【10】
慧の家を訪れた名緒は、その足で学校へと向かった。
今日は登校日ではないため、人が少ないだろうと思ってはいたものの、教室の扉を開けると誰もいなかった。
──いつもそこにいる、彼を除いて。
「やあ」
窓際で外を眺めていたらしい慧が、くるりと名緒を振り返って挨拶をしてくる。その調子は、いつもとなんら変わりがなかった。
「午前中は、ちょっとだけ来てたんだけど。もうみんな帰っちゃったよ」
そう説明する慧に向けている自身の顔がこわばっているのを、名緒は自覚していた。クールだなんだと言われることが多いけれど、表情を取り繕うのは苦手だった。
そんな名緒の様子に気がついたのだろう。慧は不思議そうに目をぱちりと瞬いて、それからなにか言いかけて開いた口を、ゆっくりと閉ざした。
その瞳が、徐々に細められていく。
「……なにか、知ったの?」
僕のことを、と慧は言わなかったけれど、そう問いかけられているのはわかった。
名緒は彼のもとまで歩み寄ると、その顔を見ながら、無言でうなずいた。
「……そう」
慧が視線を逸らし、再び窓の外を見やる。その横顔を眺めながら、名緒は彼の言葉を待った。
「……生きていた頃の僕はね。今とは少し、性格が違うかもしれない」
やがて、慧はそんなふうに切り出した。
「あんまり人と喋らなくて、いつもひとりでいるようなやつだった」
確かにそれは、今の慧のイメージとは異なる。授業中でもお構いなしにちょっかいをかけてきて、よく笑ってよく喋る。そんな、名緒が知る慧とはうまく重ならない。
慧は手を伸ばし、窓枠を撫でる仕草をした。
「教室の中でも、存在感が薄くてさ。いるのかいないのか……みんなに認識されてるのかも、よくわからなかった。……でもね。僕は意外と、教室でみんなと一緒に勉強を受けている時間が、嫌いじゃなかったんだ」
慧はそこでふと、ふたり以外に誰もいない教室を、ゆっくりと見回した。
「みんなが一様に、静かに授業を聞いているあの時間は……不思議な安心感があった。全員で同じ授業を受けている、みんなが同じ方向を向いて、同じ先生の話を聞いて、同じ時間を共有しているっていうそれだけで……クラスに溶け込めている気がしたんだ。……だからかもしれない」
教室の中を見回していった慧の瞳は、最後に名緒の顔を捉えた。
「僕がここにとどまっているのは、最も強い未練を残していたのが、この教室だったから。みんなに『クラスメイトとして認識される』なんて呪いをかけてしまったのも……僕にとって安らぎの場所だったここからも存在が消え去ってしまうことが怖かったから」
慧は言葉にしていくうちに、自分の中でも納得を深めているように見えた。自身がここにとどまり、みんなに呪いをかけていた理由。それをようやく自分の中にきちんと落とし込むことができたのだろう。
けれど名緒には、慧の話を聞いていて、どうしても引っかかることがあった。
「……家、は?」
聞いていいものか、ためらわなかったわけではない。
けれどここまで知ったからには、名緒は慧の口から、直接聞かせてほしかった。
生前の彼が、どんなふうに生き、何を思っていたのか。
「一番強い未練を残してたのがここって言ったけど……家はどうなの? 家族の人とか……」
名緒の問いかけに、慧は肩をすくめてみせた。
「家では、あんまり存在意義を感じられなかったんだよね」
「……実家が、病院だって」
「あ、もうそこまで知ってるんだ。なら話は早いね」
慧の口調はごく軽い調子だったが、あえてそのように振る舞っているのかもしれない。名緒から目を逸らし、口元にささやかな微笑を浮かべながら、慧は自分の家の話をした。
「うちの病院って、父親が祖父から継いだものなんだけど。当然のように、兄貴が継ぐことが決まっててさ。そしたら、両親の期待って兄貴に向くじゃん。正直言って、僕のことなんて大して気にかけてなかったんだよね」
