『この星で、最後の愛を語る。』~The Phantom World War~




 ガズルが部屋に戻ったのはそれから大分経ってからの事だった、アデルがシャワーを浴びて浴そうから出てきたときだった。

「よう、何処に行ってたんだ」
「……」

 ガズルは何も言わずにテーブルに腰掛けた、椅子ではなくテーブルにだ。

「なんだよ、ぶっきらぼうだな」
「お前に言われたくないぜ」

 アデルはいつもの服に着替えて椅子に腰掛ける、そして目の前のパンに手を伸ばした。堅めできつね色をした美味しそうなパンだ。それをアデルは律儀にちぎって食べる。隣の牛乳にも手を出した。

「んで、どうだったよ?」
「何の話だ?」
「とぼけるなって、さっきまでアリスと一緒に屋上にいただろうが」
「何で知ってるんだ!」

 とっさの事でガズルはテーブルから飛び降りて驚いた表情をした。アデルは悪気がなかったように淡々と喋る。

「俺の気配に気付かないなんてまだまだだな、悪いと思ったが盗み聞ぎさせて頂いた」
「盗み聞きって、どの辺りからだよ」

 アデルは天井を向いてしばし考え、そして話を聞いていたときの事を思い出した。

「確か、俺達の過去話からかな?」
「過去話って、ほとんどじゃねぇか!」

 ガズルは顔を真っ赤にして怒った、アデルはなだめるように苦笑いをしながら

「怒りたいのはこっちだぜ、てめぇもなんだかんだ言ってアリスに惚れてんじゃねぇかよ! 大体なんだ、俺に謝りながら告白するってのはきたねぇぞ!」

 ガミガミと怒鳴りだしたアデルを止める事は出来ず、ガズルは壁の方へと追い込まれていく、正論を叩き付けられると流石のガズルも言い返せないらしい。

「大体テメェはなぁ!」
「うるさいわよ、この黒帽子!」

 突如後ろから脳天を殴られアデルはその場に蹲った、ガズルは目を点にしてアデルを殴った人間を見る。暫くしてアデルが殴った張本人に襲いかかろうとした。

「痛てぇ! なにしやが」

 アデルの手はすぐに止まってガズルと同じく目を点にした。

「へぇ、私を殴れるのアデル君?」

 二人の前に仁王立ちしているアリス、アデルはすかさず壁の方へと避難しガズルの横に付く。

「い、いつから居たんだ」
「確か、大体テメェはの所から」

 いつから自分の背後にいたのかを確認する、ガズルは慌てながら冷静に答える。

「はぁ、全くもぅ。何であんた達二人はこうも馬鹿なの?」

 ため息をつきながら静かにそう言った、その言葉に二人は反論出来なかった。正論、そう言ってしまえば全てが終わってしまうが二人はどうしても言葉が出なかった。
 思えばおかしな話でもある、今し方告白された彼女がこうして目の前で自分たちを説教している、何故そんな事が出来るのだろうか。とても気まずいに決まっている、それどころか会うのさえ恥ずかしいだろう。だが彼女はこうして二人の前に現れた。

「……ばか」

 そう言い残して自分の部屋に戻っていった。

「焦った」
「同じく」

 二人は同時にため息をついてその場にしゃがみ込んだ。そしてお互いを見て笑った、暫く二人は笑いながらお互いを馬鹿にし合い喧嘩寸前の所で止めた。

「あれ、幻聖石の光が消えてる」
「へ? 本当だ」

 ガズルが言ってアデルがうなずいた、そして二人はもしかしてと思い部屋を飛び出した、アデルはそのままホテルの外へ、ガズルはアリスを呼びに隣の部屋に駆け込んだ。


「着いたよ、メル」

 レイが幻聖石をしまうと二人はその場に落ちた、落ちると言うほど大げさな高さではなかった、街の入り口より少し入った所でレイはメルを抱いたまま着地した。

「……」

 メルからは返事がなかった、あまりの寒さと睡魔、何より先ほど霊剣を振り回したあたりから体調不良を訴えていた。ただの疲労だろうと本人は言っていたが、疲れ果てて寝てしまったのだろう。そしてそれはレイにも言えた事だった。

「ははは、もう僕って言わなくても良いんだな。俺も眠いや」

 レイはそう言うとメルを抱えたまま倒れた、エーテルの使い過ぎによる限界だった。

「ここまで来て行き倒れかな、ちきしょう……ついてないな」

 倒れて尚意識はしっかりとしていた、だがそれもすぐに睡魔に襲われる。
 雪が二人の身体に重くのし掛かるように積もっていく、身体は冷え切っていて冷たかった、とても人間の体温ではないぐらいに冷たかった。半袖で無茶をしすぎたからだ。

「ごめん……な……ア……デル…………」

 そして深い眠りについた。



 とても暖かいものがレイの上で寝ていた、レイは倒れてから二日も寝たきりで起きる様子すら伺えないほどの重傷だった。
 身体のほとんどは凍傷と低体温症から来る体内組織の破壊、それは間違いなく死を意味していた、だが奇跡的にもレイは生きていた、その証拠にまだ息はある。脈もあった。

「眠り続けてから丸二日か……」

 隣の部屋でアデルとガズル、アリスがそれぞれカップを手に持ってレイの事で心配していた、アデルは帽子をかぶったまま。ガズルは少し厚手の服を着て帽子は取っている。アリスはそのままの格好でそれぞれ椅子に座っていた。

「メルって子は無事だったけど、問題はレイだったなんて誰が想像したよ。でもメルもそろそろ体力の限界じゃないか? あれから丸二日寝ずの看病をしてるんだぜ、俺ならとっくにぶっ倒れてるよ。今は寝てるみたいだけどな。それにしてもレイは無茶をしてくれたぜ全く」

 アデルが小言を連発する、気持ちは分かるが今それを言わなくても良いのではないかとガズルは口をとがらす。アリスは二人の意見とは別にメルの事を心配していた。

「レイ君は大丈夫でしょう、なんて言ったってあんた達の仲間なんだから。問題はあのメルって女の子よ、以前は中央大陸で見掛けた事はあったけど、あの子身体が弱かったはずよ?」

