再び巨人の目が赤く光り、各接続部から火花を散らして再び動き始めた。巨人の頭上に槍を構えて立っているミラは突如動き出した巨人にバランスを崩してしゃがみ込む。
どこか掴むところが無いかと必死に探すが頭部はつなぎ目どころか凹凸すら見えない。次第に巨人の前の方へ滑り、そして落ちた。
だがミラは慌てなかった、落ちると直ぐに右手に持っている槍を口にくわえると両手にそれぞれ風の法術を別々に練り上げた、胸部まで落下した時、巨人目掛けて左手に圧縮した風を思いっきりぶつける。まるで大砲が発射されたような轟音が街全体に鳴り響きミラの体はその反動でまっすぐ後ろへと吹き飛ばされてしまう。圧縮された風をぶつけられた巨人はビクともしない。
そこまではミラの予想通りであった、苦笑いを一つして勢いよく吹き飛ばされていく。途中体を捻って地面に誰もいないことを確認すると右手に作り出した風を地面に叩きつける。また轟音が一つなった。
叩きつけられた風は地面にぶつかると周囲に強風を巻き起こし、少し離れた所に居るレイ達に容赦なく襲い掛かる。
一瞬だけ体の動きが止まり滞空する、もう一度体を捻って口に銜えた槍を空に向けて放すと片膝をついて着地する。そのすぐ横、右手をいっぱいに伸ばすと手の平に槍が帰ってきた。
「あんたの弟すげぇな」
「えぇ、自慢の弟よ」
その一部始終をアデルが見て素直に褒めた、姉のミトも自慢げに語る。当の本人は褒められたことなど知らず巨人がこちらへと動き出す前にもう一つ攻撃をする準備に入った。
腰を深く落とし前傾姿勢を取ると折り曲げた右足に力を込める、そのまま地面を思い切り蹴って前へと走り出した。その傍で二丁の拳銃を構えているファリックの隣を通り過ぎ言葉を交わす。
「ファリック、再装填は?」
「終わってるよ!」
すれ違いざまに二人は互いの目を見た、よほどの信頼関係なのだと推測が付く。止まることなく駆け抜けるミラの走る速度は徐々に上がり始める。
走りながら風の法術を詠唱し周りの空気抵抗を極限にまで下げていた。同時に自分の背中に風が流れるよう調整も入れその効果はミラ自身の走る速度を加速させる。炎帝剣聖結界自のアデル程とは言わないがそれに近い速度を最終的には叩きだした。
巨人の足元まで走ると再び地面を蹴って飛び上がる。体を垂直に走り一気に腰の位置までと駆け上がった。そこには下半身と上半身を接続する部位が火花を散らしていた。ミラはソレ目がけて右手の槍で突き刺す。霊剣ですら歯が立たない巨人の装甲を他の武器で傷つける事が叶わない今、直接刃を入れるにはこれしかない。槍が突き刺さった場所は一度小さく電気が走って爆発を起こす。そこに渾身のエーテルを叩きこんだ。
「雷帝攻弾槍」
ミラの握る槍に猛烈な電圧が一気に掛かると突き刺さっている接続機関にその電流が一斉に流れ始めた。再び膨大な電流が流された巨人の体は動きを止める、大きなその体は細かく振動しながら体の細部にまで一斉に電流が走る。数万ボルトにも達する巨大な電気をまともに流された巨人は甚大なダメージを負った。散らしていた火花は一層激しくなり各部位で爆発が起こり始めた。
槍を引き抜き巨人の体を蹴ってその場を離脱するミラだが、巨人の目はその姿を捉えていた。全身がしびれて動き辛いのだろうその体、しかしそれはきっと巨人にとって最後の攻撃になるはずだった。巨人の目が一段と輝きを増すとミラに目がけて先ほどの光線を発射しようとしていた。そう、今まさに発射しようとしたその時だった。
地上から銃声が聞こえる、そこにはファリックが両手に銃を構えて巨人の目を狙ってトリガーを引いていた。聞こえた銃声は一発、だが巨人の目に着弾した弾丸の数は全部で十二発だった。ミラはそれを確認すると口をいっぱいに広げて。
「ざまぁみろ!」
笑顔で叫んだ。
