていることを、慧に打ち明けたのだった。
 ──慧は、名緒の問いかけに「幽霊なんてついてない」と答えたが、じゃあ、それなら名緒は。名緒が抱え続けている、咲に対する罪悪感は、どこから来ているのだろうか。
 夕日が、河川敷を歩く名緒の影を、長く長く伸ばす。どこまでも伸びていくようなその影を見つめて、名緒は目を伏せた。

 身長が伸びるたびに、「変わらないで」と言った咲を、裏切っているような気がした。
 あの頃のまま時を止めてしまった咲を置いて、自分ひとりだけが変わっていくのが、怖かった。