 両手をあごのしたに組み目を細めながらメルを心配するアリスの顔があった、メルを起こさないように小さな声で呟きながら続ける。

「……あんた達ねぇ、その不思議そうな顔で私を見るの止めない? 私だって女の子だよ、それも年頃の。同じ年代の女の子が男の子を看病してるのよ? 何であなた達はレイ君の看病をしてやらないの? 何で全部あの子に押しつけたりしたのよ!」

「別に押しつけた訳じゃない、メルがそうしたいって言うから」

 アデルが苦い顔をしながら言った、アリスが呆れた様子でため息をつく。そして席を立つ。

「私、メルの様子を見てくるね」

 そう言って部屋を出た。

「……馬鹿奴等」

 ほぼあきらめ顔で隣の元自分の部屋のドアを開けた、ゆっくり音を立てないように慎重に開ける。

(……メルさんはともかく、このままじゃレイ君が危ないわね)

 近くにあった椅子に座り暫く考え込んだ、そして自分のバックの中をあさる。

「何か、薬は」
「……ん」

 ベッドの方から突如声が聞こえた、後ろを振り返り声の主を確認しようとアリスが立ち上がる。メルだった。ゆっくりと身体を起こしてアリスの方に目をやる。

「アリスさん、何をしてるんですか?」
「え、薬とか無いか探してたんだけど……」
「そうだったんですか、ちょっとビックリしました」

 慌てて笑顔を作るメル、だが何処か寂しそうな一面も見られた。

「ほら、あんたの分もあるから飲みなよ。二日間も寝ずの看病してたんだ、身体だってもうボロボロでしょう?」
「あ、有り難うございます」

 鞄の中から薬を一つ取り出しそれをメルに差し出した、不器用に受け取るとそれを水も無しに一気に飲み干した。カプセル状の薬はするりと喉を通った。

「それにしてもタフだね、以前中央大陸で会ったときは全然弱っていたのにね」
「そうですか? これでも結構辛いんですよ」

 笑いながら答えた、今度は本当の笑顔で笑った、以前に比べると少しは元気になっているかのようには見えるがそれも彼女が作り出す幻影だった。

「それにしてもレイ君は幸せだね」
「幸せ?」
「幸せだよ、こんなに可愛い女の子に看病して貰ってるんだからさ」
「ちょっと、止めて下さいよ。からかわないで下さい」
「からかってるつもりはさらさら無いよ、本当の事を言っただけだもん」

 アハハと少し意地悪気味に笑った、ムスッと顔を歪ませて笑うアリスの顔を睨んだ。でもすぐにメルも笑い出した。

「もう、冗談が過ぎますよ……」
「冗談じゃないってば、何時になったら起きるんだろうね彼」

 話を切り替えて方向を未だ眠り続けるレイの方を見た、苦しそうに眠るレイの顔は酷く歪んでいた。歯をがちがちと振るわせながら青ざめた表情で天井を向いたまま眠り続けている。

「このままじゃ、明日が峠だね」
「そんな!」
「辛いかも知れないけど、これが現実だよ。それに……」

 アリスはそこで喋るのを止めた、彼女はなぜそれほどまでにメルが泣いているのか、身体が震えているのかを理解出来なかった。
 理解したのは暫くしてからだった、最初は俯いたまま泣いていた彼女は次第に大声でレイの名前を呼びながら彼に抱きつくようにして泣いた。

「メル……あんた」
「えっぐ……え…………えっぐ」

 泣き続けるメルからは何も言葉が返ってこなかった、ずっとレイの事を抱きながら突然声がと切れた。

「……メル?」

 呼んでも返事は帰ってこなかった、黙ったままレイの身体を抱いている。

「ちょっとメル!?」
「……」
「冗談はやめ」

 メルの元に急いで駆けだし肩を揺らした、するとメルの身体は力が入っていないみたいにだらんとしていた、レイの頭の上に置かれた腕は顔のすぐそばに落ちた。

「メル……メル! メル!?」

 力の入っていない身体はとても重かった、とても女の子の力だけでは持ち上げる事は出来なかった。

「メルーーーー!」



「先生、二人は」
「こっちの青年は彼女の看病のおかげかまだ希望はあるが、この子の方はそう長く持たないだろう」
「長くは持たないって、何で!」

 突然の事で頭が混乱していたアデルが隣町から連れてきた医者の襟元をわしづかみにした。

「私だって分からん! だが、この大陸に居る医者の大半は私と同じかそれ以下ぐらいの知識しか持っては居ないだろう。身体の事をもっと詳しく知っている人間ならともかく……」

 片手でアデルの手を振り払い鋭い形相でアデルの事を睨んだ、睨まれたアデルは自分から仕掛けた事だと自分の中で言い聞かせて何もしなかった。しばらくの沈黙が流れた後突然何かを思い出したかのように鞄に手を回した。

「ちょっと待ちたまえ、忘れていたよ、彼の事を。彼ならこの二人を直す方法を知っているかも知れない。ただ彼は少し特殊で、すぐにその状況を把握して力を貸してくれるかどうか」
「特殊だと?」

 今度はガズルが食いかかる、帽子を右手に握りしめて医者の方へとつかつかと歩いていった。

「彼だ、最も東大陸で医学に詳しく身体の仕組みを知っているこの少年だ!」
「少年?」

 博士とか教授とかそう言った名前を期待していたアリスが思わず素っ頓狂な声を上げた。

「そうだ、東大陸中部にあるケルヴィン領主の城下町に住んでいる少年だ、帝国から追われる身ではあるがそれをケルヴィン様が庇っているという噂だ。何でも彼に助けられた経験が有るそうでな、帝国から守っているらしい」
「大した奴じゃないか。名前は!?」

