「「リジェネ、限界突破」」
みんなに青魔法をかけて、街を駆け抜け白虎のいる森へと急ぐ。
さっきの貴族たちは魔道具で転移したのか、もう姿は見えなかった。
「これはすごい魔法だな! こんなに軽やかに速く動けて、まるで風になったようだ!」
シューヤさんが感激しながら、褒め称えてくれる。本当に大袈裟だ。
「僕のは独学ですし、赤魔導士の補助魔法と変わらないですよ?」
「いや、赤魔導士の補助魔法と全然違うぞ? 赤魔導士が二倍なら、クラウスの魔法はまちがいなく五倍くらい効いてる」
「えっ? まさか……あ」
そういえば、治癒魔法も効きがよかったっけ。これも魔法陣効果なんだろうな。それならいっそ魔法陣の研究をするか?
「おっ、白虎が見えてきたな」
「先ほどのアホンとかいう貴族とやり合っているみたいね」
ウルセルさんとセレナの言葉に一キロメートル先に視線を向ける。結界の中で目を赤く光らせた白虎が、暴れまくっているのが見えた。ハンターたちが魔法や弓矢で攻撃しているが、まったく効いてないようだ。
「これは、ヤバいな。結界が破れそうだ」
シューヤさんのいう通り、巨大な結界は白虎の猛攻によってヒビが入っていた。もう猶予なんてない。
そしてあれは多分、僕でないと鎮められない。
「みんな手伝ってほしいです。玄武も頼む」
『うむ、なにをすればよい?』
「セレナとふたりでハンターたちが怪我をしないように結界を張ってくれ」
《承知した》
「任せて!」
玄武は胸ポケットから顔を出してし備え、セレナは力強く頷いた。
「ウルセルさんとシューヤさんは飛び出しそうなハンターの牽制と、僕が白虎に触れるまでの攻撃を相殺してほしいです」
「ああ、任せな。起きろ、シヴァ」
「わかった! クラウスの命令なら必ずやり遂げるよ!」
シューヤさんがめちゃくちゃヤル気で、ふたりとも武器を手にして準備万端だ。いよいよ突入というタイミングで、バリバリバリッとなにかが破れる音が轟いた。
「結界が破壊された!!」
シューヤさんの叫び声を聞きながら、ハンターたちが無事か確認する。白虎が放つ雷魔法になすすべなく、わらわらと逃げ惑っていた。
アホン伯爵はほかのハンターの後ろに隠れて、弓すら握っていない。真っ青な顔でうずくまっていた。
何人か倒れているハンターもいるが、魔力感知できるので死んではいないようだ。
なんとか間に合った。これでシューヤさんが気に病まなくてすむ。だけど、のんびりもしていられない。白虎が放った雷魔法が壊れた結界から漏れでて、まわりの木々を黒く焦がしていた。
「玄武! 頼む!!」
《任せろ!》
胸ポケットから飛び出した玄武はあっという間に、もとの大きさになる。突然現れた聖獣にハンターたちは驚いていた。白虎の放つ雷魔法を玄武の凍てつく息吹でさえぎる。その隙にセレナが見事な結界を張った。
「聖白の結界!!」
僕はそのまま白虎に向かって走り続ける。襲いかかる雷魔法を避けながら、両手に魔法陣を浮かばせて魔力を込めた。
「喰い尽くせ、シヴァ!!」
避けきれない雷魔法を、ウルセルさんの魔剣が吸収の魔法ドレインで喰らい尽くしていく。
「焔華閃光!」
シューヤさんの炎の矢は光の如く、冒険者たちの足元に降りそそぎ動くことを封じていた。
目の前で暴れている白虎の瞳は赤く光り、僕に全開の殺気を向けている。額には白い宝珠がついていた。純白の巨体はゆうに高さ五メートルを超える。剥き出しの牙は鋭く、大きく開いた口は咆哮をあげた。
『ガオオオオッ!!』
ビリビリと震える空気の中を、それでも走り抜け白虎の足元までやっと辿り着く。
「喰い尽くせ! シヴァ!!」
「焔華閃光、乱撃!!」
魔剣シヴァが雷魔法を取り込んで、炎の矢が僕の頭上に落ちてきた太い枝を燃やし尽くしてくれた。後方ではセレナと玄武がハンターたちを守ってくれている。
僕はひとりじゃここまで出来ない。みんなに助けられて、ようやく力を発揮できるんだ。
だから、みんなの協力を無駄にしないためにも全力で魔力を解放する!!