存在感が薄い、認識されているのかわからない、と語った慧の言葉が蘇る。
大勢のクラスメイトがいる場所であってもそうだったのに、家の中でも関心を向けられなかったとなれば。
……彼が、「溶け込めている気がした」と称したこの場所にとどまったことが、納得できるような気がした。
「そのくせ、成績にはめちゃくちゃ厳しいの。ちょっとでもテストの点数が下がると、怒鳴られたり飯抜かれたりさ。なんか物心ついた頃には、僕も医師になることが当たり前のように決まってたんだよね。でも、家に必要とされてるのは兄貴じゃん? なんか、なんのために勉強してるのか、どんどんわからなくなって」
〈親がめちゃくちゃ厳しいって〉
〈受験ストレスってやつ?〉
掲示板に書かれていた文字が脳裏に蘇り、息を呑んだ。
それでは。やはり、慧は。
「……たまに、息抜きにビルの屋上に行ってたんだよね。鍵がかかってなくて出入り自由になってるのを、偶然見つけたんだけど」
「それは、その……慧が、転落した……」
ためらいながらも口にすると、慧が名緒に視線を戻し、うなずいた。
「そう、そのビル」
一度、そっと息を吸った。
どうしても、確かめたいことがあった。
慧は──本当に、自ら死を選んだのか。
「……自殺、だったの?」
かすかに震える唇で、ついにそれを口にした。
慧が、すうっと目を細める。
窓に背を向けた彼の顔に、逆光が影を落とす。
僅かな……それでも、随分と長く思えるような沈黙ののち、慧は答えた。
「……違うよ」
ほほえみさえ浮かべて、静かな声でそう言った。
詰めていた息を吐き出しかけたところで、「でも」と慧が続ける。
「正直言うと、死にたい気持ちが全くなかったわけじゃない。……だから、僕はあの日、屋上の手すりを越えてみたんだ。そうしてしばらく風に吹かれていたら、全てから解放されたような心地になって、少し胸がすっとしたんだ。それで満足して、また手すりを越えて戻ろうとしたところで……僕はバランスを崩した」
脳裏にその時の様を想像で思い描き、背筋がぞっとした。
手すりの向こう側へ戻ろうと、体を反転させる。手すりをつかみ、体を持ち上げようと足をかける。
靴裏が滑る。浮遊感に襲われる。伸ばした手は何も掴むことなく、そのまま体が落下していく。頭から。遠ざかる青空──。
「名緒」
呼びかけに、はっと意識を引き戻される。
今の、目の前にいる慧を、見つめ直した。
「顔色が悪いよ。……ごめんね、嫌な想像させちゃったかな」
「……ううん」
「落下の途中で意識を失ったから、痛みとかは全然感じなかったよ。ほんとに……気がついたら、幽霊になってたんだ」
そう言って慧は、自分の物語を締めくくった。彼という人間が、どのように生きて、何を考え、どうやって死を迎えたのか……その物語を。
「ねえ、名緒。僕はもう、生きている人間と同じように、歩んでいくことはできない。でも、君はそれができる。まだまだ、これから変わっていける」
生きていれば、名緒より五歳年上だったはずの彼は、その生涯を終えた時の姿のまま──高校三年生のときから変わらない姿のまま、語りかける。
「変わっていくことを、恐れないで」
喉の奥が、きゅうっとしまった。目元にせり上がってくる熱い雫を、必死に押し留める。
慧が、何を伝えようとしているのか。それが、わかってしまったからだ。
「君の幼なじみは、君に呪いをかけるような子だったのかな?」
出会ったあの日に、慧が告げた言葉。
──呪いがかかっている。
それに対して名緒は、「女の子の幽霊がついてない?」と尋ねた。
けれど、わかっている。咲は、そんな子じゃない。名緒に取り憑いて、呪いをかけるような子じゃない。
呪いをかけていたのは……本当は。
「……私、だ」
震える両手をぎゅっと握り合わせ、きつく目を瞑る。その拍子に、溢れ出した涙が頬を伝った。
うん、と慧がうなずく。