 アデルが医者を急がす、また襟元を掴んで今度は上下に揺さぶった。

「離したまえ!」

 またもや医者はアデルの腕をいとも簡単に片手で振り払い今度はネクタイを直した、そして少しむせた後にようやく口を動かした。

「全く、彼の名はギズー、“ギズー・ガンガゾン”」

 アデルとガズルはその名前を聞いた瞬間目を大きく見開いてお互いを見た、その様子に訳が分からないアリスがキョトンとした様子で二人を見る。

「聞いたかアデル」
「あぁ、夢じゃないよな?」

 二人は数秒後にお互いの顔を本気で殴った、アデルは身体をひねりながら壁まで吹き飛ばされガズルは少し後ろに飛ばされた。

「ちょっと二人とも何してんのよ!」

 アリスが怒鳴りながら言った、二人はいたそうにお互い片方のほっぺたを押さえながら起きあがると同時に

「夢じゃない!」「夢じゃねぇ!」

 とそろっていった。

「しかし、彼がそんな簡単に知らない人間の治療なんてするとは思えんがな」

 ばつが悪そうに医者が三人に言った、だがアデルとガズルはニヤリと笑って互いに笑った。

「その辺は心配ないさ、ギズーなら絶対にやってくれる!」
「あぁその通りだ、奴はレイを直すだろうよ。こんなに簡単に見つける事が出来るなんてな、半分レイに感謝だ! 本人には悪いけど」

 ははは、と笑いながらそう言った。だが医者は困った顔をしてさらに続ける。

「だが問題なのは彼じゃない、ケルヴィン領主様だ。あの人は人間を信じられない人でな、始めは彼の家の前に何人か人間を付けたらしいのだがそれもすぐに取りやめになった、最近じゃ城に招き入れているという噂だ。だから彼に会うのは至難の業だ」
「厄介ですねそれは」

 アリスが事の状況をゆっくりと判断しながら冷静に考えた、どうすればいいのかを考え、どうしてアデルとガズルはそんなに楽観的に物事を考えられるのかを考えた。

「確かに厄介だな、流石にあのケルヴィンを敵に回すのは厄介だ」
「厄介でもどうにかしてやらないとな、話し合いで応じてくれないのならこの際、強行突破でもするしかないさ」

 簡単に物事を考えすぎていたアデルが突然詰まりだした、ガズルもそう簡単にはいかないという事を学んで落ち込む。それを見ていたアリスと医者は同時にため息をついて呆れた。
 だが、実際問題としてギズーをどうにかしてでも手に入れなければ二人は死んでしまうかもしれない、それどころかメルに残されている時間は後僅か。早く手を打たなければレイよりも先にメルの命に関わる。

「そうだ、ガズル! ついでだしアレを始動させられないか!?」
「アレって、もしかしてレイが考えついたアレの事か? 俺は構わんがリーダーのレイが決める事であって俺達にはどうする事も出来ないんじゃないか?」
「だから、レイを助ける為に俺達の独断でアレをやっちまおうって言うんじゃないか! レイもメルが絡んでたら絶対に反対は出来ないだろうからな!」

 二人は互いに主語を伏せたままどんどん先の方向へ話を進めていた、全く理解出来ないアリスがアデルの後ろから大声で喋った。

「二人で何を納得してるのよ! 私には全然分からないよ!」

 突然の事だったのでアデルは肩をビクつかせて驚いた、医者は何時しか近くにあった椅子に腰掛けている、そして首をかしげた。

「俺達がここに来るまでにレイが作り出した組織の事だよ、話さなかったっけ? 俺達は反帝国組織を作り出した、まだ名前は決まってないけどな」
「その組織をスタートさせて初めて仕事をしようという事だよ。あくまでも表向きは帝国への反発組織だけど内面的な者は全く別の物なんだ。今はまだ形だけだけど今後組織として動くようになれば後々ケルヴィン領主にだってわかってもらえると思う、多分だけど」

 ガズルとアデルが楽しそうに語り出した、そして名前を決めてないという事を聞いて医者が面白い事を言い出した。

「なら、この大陸の英雄の頭文字を使ったらどうだろうか?」
「英雄?」
「そう、この大陸には他の大陸とは違ってちょっとした英雄伝があってな、昔この大陸にはそれは恐ろしい魔物が住み着いていた。その魔物を倒した英雄の名前だよ」
「面白いじゃないか、んで? その英雄の名前ってのは?」

 アデルが興味深そうに笑顔で医者の顔を見つめた、医者も自分の大陸の自慢話だと楽しそうに喋る。

「“フォルトレス=O=シャルディフェルト”だ、その頭文字をもじって“FOS軍”ってのはどうだろうか?」
「FOS軍か、格好いいじゃん! FOSってのは“力”って意味だろ?」

 医者が苦笑いしながらアデルの間違いを指摘する。

「力は“Force”だよ、勉強不足だな君は」
「何でもイイじゃねぇか! 名前の事はレイに任せようと思っていたけど奴には悪いがこれで決まりだな」

 楽しそうにアデルが両手でガッツポーズを取った、隣ではガズルが呆れている、同じくアリスと医者もその単純さに呆れていた。

「ところで、君達の組織はクライアントは取るのかい?」

 医者が椅子から立ち上がってアデルの前に歩いていった、そして笑顔でそう言った。

「もちろんだ、基本的にはどんな事でもやる。帝国がらみなら尚更だ」

 アデルはまだ笑ったまま緊張もかけらもないその表情で目の前の医者に右手の親指を突き出した、すると医者は真面目な顔をして口を動かす。

「なら私が最初のクライアントになろう、ケルヴィン領主様からギズー君を奪還してきて欲しい。勿論ただとは言わん、それ相当の金を用意しよう」

 三人は呆気に取られた、結局この医者はこの展開を利用してギズーを解放させようと考えていたのだろう。次第にアリスが笑い出してガズルも笑った。最後にアデルが笑って自分の中でうずいていた言葉を言う。

「この依頼、高く付くぜ?」

 アリスが頭を抱えてため息をついた、そして目の前にいるバカ二人に

「高くついて払ってもらえなかったらそのギズーって子奪えないじゃない! その子が居ないと二人が助からないかも知れないっていうのに何を言ってるのバカ! クライアントが居なくても私達は動くの!」