後方でそれらを見ていたレイ達には一瞬何が起きたのか理解できなかった。彼等も聞いたその銃声、確かに一発だけのはずだった。しかし巨人の顔に残された弾痕は十二発。それは間違いなかった。ギズーはその異常な光景を目にして咄嗟にファリックへと視線を落とす。
ファリックの体は少しだけ後ろへと押され出したかのように下がっていた、それを見たギズーが今この少年が何をしたのかを咄嗟に悟った。
「まさか……今の一瞬でシリンダーの弾丸全部を打ち出したのか」
驚異的、まさに驚異的な早打ちである。
そう、答えは簡単だが決して真似をすることなどできないその技術。ファリックはあの一瞬で片方六発の弾丸を二丁全て打ち切っていたのだ。銃声が一発しか聞こえなかったのではない。全ての銃声が一発に聞こえてしまうほどの速度で早打ちを行っていたのだ。
一発の弾丸の威力で足りなければそのすべてを一度にぶつけてしまえばいい。言うことは簡単だが、いざヤレと言われれば誰もが首を横に振るだろう。シフトパーソルの扱いに長けているギズーですらそんな芸当不可能なのだ。
光線の発射部分を潰された巨人はついに抵抗することができなくなり、次第に痙攣をおこしていた巨大な体はその機能を停止し始める。ゆっくりと動かなくなった巨人をミラはその目で確かに確認した。巨人はゆっくりと後ろへと倒れ始め、木々を倒しながら森へと倒れた。
決着がついた、突如として出現した謎の巨人は結果としてこれもまた突如現れた少年少女三人の手で終息を迎えた。レイ達の攻撃が一切通用しなかったあの巨人をたったの三人で止めてしまったのだ。それは同時に脅威でもあった。
「っ!」
ギズーの後ろに居たミトに対してギズーは何の躊躇もなくシフトパーソルの銃口を向けた。
「てめぇら……一体何モンだぁ?」
「ギズー!?」
二人の間に割って入るレイ、ギズーはその銃口をレイの顔越しにミトを狙っていた。表情は険しく眉間にしわが寄っている。レイは同時に恐怖の感情も読み取っていた。
「俺達が四人がかりでも倒せなかったアレをたったの三人で倒したんだ、しかもあのミラって餓鬼――同時にいくつもの法術を使ったみてぇじゃねぇか? そんなことが可能なのは極稀なんだろレイ」
「確かに、多重属性使いは希少だ。だけど僕や先生だってそうだ、稀に生まれてくるしそれだけで危険だと決めつけるのは不十分だろう? アデルとガズルも見てないで止めてよ」
殺意を剥き出しに喋るギズーに対してレイは横で見ている二人に助けを求める、しかし二人ともギズーの気迫に押されていて動くことを躊躇しているように思える。それはきっと今動けばギズーは引き金を引いてしまうかも知れないという恐怖でもある。元よりレイの言葉はギズーに届いていなかった。
「答えろ女ぁ!」
今まで見た事の無いその気迫にレイも一歩後ろへと下がってしまった。付き合いがそれほど長い訳ではないがここまで感情を露にしている親友の姿を見るのは初めて、いや、一度だけ……たった一度だけ見た事のある表情だった。
「テメェらは一体何者で何が目的だ、あのデカブツは何だ? 何故あの餓鬼がいろんな法術を使える、ファリックとかって餓鬼もあの技術は一体何だ!」
捲し立てる様にミトへと一歩迫る、間に割って入っているレイ越しに銃口を突き付けたまま決して目標を外すまいと狙いを定めている。ミトはその表情と浴びせられた幾つ物質問に対してため息をついた。それがギズーの逆鱗に触れる。
「このアマぁ!」
左手でレイの上着を掴んで引き寄せる、レイがよろけると銃口の先に障害物が無くなり標準が完全に定まった。そして引き金を引いた。
「っ!?」
完全に殺すつもりで居たのだろう、それだけに自分に起きた事が理解できなかった。確かに引き金は引いた。銃口から硝煙の匂いがする。弾丸が発射され反動も手に伝わっている。それだけに目の前でミトが無傷で立っていることが不思議でたまらない。だがそれは自分の腕の角度と残る痛みで理解した。
引き金を引く直前、バランスを崩したレイによってギズーの腕を蹴り上げていたのだ。狙いを定めていた銃口はミトの遥か上空へと向けられて空に弾丸を射出していた。