「君に呪いをかけていたのは、君自身だ。変わっちゃいけないって……ずっと、自分の変化を恐れていた」
そうだ、そのとおりだ。
伸びていく身長、広がっていくばかりの年齢差、少しずつ、けれど確実に薄れていく、咲との記憶。
それが、怖くて……大切な幼なじみを、裏切っているような気がして。
ずっと、変わっていく自分を、責めていた。
「でも、君は踏み出す決心をしたんだね。それが、僕との出会いにつながった」
「……え?」
慧が何を言っているのかわからず、思わずまぶたを開いて彼の方を見た。そんな名緒を見て、慧はくすりと笑う。
「……去年の年末。つまり、冬休みの間に、君は東京に行くことを決めたんだよね」
「あ、うん……そう。……私も、薄々気付いてたから。このままじゃいけないって……自分が変わることを恐れて、それを咲のせいにして、ずっととどまり続けるのは違うんじゃないかって……」
だから、一度ここから離れてみれば。咲とともに過ごしたこの場所を離れてみれば、気持ちにも、なにか変化が生まれるのではないか。東京行きを決めたのは、実のところそういった理由が大きかったのだ。
名緒の言葉を聞いて、慧は納得したように大きくうなずいた。
「そして、君だけ僕の呪いが完全に解けたのも、冬休みが明けてから」
「……あ」
そういえば、と瞬きをする。確かに、名緒が東京行きを決めたのと慧の呪いが解けたのは、タイミング的には重なっている。
「僕は最初、君にかかってる呪いと僕のかけた呪いが共鳴したのかも、なんて言ったけど……それはきっと、大きな間違い。むしろ逆」
「……逆?」
首をかしげると、慧は眩しいものを見るように、目を細めた。
「君が自分を変えようとしていたから……自分自身にかけた呪いを、解こうとしていたから。それにつられて、僕の呪いも一緒に解けちゃったんだ」
その時、名緒は気がついた。
慧の体の向こうに、窓枠が見える。窓の外の景色が見える。
──慧の体が、透けていた。
慧の家を訪れた名緒は、その足で学校へと向かった。
今日は登校日ではないため、人が少ないだろうと思ってはいたものの、教室の扉を開けると誰もいなかった。
──いつもそこにいる、彼を除いて。
「やあ」
窓際で外を眺めていたらしい慧が、くるりと名緒を振り返って挨拶をしてくる。その調子は、いつもとなんら変わりがなかった。
「午前中は、ちょっとだけ来てたんだけど。もうみんな帰っちゃったよ」
そう説明する慧に向けている自身の顔がこわばっているのを、名緒は自覚していた。クールだなんだと言われることが多いけれど、表情を取り繕うのは苦手だった。
そんな名緒の様子に気がついたのだろう。慧は不思議そうに目をぱちりと瞬いて、それからなにか言いかけて開いた口を、ゆっくりと閉ざした。
その瞳が、徐々に細められていく。
「……なにか、知ったの?」
僕のことを、と慧は言わなかったけれど、そう問いかけられているのはわかった。
名緒は彼のもとまで歩み寄ると、その顔を見ながら、無言でうなずいた。
「……そう」
慧が視線を逸らし、再び窓の外を見やる。その横顔を眺めながら、名緒は彼の言葉を待った。
「……生きていた頃の僕はね。今とは少し、性格が違うかもしれない」
やがて、慧はそんなふうに切り出した。
「あんまり人と喋らなくて、いつもひとりでいるようなやつだった」
確かにそれは、今の慧のイメージとは異なる。授業中でもお構いなしにちょっかいをかけてきて、よく笑ってよく喋る。そんな、名緒が知る慧とはうまく重ならない。
慧は手を伸ばし、窓枠を撫でる仕草をした。
「教室の中でも、存在感が薄くてさ。いるのかいないのか……みんなに認識されてるのかも、よくわからなかった。……でもね。僕は意外と、教室でみんなと一緒に勉強を受けている時間が、嫌いじゃなかったんだ」
慧はそこでふと、ふたり以外に誰もいない教室を、ゆっくりと見回した。