 その言葉に二人は声をそろえて「あっ」といった。それに呆れてアリスはもう一つ大きなため息をついた。
 東大陸の中央部、ひときわ大きな城が建つケルヴィン領主城はそこにあった。
 大きな城門に城下町、にぎわう商店街。厳重警備による門番は破られる事はなかった、この城は代々ケルヴィン家に生まれる長男だけがその後を継ぐ事が出来る王族である。
 ここは、幾度と無く戦争と戦乱が起きている。その大半の勢力は帝国との衝突、帝国はケルヴィン領主が占めている領土を狙って度々攻めてくるらしい。その所為で以前は兵力が不足していた時期があった、だがここ半年は兵隊が一人も死んでいないと言う奇妙な噂が流れている。その噂は本当だった。
 帝国の下っ端兵士をいくら送り込んだ所で場内にいる一人の少年に全滅させられてしまうからだ。その少年の名前は“ギズー・ガンガゾン”、東大陸で殺人狂と言われ最高位の医者とも言われている。
 彼は偶然に中央大陸からこの東大陸へと渡った、一つ目の偶然は中央大陸の南部にいた事、二つ目の偶然はそこを通りかかったケルヴィン領主の一行をある種の病気から救った事。そして三つ目はケルヴィン領主が帝国を嫌い、そしてこのギズーという少年の事を気に入ったからである。

「……」

 だからこそこの少年はここにいる、ケルヴィン領主の城内の一室。広々とした部屋が彼の部屋だ。

「全く」

 彼は一日中部屋から出ずに外の景色を眺めていた、彼自身さっさとこの退屈でしょうがない場所から逃げ出したいと考えていた。

「フィリップの奴め、俺を一体いつまで拘束しているつもりだ」

 少年は現在のケルヴィン領主の名前を呼び捨てでぼやき、近くにあった領主の壁紙に向かって吐き捨てた。

「俺を無理矢理こんな所に押し込めやがって、俺は一刻も早くあいつの事を探さないといけねぇのによ。あぁ! ちくしょう!」

 ベッドの上にばふっと飛び乗り体が沈んでいく感覚を味わった。

「ギズー、そんなに騒がないでくれ。落ち着かないではないか」



 急に壁が二つに開いた、そこから大きなモニターとスピーカーが出てきた。モニターにはフィリップが映し出されている。

「いい加減に俺を自由にしてはくれねぇか? 退屈でしょうがないぜ、これなら帝国の雑魚兵達と遊んでる方が幾分マシだ!」
「そうはいかない、帝国も少しは分かってきたみたいだ。“帝国特殊任務部隊中隊長レイヴン・イフリート”をこちらへと向かわせたらしい、つい先日南部の街で戦闘があったと報告を受けている」
「レイヴン? そんな奴俺がぶっ殺してやるさ、あいつと会う為には何でもしてきた。本当なら今すぐにでもこのくそつまらねぇ城から抜け出してまた旅をしたいぐらいだ!」
「しかしだな」

 少年がポケットから煙草を取り出して火を付けた、一息ついてから煙を口から吐き出してその煙が消えるまで眺めていた。

「俺はダチを探してんだよ」
「ならばその親友も我が城に招待すればいい話ではないか」
「それじゃぁ意味がねぇ、俺が探して見つけないと意味がねぇんだ!」

 煙草を口にくわえながらベッドから起きあがり吸い殻が沢山積まれている灰皿で煙草の火を消して暗い表情でまたモニターを見つめた。

「っけ、面白くもねぇ!」

 そう言うとギズーは剣と銃を持って部屋を出た。フィリップにはギズーが部屋を出たときの扉が勢いよく閉まる音だけ聞こえた。

「面倒くせぇ……何で俺がこんな目に遭わなきゃ行けないんだよ」

 部屋から出たギズーは外に出る為に廊下を歩いていた、そしてイライラしながら敬礼してくる兵士達の顔を見ずに重たい足を上げながら歩いている。

「煙草も残り少しか、そろそろ禁煙でもするかな」

 少し笑いながらそう言いつつまた煙草を一つ取り出して火を付けた。
 中庭に付いたギズーは適当な大きさの石に座って黙って煙草を吸っていた、何処か苛つきながら空を見上げる、青い空に所々高い雲が浮かんでいる空を見上げている。

「レイ、お前は何処の空を見てるんだ?」

 遠い場所を見ているかのようにずっと空だけを眺めている、静かでほんのり乾いた空気が煙草の味を一層コクのある物にしていく。それが今のギズーにはとても気持ちよかった。そして美味しかった。

「暇だなぁ、何かこう……面白い事とか起きねぇかな?」

 冗談交じりにそう言った瞬間城内で大きな爆発音が聞こえた。

「あ?」

 重い腰を上げて爆発した方を見る、そこには二人の少年らしい人間が立っている。二人はきょろきょろと辺りを見回しながらズカズカと城内へと侵入し始めた。

「へぇ、あの門番を倒したのか、やれるな彼奴等」

 他人事のようにクスクスと笑いながら煙草を吹かす、そして再び俺には関係ないと石に座りながら空を見上げた。




「なぁ、こんなに派手にやっちまっていいのか?」

 ガズルが遠慮がちにやる気満々のアデルの方を見る、アデルは両袖をまくってボタンで留めた。

「何言ってんだよガズル、派手に行こうぜ?」
「俺、お前のそう言う所が嫌いだ」
「そんな事よりさっさと片付けようぜ。ほら来たぞ?」

 アデルは帽子をかぶり直して両腰に付けている剣をそれぞれ手に装備する、やれやれと言いつつもガズルは何時も通りの構えを取る。

「貴様ら! 何者だ!?」

 一人の兵士がそう言った、アデルは笑いながら突進する。

「中央大陸反帝国組織FOS軍だ!」

 低い体制でケルヴィン兵に突撃した、兵隊達は肩にかけていたショットパーソルを脇に構えて乱射してきた。弾丸がアデルの方へと高速で飛ぶ、だがアデルはニヤリと笑って剣を水平に構えた。

