「おめぇら先に行け、俺がこいつら始末してやる」
「それは無いですよ隊長、彼は私の獲物だと言ったじゃないですか」
「うるせぇ、たまには部下においしい役目持たせてやりてぇって上官の配慮だ。その代りと言っちゃぁ何だがこいつらは貰う」
大男が腰にぶら下げていた巨大な斧を取り出してレイヴン達を先に行かせた。苦笑いをしながらも上官の命令とし扉の奥へと進む。それにシトラが続く。
「待てぇ!」
アデルが叫ぶが扉は閉まってしまった。そして大男が両手で巨大な斧を振り上げて地面に向けて振り下ろす。すると叩きつけられた地面が割れて衝撃波と共に地面を一直線に破壊する。五人はそれを左右に避けるとそれぞれが大男に向かって攻撃を仕掛ける。カルナックは後方で四人のアシストをするべく法術を練る。
「どけぇ!」
最初にアデルが飛び出した、グルブエレスとツインシグナルをそれぞれ振りかぶり斬撃を叩きこむ。しかし巨大な斧でそれは防がれてしまう。力任せの攻撃をしてくるあたり速度は遅いと勘ぐったアデルはそれに驚く。俊敏な身のこなしでアデルの攻撃をさばき続ける。
「オラオラオラ、どうしたこんなもんか!?」
巨大な斧を横一杯に振りかぶると今度は力一杯振り回してきた。咄嗟にアデルは両手の剣で受け止めるが余りの力に受け止めた傍から後方へと吹き飛ばされてしまう。
それを見たレイがアデルを受け止めるが勢いのあまり一緒に吹き飛ばされてしまう。その二人を後ろで法術を練っていたカルナックが受け止める。
「てめぇ!」
今度はガズルが叫びながら突撃する、重力爆弾を作り出すと大男目がけて叩きつける。
だがそれに対し左手を重力爆弾へ向けて表情一つ変えずに難なく受け止められてしまった。重力爆弾が着弾した場所はクレーター上の凹みを作り大男も一緒に少しだけ沈む。
だがダメージは全く見られない。そして伸びていた左手で飛んできたガズルをキャッチするとギズー目掛けて放り投げた。この二人もまたアデルとレイ同様に吹き飛ばされてカルナックによって受け止められる。
「こんなもんか? 大した事ねぇな」
首を鳴らしながら窪みから出てきて巨大な斧を地面へと突き立てる。両手で指の関節を鳴らすと再び斧を持ち上げた。
「さぁって今度はどんな手段で俺を攻撃する? あ?」
想像以上の強さだった、流石レイヴンの上官なだけはある。
並の人間とはかけ離れたスピードとパワーを持ち合わせるこの男の存在は彼らの頭にはなかった。むしろこれほどまでの使い手が帝国にまだ残っていたことに驚いている。まさに番狂わせである。大男が指を鳴らしている間にカルナックは法術で四人を回復させる。そして立ち上がってもう一度突撃しようとするアデルの肩を叩いてカルナックが前に出る。
「君達は少し休んでいなさい、今消耗されては勝てる勝負も勝てなくなってしまいます」
そういうと雷光剣聖結界を即座に発動させる。大男を睨みすぐさま抜刀の体制を取る。
「――エルメアに剣聖結界使いで抜刀の構え?」
大男がそうぽつりとつぶやいた瞬間カルナックがその距離を途轍もないスピードで縮めた、カルナックは初段で決めるつもりでいた。戦闘を長引かせるとこの後の消耗に響くからだ。一撃でこの男を沈めてすぐさまレイヴン達の後を追うつもりでいた。が、その考えはすぐさま打ち破られる。
初見であれば見切れるはずのない神速の抜刀術が大男の持つ巨大な斧によって塞がれていたのだ。
「なっ!」
初段を防がれてしまったカルナックは一瞬だけ混乱したがすぐさま後ろへと飛ぶ。今の一瞬何が起きたのかカルナックは理解できなかった。
「そうかてめぇか、久しぶりじゃねぇか――」
その言葉が耳に届いた時、カルナックの目の前には距離を取ったはずの大男が斧を振りかぶってこちらに振り下ろす姿が目に映った。
後ろに居た四人はこの男が何をしたのか、どうやって瞬間的に移動したのか全く見えていなかった。振り下ろされる斧をカルナックは刀で受け止める。その衝撃は刃同士がぶつかった瞬間に強大な風圧と共に二人の間を駆け抜ける。