「みんなが一様に、静かに授業を聞いているあの時間は……不思議な安心感があった。全員で同じ授業を受けている、みんなが同じ方向を向いて、同じ先生の話を聞いて、同じ時間を共有しているっていうそれだけで……クラスに溶け込めている気がしたんだ。……だからかもしれない」
教室の中を見回していった慧の瞳は、最後に名緒の顔を捉えた。
「僕がここにとどまっているのは、最も強い未練を残していたのが、この教室だったから。みんなに『クラスメイトとして認識される』なんて呪いをかけてしまったのも……僕にとって安らぎの場所だったここからも存在が消え去ってしまうことが怖かったから」
慧は言葉にしていくうちに、自分の中でも納得を深めているように見えた。自身がここにとどまり、みんなに呪いをかけていた理由。それをようやく自分の中にきちんと落とし込むことができたのだろう。
けれど名緒には、慧の話を聞いていて、どうしても引っかかることがあった。
「……家、は?」
聞いていいものか、ためらわなかったわけではない。
けれどここまで知ったからには、名緒は慧の口から、直接聞かせてほしかった。
生前の彼が、どんなふうに生き、何を思っていたのか。
「一番強い未練を残してたのがここって言ったけど……家はどうなの? 家族の人とか……」
名緒の問いかけに、慧は肩をすくめてみせた。
「家では、あんまり存在意義を感じられなかったんだよね」
「……実家が、病院だって」
「あ、もうそこまで知ってるんだ。なら話は早いね」
慧の口調はごく軽い調子だったが、あえてそのように振る舞っているのかもしれない。名緒から目を逸らし、口元にささやかな微笑を浮かべながら、慧は自分の家の話をした。
「うちの病院って、父親が祖父から継いだものなんだけど。当然のように、兄貴が継ぐことが決まっててさ。そしたら、両親の期待って兄貴に向くじゃん。正直言って、僕のことなんて大して気にかけてなかったんだよね」
存在感が薄い、認識されているのかわからない、と語った慧の言葉が蘇る。
大勢のクラスメイトがいる場所であってもそうだったのに、家の中でも関心を向けられなかったとなれば。
……彼が、「溶け込めている気がした」と称したこの場所にとどまったことが、納得できるような気がした。
「そのくせ、成績にはめちゃくちゃ厳しいの。ちょっとでもテストの点数が下がると、怒鳴られたり飯抜かれたりさ。なんか物心ついた頃には、僕も医師になることが当たり前のように決まってたんだよね。でも、家に必要とされてるのは兄貴じゃん? なんか、なんのために勉強してるのか、どんどんわからなくなって」
〈親がめちゃくちゃ厳しいって〉
〈受験ストレスってやつ?〉
掲示板に書かれていた文字が脳裏に蘇り、息を呑んだ。
それでは。やはり、慧は。
「……たまに、息抜きにビルの屋上に行ってたんだよね。鍵がかかってなくて出入り自由になってるのを、偶然見つけたんだけど」
「それは、その……慧が、転落した……」
ためらいながらも口にすると、慧が名緒に視線を戻し、うなずいた。
「そう、そのビル」
一度、そっと息を吸った。
どうしても、確かめたいことがあった。
慧は──本当に、自ら死を選んだのか。
「……自殺、だったの?」
かすかに震える唇で、ついにそれを口にした。
慧が、すうっと目を細める。
窓に背を向けた彼の顔に、逆光が影を落とす。
僅かな……それでも、随分と長く思えるような沈黙ののち、慧は答えた。
「……違うよ」
ほほえみさえ浮かべて、静かな声でそう言った。
詰めていた息を吐き出しかけたところで、「でも」と慧が続ける。
「正直言うと、死にたい気持ちが全くなかったわけじゃない。……だから、僕はあの日、屋上の手すりを越えてみたんだ。そうしてしばらく風に吹かれていたら、全てから解放されたような心地になって、少し胸がすっとしたんだ。それで満足して、また手すりを越えて戻ろうとしたところで……僕はバランスを崩した」