「遅い!」

 走る足を地面に吸い付けるかのように止まり水平に構えた剣を勢いよく横一杯に振る、金属同士はじける音が聞こえた瞬間アデルの前に凄まじい量の炎が放射された。その炎は飛んでくる弾丸を一瞬にして溶かした。

「法術剣士だと!?」

 アデルは目の前の炎より少し高く飛び一番近い兵隊へと突っ込んだ、兵隊は手慣れた手つきで銃を投げ捨て腰に差していた剣を手に取る。

「ここから先は一歩たりとも通さない!」
「いや、通らせてもらう!」

 ガズルが左手に重力波を作り出しそれを空に放った、空中に放たれた重力波は放物線を描き途中で止まった、そして一気に爆発する。その衝撃でアデルとガズル以外の人間はその場に倒れこんだ。

「ちくしょう、何だよこれ!」
「う、動けない……」

 ケルヴィン兵達は身動き取れずに自分たちの目の前をゆっくりと歩いてく二人を見上げながら叫んだ、アデルとガズルは楽しそうに口笛を吹きながら第二の城門を開け、中に入った。

「さて、これからどうする?」
「取り敢えずケルヴィン領主をひっつかまえて事情が事情だから説明しないとな、それで断られたら無理矢理にでも連れて行く。その前にギズーに会えればレイの事を話して即連れて行くってのも手だけど」

 アデルが両手に持っていた剣を両腰の鞘に収めながら喋った、ガズルはグローブを付け直してうなずく、そして目の前に数百はいるかというケルヴィン兵達が立ちふさがる。

「貴様達、ここをケルヴィン領主様の城と知っての働きか!」
「あぁ、そうだ。こっちも事情が事情でね、ホントはこんな荒っぽい事したくなかったんだが門番が融通の利かない奴でよ、仕方なくこうなっちまってさ。あんた達も俺達の邪魔するか?」
「ガキが、調子にノリやがって!」

 中央の男が大声で他の兵隊達に命令を下す、大声で一斉に飛びかかってくる兵隊達をガズルが重力波で押さえ込む。しかし一部の兵隊がその重力波をくぐり抜けてアデルの方へと突っ込んできた。

「死ねぇ! ガキ!」
「邪魔だぁ!」

 瞬間的にアデルは両腰に備え付けた剣を両手に掴むとまるで踊るように舞った、右、左、斜め下、剣を振るった。ずたずたに切り裂かれていく兵隊を尻目にアデルは次の目標を決めそこに法術で火炎弾を作り投げつける。

「喰らえ!」

 火炎弾は灼熱の火の玉となって兵隊達の中心部の方に放り込まれた、地面に着床すると同時に辺り一面を爆発で兵士を巻き込む。その爆発で十数名の兵隊を巻き込み戦闘不能にさせた。

「やりすぎだよ、全く」

 ガズルはやれやれと首を振って天井に着き出していた拳を床にたたきつける仕草をした、すると重力波がアデルの放った炎を吸い込みながら真っ赤に色を染めて重力波が地面にぶつかると同時に大爆発を起こした。

火炎重力衝撃(フレア・ビィ・インパクト)

 城内では二度の爆発音でぞろぞろと次から次へと兵隊が集まってくる、だが兵隊達は目の前の光景に恐怖を覚えなかなか動こうとはしない。

「つ、強すぎる」
「こんな奴等を相手出来るのはもうギズー様しか」

 所々そんな言葉が飛び交う、アデルとガズルはつかつかと目の前の階段を上る。しかし途中でその足が止まった。

「やれやれ、たかが二人のガキに何手間取ってるんだよ」

 二人は声がした方向に身体を向ける、そこには自分たちと同じぐらいの少年が立っていた、青いバンダナに黒い髪の毛、青いジャケットを羽織って居る。右手にはシフトパーソル、左腰の鞘にはロングソードがぶら下げている。

「そろそろ、俺の出番だろ」

 ギズーだった、庭から爆発音を聞きつけ久々に退屈には成らない戦いになると思い城の内部に入ってきたのだ。

「ギズーか」
「あん? 俺の名前知ってんのか?」

 ギズーは首をかしげながらシフトパーソルを前に突き出す、アデルとガズルも臨戦態勢に入った。

「待て! 俺達はお前とやり合うつもりはない!」
「うるせぇよ」

 ギズーは直ぐさまトリガーを引いた、乾いた銃声音が三発鳴り響いく。アデルとガズルはその場から素早く飛び弾丸を回避する。

「ガズル、ギズーは俺が何とか説得するからお前はケルヴィン領主だ!」
「任せな!」

 高く跳躍していたガズルはゆっくりと放物線を描きながら二階の手すりに足を掛け、そこからまた大きく飛んだ。一気に最上階の方へと繋がる階段へと足をかける。

「させるか!」

 ギズーはガズルの方向へとシフトパーソルを向けたが、銃口が火を噴く前に自分の手から弾かれた。

「っ痛!」
「話に聞いていたとおりの性格だな、その上シフトパーソルと剣の腕も確かだ。確かに面白れぇ」
「何をさっきからぶつぶつと言ってやがる!」

 ギズーは右手を庇いながらアデルから離れた、そして睨む。

「何が目的だ!」
「俺達の目的はお前の奪還、だけど俺は少しお前に興味がある」
「あぁ?」

 ギズーが睨む中、アデルは帽子を深くかぶりなおすと口元だけがニヤリと笑う。

「俺と遊ばない?」




「畜生!」

 ガズルが大声で、しかも泣きそうな顔で廊下を走っていた。後ろから大きな銃を持った大男が走り寄ってきている。

「アデルの奴、ぜってぇ楽な方を選びやがったな!」

 重い銃声音が後方で鳴った、ガズルはその音に反応して身体をのけ反る。ガズルの身体の数ミリ横を大きな弾丸が通り抜けていくが見えた。

「し、死ぬ!」

 二発目が鳴った。ガズルは今度こそ避けられないと急に身体を反って右手に重力波を作った。

「落ちろ!」

 重力波は大きな弾丸を包み込んだ、だが衝撃を和らげる事ぐらいが関の山だった。弾丸は重力波ごとガズルを吹き飛ばした。

「だぁぁぁぁ!」

 ガズルが壁に思いっ切り激突する。完全に泣きっ面の顔をあげて両手に重力波を作り出して起きあがった。

「アデルの……」

 またもや大きな銃声音が鳴った刹那ガズルが両手を自分の前方に突き出して腰を深く落とした。

「馬鹿野郎!」

 叫びと同時に弾丸はガズルが構える重力波に包み込まれた、今度は両手の重力波で受け止めた為ピタリと弾丸は止まった、その重力波を地面にぶつけ床を粉砕した所で空に浮いている弾丸を左拳で思いっ切り殴った。

