深夜二時三十分、部屋の中に流れ込む懐かしい土の香りと、タバコの匂いに幾年か前の夕焼けを思い出す。
 あの日も同じような匂いが一面に広がっていた、周りには自転車に跨った仲間が数人。遠回りをしながらゆっくりと自転車をこいで帰路へと付く。通学路から離れたこの山道を選ぶその訳は、帰り道でタバコが吸えるからと言う利点だった。誰も通らないこの道をゆっくりと自転車で帰る。それが日課だった。
 近くのコンビニエンスストアではなく、遠い自動販売機にタバコを求めて自転車を出したあの日。学生服を纏う僕らを他の大人達にはどんな風にうつったのだろうか。
 不良少年、学生の分際で。色々と思う人が居るだろう、その中僕達は自分のタバコを買い、また自転車に跨ってゆっくりと道を走る。
 西の空にはオレンジ色でまぶしい太陽がゆっくりと落ちていくのが見える、もう直ぐ満天の星達が姿を見せるだろうそんな時間。帰り道の途中で上る山道にさしかかった当りには既に回りは暗くなっていた。
 街灯の下で僕達は懐からタバコを取り出して口に加える、そして火をつけて一呼吸置いてからゆっくりと煙を肺に通し、二酸化炭素と共に星が輝く空へと煙を吐き出した。

「いい天気だなぁ~」
「あぁ、全くだ」

 仲間が一人小声でいうと、また仲間がそう答える。それまで空をゆっくりと眺める事なんて数えるぐらいしかなかった僕達はタバコを右手に持って星空を見上げた。
 ゆっくりと過ぎる時間の流れに身を委ね、周りの流れに身を任せ、僕等の自由と束縛に質問しながら空を星空を見上げていた。

 そんな景色がつい数時間前のように鮮明に思い出せる、大切な思い出として深く刻み込まれた記憶。それを懐かしいという感情ではなく、戻りたいという感情として思い出させるのは何故だろうか。
 楽しかったあの時、何もかもが新鮮だったあの時。あの街頭の下で夢を語り合ったあの日。今となっては戻れないあの日。
 時間と言うのは、こうも残酷なものなのだろうか。

 夜が明けて東の空に太陽が顔を見せた、同時に僕は車に乗って記憶の街頭へとタバコを吸いながら走らせた。そこにはあの日と同じように、あの時のままの街灯が明かりを付けて立っていた。
 車を降りてゆっくりとその街灯へと足を運び、まだほのかに残る月を見て涙した。

「もう、戻れないんだな」

 頬を伝わる水滴は、右手に持つタバコの火に当って一瞬で蒸発した。同時にタバコの火も消えた。