彼女としては目に異常をきたすような感染症、いわゆるバイオハザード的な異常事態が発生した訳ではないと、クラスメイト達を安心させる為に言ったのだが、クラスメイト達は『都市伝説だと思っていた霊術士』に興味津々だ。サイレンをBGM代わりに、慌ただしく行き交う救急車を見るともなしに見る彼女に、同級生達は問いかけた。

「その…ビームとか出せないって言ってたけど、一体何をしたの?どうやったの?」
「私はゲームとかで登場するマジックアイテム的な物を作る事だけはできるのさ。盗撮する奴の眼球が壊死するように術を仕込んだ霊具…お守りっぽい物を持ってスイッチオンしておいた。ざっくり言うと、要は見えないバリアみたいなもので校庭を覆っておいて、我々にカメラを向けてくるような輩がいたら、該当する奴のみに反応して、眼球を壊死させるセキュリティシステムだ」
「壊死…」

強烈な言葉に戦慄するような同級生達に、彼女は何の事も無さそうに「そうだ」と答えた。

「女子高は変な人ホイホイで、体育や水泳の授業だと盗撮が絶えないと聞いた事があったからな。変な人を近付けさせないようにする先生達の対処及び対応も大変らしい」

因みに、この情報は当時の彼女が既にプロトタイプとして作成していたサイバー式神『名探偵の手足(ベイカーストリート・チルドレン)』が、ネットの海を泳ぎ回って収集してきたものである。

「しかし先生陣がどう頑張ってくれようと限界がある。何より、こっそりカメラを向けられるなんて、それだけで不愉快だからな。旧約だったか新約だったか忘れたが、聖書の言葉を借りるなら『その目が罪を犯させるなら、その目を潰してしまえ』って奴さ。これで少なくとも今日群がっていた輩は、二度とカメラを使えなくなるだろうよ」

彼女は「まさか初日でここまでになるとは思わんかったが」と校庭を見下ろしながら呟いた。

「やりすぎだと思われるかもしれんが、この手の輩は警察に訴えた所で罪になりにくいし、また同じ事をする率も高い。だから単純かつ決定的な手段として、カメラを扱うに必要な目を使い物にならなくするのが一番なのさ。まあ個人的に出した結論でしかないが」
「でもそれわかるかも。電車やバスで痴漢とかカメラ向けられるとか、しょっちゅうだったもん。制服着てる時とか特に」

1人の生徒を皮切りに「うちも制服切られた子とか汚された子とかいた」「制服着てなくても痴漢される時はされるけどね」と次々に上がる声に、彼女は「うへえ」と顔を顰めた。

「マジか。私は小中は徒歩で高校は自転車だからわからんのだが、変なのが多すぎだろ。ただ通学してるだけだってのに」

尤も、徒歩だろうと自転車だろうと『変なの』に出くわす事はあるのだが、彼女は幸いかな――幸いではなく当たり前であるべきと彼女は思っているのだが――該当する事例に遭遇した事は、これまで生きてきた中で、一度たりとも無い。ある意味では、宝くじに当たるよりも凄い事だと彼女は思っている。
話を聞いていた生徒達の中で、1人が意を決したように「ねえ司さん」と進み出た。

「そういう変態撃退のアイテム、作れない?その…お金はあまり無いけど、払うからさ」
「いいとも」
「いいの!?」

彼女の二つ返事に、言い出した1人だけではなく全員がざわめいた。

「いや何。元から考えてはいたのさ。法で裁く事も行動を封じる事もできないなら、向こうが二度とそういう事ができないようにする、お守り的な物を作って装備なり携帯なりした方がいいってね」

彼女は考える素振りを見せた。

「ここは何かを一から作るより、元からある物に力を込める方が得策だな。何かお気に入りの物とか…『外出する時に絶対に忘れない物』を出してくれれば、それに霊術を仕込む。機能としては『向こうが何かをしようとしたのを感知して、何かをしようとした身体の部位を壊死させる』だ。つまり触られたりする前に、向こうの手だとかを使い物にならなくする。因みに『車内に急病人のお客様が』程度で留める。呪殺まではしない。何でかわかる?」
「…殺人になるから?」
「皆が罪悪感を抱かずに済むようにだよ」

彼女は、ふーうと溜め息をついた。

「私はその手の輩を『知性を持った同じ人間』として認識していない。殺処分で構わないと思ってる。例え殺した所で、虫を潰した程度の感情しか持たないね。でも皆はそこまで割り切れないでしょ。手やら目やらが使い物にならなくなるだけなら、そいつは犯罪者予備軍だって事がわかるだけだし、良心の呵責も生じない。要するに、皆の精神衛生を考えての手加減さ。手加減とか優しすぎると思うがね」
「でも逆に、司さんが罪に問われたりしない?傷害罪とか」
「無いね」

クラスメイトの1人の案じるような言葉に、彼女はきっぱりと断言した。

「日本で呪殺…『呪いで誰かを傷付けました』を裁く事はできないんだよ。それを見越した上でのアイテム作りさ。実際に判例があるから、興味があったら調べてみてちょ。仮に『これは霊術による現象だ』って事で霊術士が捜査に入った所で、『不審者除けの霊術』である事はすぐに解析できる。つまり私はあくまで『自衛』をしていただけで、『自衛』の為にアイテムを作っただけだから、罪に問われる事じゃない。だからそこも安心していい」

顔を見合わせ「そうなんだね」と呟くクラスメイト達を横目に、彼女は「ああそうだ」と手を打った。

「さっきお金がどーたらとか言ってたけど、お金は要らないよ」
「えっ!?」

意外そうなクラスメイト達に、彼女は至極当然のような表情で続ける。

「同じ学生からお金を取るとか鬼みたいな事はしないよ。バイトのお給料とか使える金額とか、どうしても限界があるんだからさ。第一、これって営利目的じゃないし。ボランティアみたいなものだよ。ボランティア」
「でも…」

それでは悪いと思っているらしいクラスメイトに、彼女は考える素振りを見せてから、言った。

「どーしても気が済まないとかだったら、何かお勧めのおいしいお菓子とか買ってくれればいいよ。勿論だけど、そっちの懐が痛まない金額でね。因みに、お守りの効果を確認できた後とかでOK。後払い制ね」

彼女はちらりと時計を見た。

「そろそろ次の授業だから今すぐ仕込むのはできないけど、興味がある人は放課後に残ってちょー。希望者のみのオーダーメイド的な物にするから」

外の騒動をどうにか治めたらしい教師が戻ってきた事で、彼女の話は終いになった。放課後にはクラスメイト全員が残ったのは言うまでもない。

実を言うと、これこそが後に『アイギス・シリーズ』と呼ぶ事になる霊具の、本当の始まりだったのだ。