重力反射壁(グレア・ビィ・インパクト)!」

 殴られた弾丸は発射される時より数段のスピードで弾かれた、その弾丸は拳銃の発射口にはまって大きな爆発を起こした。大男はその爆発で息絶えた。

「畜生、本気で怖かったんだからな!」




「勿論、条件付きだ。俺が勝ったら用件を話す。そしてお前を連れ戻す」
「もしも、俺が勝ったら?」
「無理やり連れて帰る!」
「条件になってねぇだろ!」

 ギズーは左手で剣を抜き逆手のままアデルへと突っ込んできた、アデルは両手の剣を鞘にしまって一つ幻聖石を取り出す。

「余裕かましてんじゃねぇ!」
「悪いが、俺も切羽詰まってるもんでね。本気でいかせてもらう!」

 幻聖石が光を放った瞬間振り下ろされたギズーの剣を何か鋼のようなモノで受け止め、ガキンと刃がぶつかる音がした。

「何!?」
「カルナック流抜刀術!」

 一度刀を左手に持つ鞘に納める、納刀された刀を再度右手で勢い良く引き抜き斬撃を飛ばす。一直線に飛ばされた斬撃はギズーの左手に握られているロングソードを弾いた。

「お前、カルナックの者か!」
「聞いてるぜ、弟子にしてもらえなかったらしいじゃねぇか。あの人はそう易々と自分の技を教える人じゃないんでね、俺とあいつだけは事情の事柄から教わったんだ! テメェみたいにただ強くなりたいだけじゃ教えてはくれねぇんだよ!」
「な、何でそのことを!」
「頭の良いお前ならわかんだろ!」

 アデルが刀を右手に構えて再びギズーの方へと攻撃を仕掛ける、横一閃。だがギズーもその年にしてはずば抜けた戦闘能力でアデルの斬撃をかわす。弾かれたロングソードを拾い今度は飛んでくる斬撃を自身の剣で弾き捌く。

「ふざけるな、そのことを知ってるのはカルナックとアリス姉さんとレイだけだ! それ以外のあそこに居た人間は居ない!」
「確かにその時に俺はそこには居なかったさ、二年も前におやっさんの家を出たんだからな! テメェの事を探してる馬鹿な奴が教えてくれたんだよ!」
「テメェ! レイの事を悪く言うな!」
「だったら、俺達と一緒にきやがれ!」
「だから何でそうなるんだって言ってんだよ!」

 二人の会話中、幾度となく剣と剣がぶつかる音が城内を幾度と無く響き渡った。そのたびに火花が散ってまぶしい閃光が放たれる。アデルは涼しい顔をしてどんどんと剣を振り回しながら正確にギズーを追いつめていく。

「レイが危ない、死に掛けてるんだ。医者はお前にしか治せないと言っていた」
「な!?」

 激しい戦闘が静かに終わった、最後にアデルがギズーの剣をはねとばし、その剣がヒュルヒュルと音を立てて地面に突き刺さった。アデルはニヤリと笑顔を作って刃をむき出しにしている剣を鞘に収めて幻聖石へと姿を戻させた。

「何言ってんだよ、お前」
「そのままの意味だ、お前の力が必要だ」

 その場で棒立ちする。突然のことで何を言われてるか頭の中で整理が追い付かない。それでも目の前の男が何を言ってるのか、その真剣な表情に表れている。

「レイに何があった!」

 突然何かがはじけたように怒鳴るギズー、だがアデルはもの凄い形相で睨まれているにもかかわらず眉一つ動かさず動じなかった。

「言え! レイに何があったんだ!」
「瀕死の状態だ、酷い凍傷だ。そしてお前にはもう一人助けて貰う奴が居る、そいつも頼みたい」
「そいつの病状は?」
「よく解らん、医者を待機させているからそいつに聞け」

 周りが少しずつざわめき始めた、その中央でアデルとギズーが立っている。アデルは笑みを浮かべながら、ギズーは戸惑いながら。だが次第にギズーの顔に少しずつだが笑顔が出てきた。

「……あいつは何処にいる?」
「ギ、ギズー様! まさかケルヴィン様を裏切るおつもりですか!?」
「裏切るだ? 笑わせるな、俺は「邪魔していた」だけだ、何時でも出て行く準備は出来ていた。そのきっかけが無かっただけに過ぎない」

 兵士達が全員一歩前に歩み出る、そしてそれぞれ武器を手に持つ。

「ケルヴィン様よりご命令が有りまして、ギズー様をこの城から一歩も外に出すなという事です。申し訳ありませんが私どもと一緒にお部屋にお戻り頂きます!」
「わりぃが急用ができた、テメェらに俺を止められるとも思えねぇがやってみるか?」

 じりじりと兵隊達がギズーとの間を詰めていく、ギズーはにやつきながら右手のホルダーから銃を取り出す。

「お覚悟を!」

 そして一人の兵隊が飛び出した、大柄の巨大な斧を持った兵隊だ。スピードはそれほど早くはないが巨大な斧の破壊力は抜群だった。振りかぶられた斧は城のタイルを粉々に破壊するほどの威力だ。だがギズーが避ける前にその刃は止まった。