「よう――『最強』!」
大男の顔が間近に迫っていた、その顔を見た瞬間カルナックの心臓は一度ドクンと高鳴った。そのまま視線を右腕へと移す。
その右腕は義手だった。カルナックはこの男を知っている。
「やぁ――『最狂』」
エレヴァファル・アグレメント。
帝国軍特殊殲滅部隊隊長、かつてカルナックと共に世界を駆け巡った戦友の一人である。
そして、過去に一度カルナックが一夜にして帝国を壊滅寸前まで追い詰める原因を作り出した張本人である。
だがしかし。
この男。
間違いなく強い。
それは今から二十年ほど前に遡る。
当時天才と呼ばれる三人の少年がいた、一人は齢十歳で剣帝の称号を取得し天性の才能ですべてのエレメントを操る少年、一人は同じく十歳で身の丈以上の巨大な斧を操る少年、一人は銀髪で槍を使わせたら右に出るものは居ないとまで言われた魔槍兵の少年。彼らは共に親を亡くし孤児院で育ったいわば兄弟のような存在である。幼くして自身の才能に目覚めた彼らは孤児院の為に様々な仕事を請け負っていた。凶暴な動物の駆除や旅の警護等々危険な依頼を請け負う少年傭兵団だった。その傭兵団は「アルファセウス」と呼ばれていた。
当時アルファセウスは帝国でも一目を置く存在であり、脅威としても見られていた。報酬次第では何でも請け負う事でその道では有名な集団だったからだ。そんな彼らの名前を世界的に広めた事件がある。四竜の討伐であった。中央大陸の北部に一匹、南部に一匹、東大陸と西大陸にもそれぞれ一匹ずつその土地を治める主がいた。彼らアルファセウスはその四竜討伐の依頼を高額で請け負い、見事三匹の竜を討伐することに成功する。残りの一匹、中央大陸南部の竜だけは仕留めることが出来ず、海底深くへと封印する事になった。その立役者が彼らのリーダー「カルナック・コンチェルト」である。
その功績から十歳という年であるにもかかわらず剣聖の称号を手に入れた、他の三にも同格の称号が与えられ一躍有名となる。それを帝国は良く思っていなかった。そこで当時の皇帝はアルファセウスを帝国内部へと取り込む事を決定し勧誘を始めた。彼らは最初断っていたが加入に際しての報酬金が今までの依頼で受けた金額の総額を遥かに超えていた為孤児院の活動資金に充てるべく加入を決意する。
事件が起きたのは彼等が帝国の傘下に加わって五年が経つ頃、三人のうち一人が帝国を離脱したことに始まる。カルナックの脱退だ。彼は帝国のやり方に疑問を常々抱いていた。事の発端は矮小国との戦争だった、降伏した兵士を反逆罪と銘打って公開処刑をしてしまった。もちろん当時の世界において国際法なる物はなく、捕虜はどのような扱いを受けても文句が言えない時代だった。だが人命を訴える団体は何処にもいるわけで帝国のやり方に避難を唱えるものも少なくなかった。カルナックもまたその一人である。
戦争終結後、カルナックは帝国から離脱し再び孤児院へと戻る。孤児院の運営は厳しいながらも彼が戻ってきてからは安定し始めた。カルナックは修道士や孤児達と幸せに暮らし始めたがそう長くは続かなかった。カルナックの脱退によって反逆罪の罪に囚われた残りの二人のうち一人は孤児院の強襲を始めた、後の「帝国孤児院虐殺事件」である。カルナックは仕事で街まで出かけていた時を狙われた、戻った時そこは彼の知る孤児院ではなかった。院は焼かれ周りには孤児達の死体。彼は泣いた、まさか孤児院が襲われるなど思いもしていなかったからだ。悲しみの渦に飲まれながらも孤児達を一つに纏め火葬する。これから如何すればいいか途方に暮れていた時地面に落ちる光る物を見つけた。ギルドより譲り受けた古代の通信機だ、そこから雑音交じりながらも声が聞こえる。その声を聴いた時カルナックは怒り狂う。声の正体は共に旅をした仲間エレヴァファルだ。