「頭を冷やせギズー、まだ彼女たちの話を聞いてない」
「このお人よしが! こんな得体の知れない奴らを――」
ギズーの言葉はそこで途切れた、正しくは悶絶して言葉にできなかったのだ。彼のみぞおちにはガズルの右手が突き刺さっている、一瞬だけ隙を見せたギズーに自身の動きを悟られないようにゆっくり、そして静かに動いていた。
苦しさのあまり右手の力が抜けて地面にシフトパーソルを落とす、腹部を押さえて地面に倒れようとしたギズーをガズルが抱きかかえて押さえた。シフトーパーソルはアデルが拾い上げて腰のベルトに差し込む。
「有難うレイさん、助かりました」
「肝が据わってるねミトさん、ギズー相手にさっきの対応は流石に冷っとしたよ」
「あら? 確信はありましたよ。レイさんが多分何とかしてくれるって」
悶絶しているギズーはゆっくりと呼吸を整えて今一度ミトを睨んだ、それでもミトはギズーから向けられる殺意と疑惑の視線から目を離さず、じっと見つめたままでいた。その様子をアデルは交互に両者の顔を見て呆れる、そして彼らの後方で銃をこちらに構えているファリックに対して。
「もう大丈夫だ、すまねぇな」
そう一言だけ詫びた。
それを聞いたファリックは未だに拳銃を下さずギズーに狙いをつけたままでいた。そこにミラが歩み寄り肩を叩いて拳銃を下すよう促す。
「前途多難だな全く」
もう一度両者の顔を見てから機能を停止した巨人を見てアデルが呟いた。
それからの事、レイは通信機を使って指令本部へと巨人は完全に沈黙した事を告げる。それを合図に傭兵部隊が一斉に瓦礫の影から出てきた。
ここで彼等を攻めてはいけない。何故なら彼等は司令部の指示であえて動くなと指示されていたからだ。理由は単純明快、レイ達の足手まといになると判断されたからだ。
数が物を言う対人戦闘であれば彼等傭兵部隊も活躍の場はあるだろう。が、司令部はアデル達の攻撃が一切通じない事を無線で聞き即座に判断したのだ。半分は住民の避難へと向かわせ、もう半分はいざという時の為に待機させていた。この判断は間違っていなかった。結果だけを見れば巨人を倒したのはミト達三人であるが。
傭兵部隊は即座に行動を開始した。
倒れた巨人の調査と街の復旧作業へと向かう、正直こればっかりはレイ達も感謝している。細かい雑務を全て押し付けているようで後ろめたい所は否めない。だがこれは彼等傭兵部隊からの申し出でもある。
一度帝国兵が攻めてくれば彼等もまた前線へと出向く、それはこの街に駐在している民間兵や傭兵、またFOS軍も然りである。だがこの街最大の戦力であるFOS軍には普段大事を取って貰いたい。この戦いに勝つことが出来るのであれば彼等は喜んで雑務をこなすとレイ達に告げていた。
彼等は自分達のアジトへ戻ると応接室に集まった、プリムラ達は怪我人の対応に追われている頃だろう。しばらくは戻ってこないと思われる。ガズルの肩に捕まりながらアジトに戻ってきたギズーは真っ先に椅子に座らせられた、ガズルは申し訳なさそうにギズーに治癒法術を唱えている。思いのほか良いのが入ってしまったようだ。
他の面々もそれぞれ椅子に座って一息を付く。
「それで、あんたらは一体何者なんだ?」
アデルが開口一番に質問する、先ほどミトの口からでた言葉を確認するかのように。
ミト達三人は固まって座っている、中央にミトが居て左右を挟むようにミラとファリックが座っている。三人は互いに顔を見合わせて少し困惑した表情をしていた。数秒沈黙が流れた後ミトが口を開く。
「分かりません、あの巨人を見た瞬間戦い方とアレの倒し方を思い出しただけ。私達がどこから来たのかはまだ分かりません」
「テメェ! そんな話誰が信じると思ってやがる!」
「そう言っても分からない物は分からないの!」
真っ先に噛みついたのはギズーだった、ようやく呼吸が整い苦しさから解放されたギズーがテーブルを右手で叩きつけながら吠えた。