「何やってんだお前!」

 アデルが両手の剣で重たい斧を受け止めた。

「俺達だろ? 一人の問題にすんなボケ」

 振り返ってギズーに笑顔で言った、そしてすぐに目の前の大男の方を向いて睨み付ける。次の瞬間斧が地面に落ちる、アデルはふわりとその斧の柄の部分に乗った。

「甘く見ると死ぬぜ筋肉ダルマ!」

 また笑ってグルブエレスを逆手に持ち替えて斧の柄をたたっ斬った。音もなく切れた柄は地面にゴトンと音を立てて落ちる。

「そら次だっ!」

 大きく後ろに振りかぶられたツインシグナルが横一線に筋を残す。それと同時に大男が二つにずれた。
 それを見たギズーが目の前の光景に唖然とする。ほとんど音もなく進められた殺人に目を奪われていた。自分にもこんな戦い方が出来れば、そんな風に考え出した。

「ひぃぃ!」

 アデルはそのまま剣を構えた状態で兵隊達の群れに突っ込んだ、次々に悲鳴と何かが崩れ落ちる音や落ちる音、そして銃声が聞こえる。

「すげぇ」

 ギズーはその場に暫く放心状態で居た、だがじりじりと後ろの方から数人の足音に気付いたギズーは身体の位置を動かさずに後ろの兵隊達を撃ち殺した。

「久々に血が騒ぎ出しやがった、いつかあいつも俺が殺してやりてぇ」




「いつか殺してやる! 絶対に殺してやるからな!」

 そのころガズルはと言うと、まだ逃げていた。
 次から次へとケルヴィン兵達が追いかけてくる、それも筋肉の固まりから化け物に近い犬まで様々だ。かれこれ一時間は走りっぱなしだろう。

「何で俺ばっかりこんなにもくじ運が悪いんだよ!」

 必死で逃げるガズルの足が突然止まった、目の前に壁が立ちふさがる。右を見ても左を見て逃げられるようなスペースは無い。

「や、やべぇ」

 直ぐさま引き返そうと後ろを振り返った瞬間そこには隙間がないほどにケルヴィン兵達が押し寄せていた。次から次へと汚い言葉や聞き慣れない言葉が飛び交う、ガズルはほとんど泣きそうな顔をして覚悟を決める。

「もうやけくそだ!」

 その言葉と同時にガズルは目の前の兵隊達に飛びかかった、重力波の乱れ撃ちや連続蹴りなどで次から次へとなぎ払う。

「どけぇ!」

 無我夢中で走りながら見た事もない技を繰り出す、後ろを振り返らずにどんどんと突っ込んでいく。彼にしてみればもう技なんて固定された疑念にすがっている場合ではなかった。この攻撃の手をゆるめれば自分は殺されてしまうかも知れない。それだけが頭の中にはあった。

「うぅぅぅりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」

 気が付けば最後尾の方まで到達していた、そして最後の一人の頭を蹴り飛ばし首から上を吹き飛ばした。そしてそのまま逃げた。

「ふざけんじゃねぇって、いくら雑魚でも数が多すぎんだよ!」

 暫くそのまま走り続けた、どの位この城の中を走ったのかも忘れてしまうほど走った。だが不思議と息は切れてなかった。
 ふと、ガズルは不思議な事に気付く。

「おかしい、今までの調子なら次の追っ手がもうやってきても良いハズなんだけど。追ってこないという事はもう全滅って事かな?」

 密かにガッツポーズを取るガズル、だがその考えもすぐに否定される事になった。突然目の前の壁が爆発した。爆風が容赦なくガズルを捕らえる。

「へぇ、まだ子供なのね?」
「だ、誰だ!」

 壁の中から一人の女性が出てくる、鉄の杖を持った自分より大分身長が低い女性だった。鮮血のように真っ赤に染まった髪の毛は腰まで伸びており軍隊用の制服を着用している。

「私は“ケルヴィン領主軍第三番隊団長シトラ・マイエンタ”。貴方が先ほどこの城に攻め込んできた何とか軍って人間ね?」
「三番隊団長、やべぇかな?」
「答えなさい、何が目的なのです?」
「生憎おばさんに答えるギリはないね、もっと綺麗で美人な人をよこしてきたら話は――」

 突然ガズルの言葉が止まった、そしてすぐに後方へとバックステップをした。ガズルがいた場所にはシトラと名乗った女性が勢いよく杖を振りかぶって地面をたたき割った。

「へ?」
「坊や、よく聞こえなかったわ。もう一度言ってご覧なさい?」
「……はい?」

 完全に怯えきったガズルは死の恐怖まで感じた、そして目の前のおぞましい光景に泣きそうになる。それはシトラの髪の毛が逆立ってガズルの事を睨んでいる。

「貴方に質問するは、私のこといくつに見える?」
「……三十」

 そう言った瞬間またガズルは後方の方へとバックステップをした、デジャヴを見ているかのような光景だった。

「……三十?」
「い、いえ! 二十二歳ぐらいに見えます! 俺は嘘は大嫌いな人間ですから間違い有りません!」

 ガズルは本気で怯えていた、目の前の女性の顔に笑顔が戻る、その顔を見てホッとした。ゆっくりと立ち上がる目の前の女性を見ながら少し涙目でガズルはズリズリと後ろの方へと下がっていく。それは彼が下がっているのではなく、無意識のうちに後退していた。

「あなた……」
「ひっ!」

 真っ黒な髪の毛が左右に揺れた、まるで今から人を殺すような目をガズルへと向ける。

「ねぇ……」
 ゆっくりとガズルの方へと近づいていく、ガズルは本気で殺されると思いこみ知らず知らずのうちにまた後方へと移動している。

「可愛い顔ね、良く見たら私好みじゃない!」
「へ、はぁ!?」
「それに帽子を取ったら結構格好いいかも知れないわね、ちょっと帽子取ってみてよ」
「え……何……ちょ……うわぁ!」

 逃げようと後ろを振り返ったとき強引に襟元を捕まれて帽子を脱がされた、帽子はいとも簡単に脱げてシトラの手のひらで踊る。ガズルの髪の毛を楽しそうに撫でながらキャイキャイとはしゃぐ。