「ようカルナック、てめぇが悪いんだぜ? てめぇが裏切らなければこんな事にはならなかった」
下卑た声が聞こえる、親友だった声がひどく憎い。金と地位に目がくらみ育った孤児院にした行い。カルナックは許すことが出来なかった。
「エレヴァ、今どこにいる」
「さぁな、でもお前なら分かるんじゃねぇか? こいよ、てめぇも一緒にあの世に送ってやるぜ」
そこで通信が途絶えた、彼は怒りのまま走る。声の後ろから聞こえた僅かなヒントを頼りに彼は走り続けた。帝国本部で時刻を伝える独特の鐘、それがかすかに聞こえていた。おそらく待ち伏せされているだろう、それが罠だとしても彼は走らずには居られなかった、今のこの感情のまま彼は怒りに身を任せて走った。
帝国本部に到着したのは次の日の夜だった、帝国本部には数千人の兵士達がショットパーソルを構えてカルナックの到着を待っている。
「ずいぶんと早かったな、そんなに俺に殺されるのが待ちきれなかったか?」
通信機器から再び声が聞こえる。カルナックは刀を抜刀し自身の前に持ってくる。つい数日前までは一緒に戦い、数々の名声をほしいままにしてきた過去の仲間をにらみつける。その男の表情は笑っていた、長年本気で戦いたいと願っていた宿敵と会い見える機会を、この瞬間を願っていたかのように。
「この腐れ外道め」
カルナックの足元から炎が吹きあがり髪の毛が真っ赤に染まる。真っ赤に染まる瞳には怒りが満ち満ちている。ゆっくりと歩き始めるカルナックに対し兵士達が一斉に発砲を始める。彼はそれを全て刀で弾き飛ばした。流石のエレヴァファルもそれを見て驚く。だが驚いた表情の中に喜びの表情も混じっているように見える。まさに戦闘狂、これぞ最狂と言われる由縁。
「流石だぜ、いう事ねぇ……さぁ来いよ、かかって来い! 俺はここにいるぞ! ここまで上がって来いっ!」
巨大な斧を振り上げる、すると兵士達は一斉に腰に下げている剣を抜きカルナックへと襲い掛かる。大群となって押し寄せる帝国兵士達に向かってカルナックは一切の迷いなく飛び込む。すべてを切り刻みすべてを殺す勢いで跳躍した。
「うあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
咆哮が鳴り響いた。そこからは一方的なカルナックの虐殺だった。一般の兵士達が剣聖の彼に敵う筈もなく一人、また一人とその場で絶命していく。
これが後に言われる帝国最悪の一夜である。カルナックは迫りくる帝国兵士をなぎ倒し本部へと駆け抜ける、本部城内にはさらに数万の兵士達が段階的に配備されていた。四方八方から飛び込んでくる弾丸をカルナックはまとめて捌くが無数に飛んでくるそれを全て避けることなど到底不可能だ、何発か被弾し鮮血を噴く。だがカルナックの勢いは止まることを知らない。中央の階段を駆け上がりロビーへと抜ける、ロビーにも何百人と配置されている。カルナックが本部へと突入してからずっと発砲音が聞こえる、それは鳴りやむことが無かった。回避することもできなくなるほどダメージを受けることは無かったが速度が落ちることを嫌ったカルナックはわざと帝国兵が集まる真ん中に飛び込んだ。これならばむやみに発砲することは出来ない、そう判断したカルナックは集団の中から切り崩すことを決定する。飛び込んできたカルナックを迎え撃つために各々が剣を引き抜くが遅すぎた、カルナックの攻撃は目にも止まらぬ速さで兵士達の体をすり抜けていく。あまりにも早いその攻撃に切られたことも分からないまま死んでいく兵士までいる始末だ。
全ての兵士を切り殺したカルナックはロビーを突破し、二階の場外へと出る。そこにエレヴァファルがいた。すぐさま飛び込み首を跳ねようとするが互いに技を熟知した者同士、そう易々と攻撃が通ることも無く全てがはじき返される。エレヴァファルの顔は笑っていた。当時からこの男は三度の飯より闘争を好む、故に最狂だ。お互いの技は城壁を破壊し、生き残った雑兵をも巻き込みありとあらゆるものを破壊しながら二人は戦った。