「「意識断絶!!!!」」
両手の魔法陣から、魔力を際限なく送り込む。ここでも魔力操作を教えてくれたモリス師匠の教えが力に変わる。いろんな人に助けられて、今の僕があるんだ。だからこそ、どこまでも強くなれる。
無駄なく均一に美しく、魔力を魔法陣に流し込んだ。正気を失った白虎はピタリと動きを止める。
『グアアオオオオオォォォォ!!!!』
ひときわ大きな咆哮をあげて、地響きとともに巨体を横たえた。
さっきまで赤く光っていた眼は硬く閉じている。
「はー、よかった。一回で気絶させられた」
「クラウス……お前、なんかすごいパワーアップしてないか?」
ウルセルさんが嫌そうに声をかけてきた。でも確かに僕もそう感じた。
「多分ですけど……前の魔皇帝の時の記憶が少し戻ったのと、モリス師匠のおかげです。ウルセルさんも白虎の雷魔法を余裕でしのいでましたよね?」
「ああ、モリス師匠なあ。確かに間違いないな」
正気でなかったとしても聖獣白虎だ。ハンターたちが逃げ惑うしかできなかった攻撃を、魔剣シヴァの力を借りたとしても受け止めていた。
おそらくウルセルさんも、一段と強くなっているはずだ。
「アホン伯爵様」
シューヤさんは結界の一番奥で腰を抜かしていた、情けない男に声をかける。その瞳には決意がにじんでいた。
「なっ、なんだ!?」
アホン伯爵はいまだ立ち上がれないのか、座ったままだ。
「今回の件は多くのハンターを危険にさらしました。きっちりとハンターギルド本部ならびに、国王陛下に報告させていただきます」
「なぜ国王陛下まで報告がいくのだ!? ギルド本部にも報告は不要である! 私がいらんというのだからいらんのだ!!」
ダメだ、このアホン伯爵……フール団長と同じタイプだ。
僕が魔皇帝だと言っても信じてもらえなかったから、目の前にわかりやすい証拠を突きつけるしかない。
僕はそっと白虎に右手を添えた。
「 強制魔力解放」
白虎にそっと魔力を流し込む。艶やかな白と黒の体毛が波打つように揺れた。ゆっくりと開かれた瞳はアクアマリンのような澄んだ水色だ。
《……お前が、主人か》
「うん、クラウス・フィンレイだ。よろしく、白虎」
《ふんっ、今度の主人は随分と頼りねえなあ。まあ、オレを正気に戻したんだから実力は認めてやる》
最初の聖獣が玄武だったから、かなり上から目線の白虎に面食らった。これは、あれか? 聖獣って結構個性豊かな感じなのか?
《白虎よ、我らの主人に対する口のきき方が悪すぎるぞ!》
《ああ!? っとに玄武は頭が固いんだよな。わかったよ……おい、クラウス、お前はオレに乗れ》
「は? 乗れとは?」
《オレは主人しか乗せねえ。だから必然的にクラウスが主人だと周知できる。国王が見たらそれくらいわかるんじゃねえか?》
いや、国王様に見せる機会はないと思うけど、白虎の言いたいことはわかった。玄武はちょっと機嫌悪そうだけど、ほかのみんなを頼もう。
「玄武、白虎には僕しか乗れないみたいだし、ほかのみんなを頼めるか?」
《むぅ……主人殿がそう言うなら、いたしかたあるまい》
「ごめんな。玄武にしか頼めないんだ」
《うむ、主人殿に頼りにされるのは悪くない》
玄武の機嫌も治ったみたいで、ハンターたちも乗せてくれた。みんな驚きながらも、僕が魔皇帝だと理解してくれたみたいで素直に話を聞いてくれている。
途中でアホン伯爵に押されて、落ちそうになったハンターを助けた。受けとめる時に思わず横抱きになってしまって、赤い瞳がキラリと光る女性は顔まで赤く染め上げていた。
「わっ、受けとめられてよかった! 大丈夫ですか?」
「ひゃっ! だ、大丈夫です! ありがとうございます!」
女性ハンターは慌てて玄武によじ登った。
なんともないならよかった。
アホン伯爵はすでになに食わぬ顔で乗っている。僕に突っかかってはこなかったけど、一番いい場所を陣取ってた。
なんていうか……こういうタイプの人たちって、なにも気にならないのかな?
白虎はもとの大きさだと流石に大きすぎるので、二回りほど小さくなってもらいその首元に乗せてもらう。
想像以上のフカフカで毛並みがよく、癖になりそうだ。僕がそのモフモフを堪能していると、白虎がドヤ顔で声をかけてきた。
《オレの毛並みは最高だろう? 触れるのはクラウスだけだからな》
ツンデレという言葉が頭に浮かんだ。口も悪いし態度も偉そうだけど、どうやら僕は特別扱いしてくれるらしい。
ちょっとだけ素直じゃないところがカリンに似ていて、思わず笑顔になる。
「うん、最高だ。じゃぁ、街に帰ろうか」
そうして僕たちは街へと戻ったのだが、そこで会ったのは予想もしなかった人物だった。