「貴方の髪の毛良いニオイがするわね、気に入ったわ」
「き、気に入った? はぁ!?」
「うん、決めた。私をあなた達の仲間にしてくれない?」
「な、仲間って……何言ってんですか!」
「そのままよ、私部屋に戻って支度するから必ずここで待っててね!」

 ガズルはその場に尻餅をついた、痛そうに顔を歪めスキップをしながら遠くの方へ行くシトラを見た。

「逃げた方が身の安全だな、早くアデルに報告しねぇと」


「……」

 ケルヴィン領主は頭を抱えていた、目の前にいるシトラの申し出とギズーの事で深く考え込んでいた。

「以上です、私は今日にてケルヴィン領主様の部隊を下ろさせて頂きます」
「ならん、貴様以外に誰が三番隊を指揮するというのだね」
「そのことでしたら、既に『ケルティット』に任せております、彼女でしたら十分役目を果たすでしょう」

 だが領主は首を振って、頭を抱えて暫く俯いていた。数分の時間が流れた後領主は突然頭を持ち上げて何かを決意した。

「宜しい、ただし条件がある。シトラにはギズーの監視役をしてもらう、それが条件だ」
「監視役ですか?」
「そうだ、何とか軍とやらにギズーを易々と渡してたまるモノか。用件がすめばすぐに引き戻せるように準備をしつつ警戒をするように」
「あの……」
「何だ?」

 困った様子で領主の顔を見る、だが領主はキョトンとした様子でシトラの顔を見た。

「私はもう領主様の元で働くのは止めると言っているのですが」
「何だと?」

 領主はやっと事を把握した、シトラは完全に自分の元で働くのをいやがっている事に気付く。だが領主は何度言っても聞かないシトラに苛立ちを始めていた。

「何度も言いますが領主様は他人を軽蔑しすぎています、部下が領主様にどういった感情を抱いているかお解りでしょうか? 何度も三番隊の部下達から相談を受けました、ですが私からは何も言えませんでした。一番隊と二番隊が解散になった理由はそこにあります。一度お考え下さい、その答えが出たとき……私は三番隊ではなく、一番隊の隊長として戻ってくる事をここに約束します」

  領主は何も言えずにただ一礼してその場から去っていくシトラの後ろ姿だけを虚しく見ていた。

「領主様」

 側近の一人が見た事のない領主の姿に声をかけた、領主は何も反応せずもせずにただただ椅子に座っていた。
 だが突然人が切り替わったように立ち上がり剣を手に取り急いでその場から去った。


「……はぁ」

 アデルはギズーを連れて外に出ようとした所でシトラと名乗る女性に呼び止められた、アデルの後ろではガズルが震えて縮こまっていた。

「だから、そう言う話だから私も付いていくわ。何か問題でもある?」
「いえ、俺は別に無いんだけど……」

 アデルは後ろを振り返り怯えているガズルを見た、ガズルは本当に涙目になっておりアデルのエルメアを掴んだままただ震えていた。

「ガズルがこんな調子なんでね、ちょっと事情を聞きたいんだけど」
「あら、ガズルって名前なんだ。ちょっと可愛がっただけだよ? ね、ガズル君?」
「ひぃ!」

 にっこりと笑顔を見せるとガズルは数メートル後ろの方に下がった、そして戦闘態勢に入る。

「まぁ、あいつに危害を加えないのであれば俺達は別に構わないが」
「うむ、確かにシトラの力は絶大だ。アデル、後で注意事項を言っておくからそのことだけには触れないでくれ。死にたくなければだが」

 アデルは再度ガズルの方を見る、そしてギズーが言っている注意事項がどれだけ恐ろしいのかを理解してパーティーにシトラを入れた。
 ガズルはシトラと大分距離を置いてびくびくしながら門を出ようとした。

「待ちたまえ!」

 と、突如後ろから大きな声が聞こえた。ギズーはやれやれと首を振った、アデルとガズルは何事かと後ろを振り向く。シトラは振り向かなかった。

「君達か、我が城に侵入しギズーをさらって行くという何とか軍というモノは」
「それが何か?」

 アデルは眉一つ動かさずにケルヴィン領主が手に持っている剣を見る、そして自分の剣を何時でも引き抜けるように腰へと手を回す。

「受け取りたまえ」

 そう言うと刀を一つアデルの方へと放り投げた。

「これは?」
「貴様達が戦ったのはレイヴンと聞いている、レイヴンと同等に戦うのならばその剣が必要になるだろう」

 アデルは驚いて目を丸くする、なぜ自分たちがあのレイヴンと戦った事を知っているのだろうと疑問を抱いた。だがそれはすぐに理解出来た。
 なぜなら彼はこの大陸を納めている王であり、この大陸で起きた事はほぼ全て理解していて当然の事だろうと考えたからである。

「何故、俺にこの剣を?」
「貴様が着ている服はカルナックのお下がりではないのか?」

 その言葉にまた驚く、今度は理解出来なかった。

「どうしてそのことを」
「カルナックに合えば分かる事だ、それに……まだ完全にインストールをマスターしていないと見受けられる。貴様が炎帝をインストール出来るとは思えんが持っていて損はない。持っていきたまえ」
「レイヴンも言っていた、そのインストールってのは何だ?」
「それは私の口から言う事ではない、師であるカルナックにでも聞くと良い」

 そう言い残して領主はまた自分の城へと戻っていった、問題が山住になったアデルはレイの事を忘れて暫くそのことで考え込んだ、何故カルナックの事を知っているのか。インストールとは何の事なのか。そしてこの剣はいったい何なのか。
 今は何も分からない事だらけではあるがそれは全て師であるカルナックに聞けば分かる事だという事は頭の中にはあった。カルナックの家にはもう何年も帰っては居ない、しかし……あそこが自分の家である事には違いない。

「帰ってみるか、あそこに」

 振り向き様にそう言って彼等はリーダーの元へと急いだ。