「わたし、卒業する」
「知ってる。つうか、今、真っ最中だろ」
左隣の坊主が、光る。それは、まるで、
「おれら、今日で高校を卒業──」
「魔法少女、卒業するの」
「──す、…………は?」
星の飛び散る、魔法のステッキのよう。
なんて、ね。
ひゅるりと冷たい空気が満ちる。ここの天井が異常に高いせいだ。きっとそうだ。
オーケストラのコンサートも軽々とこなせそうな広々とした講堂に、左胸に桜の造花を携えた生徒がずらりと並ぶ。
その数は、一階席だけでは足らず、三階席にまで及ぶ。
地元じゃ有名なマンモス校。
その門出を毎年見届けている校長が、いつにも増して長くスピーチをするのは、ごく自然のことなのかもしれない。
嗚咽や鼻のすする音が聞こえてくる。どこもかしこも。そういうムードにあてられている。
ただ唯一、三階席の最後列を除いて。
右隣は首をかくかくさせながらうたた寝しているし、左隣は呆れた目を向けている。至って真面目な、このわたしに。
「……ま、まほ……?」
「魔法少女」
「……アニメの話?」
「わたしの話」
「……え、は?」
坊主頭が、かくり、と傾げられた。その目は眠気どころか冴え渡っている。
「……ごめん意味わからん。どゆこと」
「だから、魔法少女、卒業するんだよ」
「いやだから、その魔法少女って何。は?」
冗談かと聞かれ、黙って見返せば、ちがうのかと自己完結した。
絵に描いたような混乱。
ため息を吐かれた。長く、長く。だが残念、校長の話には負ける。ボロ負けである。
「マホウショウジョ……」
「うん」
「え、どこが? ふつうじゃねえか。ふつうの女子高生だよ。今日までだけど!」
これだけ荒ぶっていても、右隣はまったく起きないし、式は問題なく続く。最後列の影は薄くできている。
はるか遠くのステージの上、豆粒のような校長をぼんやりと眺める。スモールライトを当てたらあんな感じなんだろうか。
「言えるもんなら言ってみろよ、どこが魔法少女なのか」
どうせ無理だろうと言わんばかりの態度のわりに、飄々としたわたしを横目でチラチラ覗いてくる。
そのまるっこい坊主の頭は今、パンクしそうなんだろう。わたしの頭の中も、フィルムのテープを引き出していくようにいっぱいになっていく。
「んー……あ、たとえば」
「た、たとえば?」
「まずは王道、悪者を撃破」
「わるもの? ……って、それ、去年の話だろ。学校に乗り込んできた変態ストーカーを、得意の合気道で瞬殺したやつ」
あのとき技名までばっちり告げながら披露した技を、左隣の彼が思い出しながら軽く真似る。
遊び半分な掌とは裏腹に、表情は思い切り険しい。わたしは小さくほころんだ。
ふいに、こつんと右肩に重みが乗った。
「あ、そうそう、宇宙人とも仲良くなったし」
「春に転校してきた『ウチ ユウジン』──そいつのことな」
そいつ。そう言って睨んだ先は、わたしの右肩。卒業式だろうがおかまいなしにトリップする、彼。
「宇宙人ってあだ名、本人が気に入りすぎて定着しちゃったんだよな。最初は一匹狼気取ってたくせに、いつの間にかムードメーカーになりやがって」
「おもしろいよね」
「……おもしろくねえよ」
たいそういい夢を見ているのだろう、右隣の茶髪がよだれをたらしながら、わたしの右肩に全体重を寄せている。ふが、と形の良い鼻がうずいた。寝言は……解読不可能だ。
「わたしが歌うと、みんな眠っちゃうのもそう」
「歌うますぎんだよ。ポップスじゃなくてオペラ調なのがずりい」
左から太い腕がぬっと伸びてきた。茶髪の真ん中をぐっと押すと、今度は反対側のほうへ倒れていく。
汚れたわけではないだろうに、わざとらしく手を払った。かすかに鳴った軽快な音は、傘の上を踊る通り雨とよく似ている気がした。