脳裏にその時の様を想像で思い描き、背筋がぞっとした。
手すりの向こう側へ戻ろうと、体を反転させる。手すりをつかみ、体を持ち上げようと足をかける。
靴裏が滑る。浮遊感に襲われる。伸ばした手は何も掴むことなく、そのまま体が落下していく。頭から。遠ざかる青空──。
「名緒」
呼びかけに、はっと意識を引き戻される。
今の、目の前にいる慧を、見つめ直した。
「顔色が悪いよ。……ごめんね、嫌な想像させちゃったかな」
「……ううん」
「落下の途中で意識を失ったから、痛みとかは全然感じなかったよ。ほんとに……気がついたら、幽霊になってたんだ」
そう言って慧は、自分の物語を締めくくった。彼という人間が、どのように生きて、何を考え、どうやって死を迎えたのか……その物語を。
「ねえ、名緒。僕はもう、生きている人間と同じように、歩んでいくことはできない。でも、君はそれができる。まだまだ、これから変わっていける」
生きていれば、名緒より五歳年上だったはずの彼は、その生涯を終えた時の姿のまま──高校三年生のときから変わらない姿のまま、語りかける。
「変わっていくことを、恐れないで」
喉の奥が、きゅうっとしまった。目元にせり上がってくる熱い雫を、必死に押し留める。
慧が、何を伝えようとしているのか。それが、わかってしまったからだ。
「君の幼なじみは、君に呪いをかけるような子だったのかな?」
出会ったあの日に、慧が告げた言葉。
──呪いがかかっている。
それに対して名緒は、「女の子の幽霊がついてない?」と尋ねた。
けれど、わかっている。咲は、そんな子じゃない。名緒に取り憑いて、呪いをかけるような子じゃない。
呪いをかけていたのは……本当は。
「……私、だ」
震える両手をぎゅっと握り合わせ、きつく目を瞑る。その拍子に、溢れ出した涙が頬を伝った。
うん、と慧がうなずく。
「君に呪いをかけていたのは、君自身だ。変わっちゃいけないって……ずっと、自分の変化を恐れていた」
そうだ、そのとおりだ。
伸びていく身長、広がっていくばかりの年齢差、少しずつ、けれど確実に薄れていく、咲との記憶。
それが、怖くて……大切な幼なじみを、裏切っているような気がして。
ずっと、変わっていく自分を、責めていた。
「でも、君は踏み出す決心をしたんだね。それが、僕との出会いにつながった」
「……え?」
慧が何を言っているのかわからず、思わずまぶたを開いて彼の方を見た。そんな名緒を見て、慧はくすりと笑う。
「……去年の年末。つまり、冬休みの間に、君は東京に行くことを決めたんだよね」
「あ、うん……そう。……私も、薄々気付いてたから。このままじゃいけないって……自分が変わることを恐れて、それを咲のせいにして、ずっととどまり続けるのは違うんじゃないかって……」
だから、一度ここから離れてみれば。咲とともに過ごしたこの場所を離れてみれば、気持ちにも、なにか変化が生まれるのではないか。東京行きを決めたのは、実のところそういった理由が大きかったのだ。
名緒の言葉を聞いて、慧は納得したように大きくうなずいた。
「そして、君だけ僕の呪いが完全に解けたのも、冬休みが明けてから」
「……あ」
そういえば、と瞬きをする。確かに、名緒が東京行きを決めたのと慧の呪いが解けたのは、タイミング的には重なっている。
「僕は最初、君にかかってる呪いと僕のかけた呪いが共鳴したのかも、なんて言ったけど……それはきっと、大きな間違い。むしろ逆」
「……逆?」
首をかしげると、慧は眩しいものを見るように、目を細めた。
「君が自分を変えようとしていたから……自分自身にかけた呪いを、解こうとしていたから。それにつられて、僕の呪いも一緒に解けちゃったんだ」
その時、名緒は気がついた。
慧の体の向こうに、窓枠が見える。窓の外の景色が見える。
──慧の体が、透けていた。