「落ち着けよギズー、手から血が出てるじゃねぇか。それはテメェで直せよ?」
「うっせぇな。そんな事分かってら!」
回復法術でギズーを癒しているガズルが彼の手の傷について文句をつける、先のダメージは自分がやったことだからと治癒しているが自業自得で出来た傷までは面倒見切れないと苦情を入れる。ギズー本人もそれは分かっているだろう事で反を返した。
「でもレイさんとアデルさん。あなた方二人は見覚えがあるわ、どこかでお会いしてます?」
「少なくとも俺は覚えてない、レイお前はどうだ?」
「申し訳ないけど僕も知らないかな、どこかで見かけただけじゃないのかい?」
突然問われた二人は即答した。記憶力は良いこの二人だが揃って答えは「覚えていない」だった、各地を旅してまわってたこの二人であればどこかで見かけた事がある可能性は否定できない、しかしミトは首を横に振って否定した。
「見かけたのではなく、多分一緒に行動していたが近いと思うのよ。その辺は曖昧だから断言できないけど――でもあなた達二人の顔は何故かよく知ってる、そんな気がする」
そう語るミトの目に嘘をついてる様子は感じ取れなかった、それでもレイとアデルは過去にミトとあったことも無ければ一緒に行動を共にした事も無い。それは断言できる内容だった。
思い出してほしい、グリーンズグリーンから東大陸へと出航した時に出会ったメルの事を。レイはギズーを探す旅の最中に出会いそれ以降女性と行動を共にすることは無かった。またアデル達は義賊として活動しておりそこには男しかいなかった。つまり彼らがミトと接触をし行動を共にした事など無いのは明白なのである。
だが先にも触れた通りミトの目に嘘を付いている様子は感じ取れない。それはギズーにもはっきりと分かるほど真っすぐに四人を見つめていたからだ。
「っち、嘘はついてねぇみたいだな。だがそれでもお前たちはどこの誰だって話に戻るわけだが――」
「一つ質問させてくれないか?」
これまたギズーの会話を遮るようにガズルが割って入る、舌打ちをしてからギズーは会話を遮った張本人を睨みつけてから椅子に深く座って足をテーブルの上に乱暴に乗せた。気が立っている、誰でも一瞬でそれが分かる程に。
「こう見えても学者の端くれだ、謎解きじゃないんだろうが俺達四人の中じゃ一番物を知ってると思う。医療に関してはギズーに負けるけどな」
不貞腐れているギズーを一度ヨイショしてフォローする、しかしギズーの虫の居所は悪いままである。回復法術を使いながら一度深呼吸をしてミト達に語り掛ける。
「ずっと気になってたんだが、首のそれ何だ」
ミラの首にぶら下がっている金属に指を刺した。同じものがミトとファリックの首にもぶら下げられている。
色は銀、鎖に繋がれていて先端にプレートの様なものがぶら下がっている。ミトは服の中に入っていたが首には銀色の細い鎖が光っていた。ぶら下がっているのが目に映ったのは最初ミラの物だった。それから三人をじっくりと観察すると他の二人にも同じ鎖が見えた。
「え、なにこれ」
指摘されて初めてミトがそのアクセサリーに気が付く。ミラは何か邪魔なものが在る程度にしか認識していなかったようで特に慌てることは無かった。隣で大慌てして服の中からそのアクセサリーを出すファリックに思わずミラが笑う。
「三人とも同じ物なら、何かアンタ達の手がかりになるじゃないかと思ったんだ。よかったら見せてくれ」
言われて首からアクセサリーを外して一度ミトがマジマジと見つめ、そしてガズルに手渡した。受け取ったガズルは眼鏡を掛けなおして目を細めてじっくりと観察する。プレートの表にはミトの名前が刻まれていてその横にも文字が羅列している。
「タグ……か?」
どこかの軍隊の様な名称が掛かれているがその名前は聞いた事の無い部隊だった。ひっくり返して裏面を見てガズルは思わず声を荒げる。
「は!?」