一時間、彼らは戦い続けた。戦闘の途中右腕を切り飛ばされたエレヴァファルだったが両利きだった彼は左手で斧を操りカルナックを翻弄する。彼らの周りには瓦礫の山と死体の山が出来ている。二人の闘争は火が付いたままその日朝になるまで続けられた。その結果事前に連絡を受けていた支部からの応援によってカルナックは逃走する。彼の生涯で唯一の敗北だ。それでも帝国に与えたダメージは甚大だった。死者三万と七人、重軽傷者七万と二人。帝国本部は壊滅しその機能をしばらくの間奪う事になった。当時の皇帝は身の危険を感じ北部の支部へと逃げ延びていた。それ以降カルナックを全国指名手配にし捜索を続けるが今日という今日まで彼の命が危険に晒されることなど無かった。
「よう――『最強』!」「やぁ――『最狂』」
エレヴァファルとカルナックの刃がぶつかり火花が散る。片や帝国随一の戦闘狂、片や世界最強の剣聖。十五年ぶりの再開はやはり闘争だった。遠い日の幼い自分を重ねて相手を互いが睨む。
「レイ君、コイツは私の客です。君達は先に行きなさい!」
斧を弾き飛ばして斬撃を放つ、しかしいずれも全てはじき返されてしまう。その強靭な肉体はシフトパーソルの弾丸をもはじき返すだろう。
「待ちわびたぜ! この時を、この瞬間をっ!」
エレヴァファルが咆哮する、鼓膜が破れるかと思うほど大きな声だ。それに後ろで見ていた四人は委縮する。それ以上に目の前で起きてることが信じられないでいた。あのカルナックと互角に戦える人間が帝国に残っているとは思いもよらなかったからだ。いや、もしかしたら互角以上なのかもしれないとレイは思った。咄嗟に霊剣を構えて前に出ようとしたがアデルによって静止されてしまう。思いのほかアデルはこの状況で冷静に物を見ていた。
「早く行きなさい、必ず追い付きます!」
「ずいぶん余裕じゃねぇかこの野郎!」
二人の間に入る余裕などないとレイは悟った、まさに次元が異なる戦いである。早すぎる攻撃に防御、そして数手先を予測しフェイントを交えた攻撃。すべてをとっても彼等四人がどうこうできる相手ではない。それに恐怖を覚え足がすくむ。だがその体に鞭を打って足を動かした。
「必ずですよ、必ず追ってきてください!」
レイが叫ぶ、しかしカルナックから返答はなかった。それでも彼らは先に進むしかない、ここにいれば必ずカルナックの足手まといになるだろうと考えたからだ。彼等四人は最終階層へとつながる扉を開けてその先に進む。その間にもエレヴァファルとカルナックの激しい攻防は続いていた。
「私は会いたくなかったですよ、貴方なんか!」
「俺も本当は会いたくなかったんだけどな、どうしても会いたいって言う奴がいてよ!」
激しい攻防の末一度二人が距離を取る、カルナックは納刀し抜刀の体制へと移る。エレヴァファルは空高く飛び上がりカルナック目がけて斧を振り下ろす。二人の刃が再び重なりあたり一面に衝撃波が飛び散る。
「十五年前、お前に切り飛ばされた俺の右腕がなっ!」
巨体から繰り出された振り下ろされる斬撃はカルナックにとってもすさまじい威力となって放たれる。重く強烈な一撃が彼の体を軋ませる。カルナックの足元が窪み体ごと沈みそうになる。
「相変わらず乱暴な技ですね」
「だろう? お前を殺す日を夢見て鍛えぬいてきたこの力、存分に味わうがいい!」
空中に浮いているエレヴァファルが体を捻りカルナックへと蹴りを放つ、その巨体な体躯のどこにそれほど俊敏な動きが出来るのか。左腕でガードするがその衝撃は凄まじく壁へと吹き飛ばされてしまう。だが吹き飛ばされながらも冷静に納刀すると壁を蹴り再びエレヴァファルの元へと飛ぶ。
「今度はその左腕も跳ね飛ばして差し上げましょう!」
高速で接近するカルナックに対し左腕を横に伸ばすエレヴァファル、切り飛ばすと宣言された左腕をだ。ニヤリと笑いながら。
「やってみな!」