アレからもう十年、仲間達と過ごしたあの時、あの時間を今思い返しても新鮮でとても懐かしい気分になれる。このタバコがきっとそれを思い出させてくれているのだろう。
 友人が吸っていたタバコ、何処にでもあるいたって普通なそのタバコに僕はあの日の夜を思い出させてくれる。
 アレは十年前、僕と友人二人が同じ屋根の下で寝泊りをする日だった。あの日も今日のように風が強く、そして押し流されていく雲は蒼空を見せてくれるだろうと確信できるような夜だった。
 長い間一緒に喋っていた僕達はゆっくりと、そして優しく部屋を照らしてくれる月を見ようと屋根に上った。大陸から来る寒波は容赦なくトタン屋根を氷のように冷やし、そして僕達にも容赦なく襲い掛かって来た。一瞬月明かりがさえぎられる、何事かと見上げる夜空は一面を飾った星が出迎えてくれる。そこに巨大な翼を持った鳥―飛行機―が夜遅くの静寂に一つのサウンドを奏でていた。

「すげぇー」

 雲ひとつ無いその星空はまるで天然のプラネタリューム。そこには僕達三人だけが居て、他には誰も居ない僕達だけの世界が広がって居るんじゃないかと錯覚させるほどの景色だった。僕はこの景色が好きだった。満月であたりは薄く光を佩びて静寂と言う名の「プラネット」を作り出す。そこには街灯の明かりと組み合わさって出来た光と影のグラデーションがあって、空を見上げれば幾つ物光が小さく、時に大きく僕達を照らしていた。

「明日も晴れるな、そしてきっと寒い」

 友達が言う、その言葉を僕達二人はきっとそうだと頷いた。まだ見えぬ先の未来。明日と言う触れる事の出来ない想像上の空間。同じベクトルを僕達は歩み、そして同じ景色を眺めている。そんな夜だった。
 今の僕はと言うと、こうしてパソコンに向かってキーボードを叩いている。隣にはジジと音を立てて燃える一本のタバコ。電気を消してモニターのスイッチを切ってすぐ隣の窓を開けて見る。そこにはあの日友人二人と見た星空が僕を優しく照らしていた。僕はその星空を暫く眺めていた、どの位眺めていたのか分からないほどずっとその何も無い空間を見続け、そしてもう一本タバコを取り出して火をつけた。

「なぁ」

 そっと頬を流れる一滴の雫、それが涙であると気が付くには時間が掛かった。あの時を思い出し、そして戻れるはずの無い時間をただただ悔やみ、流れ続ける時間を恨み、白紙の明日と言う本を想像する。そこには一体何が書かれていて、何を僕は書くのだろう。誰しもが持っている明日と言う本、現代と言う日記、過去と言う辞書を脇に抱えて今を生きる。それは友人たちにとっても同じであると同時にこの世界に生きる誰しもが持っている人生という生きた証。

 歴史に名を残せるほどの偉人でもなければ、星の記憶に残らないほどの人ではない。誰しもが繋がりを持ち、その繋がりの上で本を書き続ける。
 叫びたいほど懐かしいのは、それが人である証拠。そして僕達が今を生きているという証。定義する事は無く証明する事も出来ない。それでも僕達は今と言う時間を生きて、そして日記を付ける。それが辞書となって「生きた」という証を残すのだ。

「お前等もまた――」

 未来の前にすくむ声は何に脅えているのだろうか、それは人それぞれ違った物語で僕とは別の未来。過去に起きた事件から未来へと繋がる因果律と共にそれは全ての人であると同時にこの無限に広がる星達と同じで、全ては理想郷と言う名の星に生まれた僕達の(さが)

 一度突風が吹いた、過去と言う辞書のページをめくり生きた証とその先に待ちうける何かを僕に見せようとする。何を見せる?
 呼びかけても返事すらしない未来は、その飛行機雲の白さと同じように真っ白なのだろうか。だとしたら僕が今して居ることも未来からすればどうにでもなる今日と言う日記を付けるための暗示なのかも知れない。

「この星空の下に、居るんだよな?」

 全ては今を生きるということ、全ては生きた証を残すこと、全ては花びらのように簡単に散らさないように努力という「存在意義」を見つけるための線路。僕のレールは何処に向かって伸びているんだろう。そう考えると明日が途端に怖くなる。
 この先何度間違いを犯し、成功を喜び、友と笑い、誰と一緒になるのか。また、明日と言う未来が無くなってしまった時、僕の側には誰が居るのだろう。何人の人が悲しんでくれるんだろう。人は自分がその命の蝋燭が燃え尽きたときに何人の人が「自分のために涙を流してくれる」のかが怖い。きっとそうなんだろう、それこそが生きた証であり、絆に魅入られた人々の末路なのだから。

「なら答えてくれよ」

 そっと下ろしていた目線をまた万点に輝く星空に向け、右手の人差し指と親指を付き出して拳銃の形を作った。そして明るく輝く月に狙いを定めた。親指で照準を合わせて方目をつぶった。

「明日も、きっと晴れるよな?」

 また風が吹いた、今度は優しく髪を撫でるあの時と同じ風だった。その風にあわせて狙いを定めた右手は空想の弾丸を月に向かって人差し指から勢い良く飛び出して行く。それと同時に僕の目には一つ穴が空いた月が見えた。そんな気がした。

「バン」