無事、何事も無く残りの3限が終わり放課後になった。
私はいち早く教科書や筆箱をカバンに詰め教室を出た。
今日は珍しく先生に雑用を任されずに済んだのでいじめグループのメンバーの目に止まらぬよう早歩きで帰った。
今日は月に2、3度あるかないかのあいつらに絡まれない日だった。
「ただいま」
家に帰り靴を脱ぎながらそう口にするも返事がなかった。
買い物にでも行っているのだろうか。
靴を下駄箱にしまい、廊下を渡ってダイニングテーブルに置いたカバンからお弁当を取りだし洗った。
ワイシャツと風呂敷、靴下を洗濯機の中に放り投げて階段を上って自分の部屋に入る。
カバンを机の横に置いて椅子に座った。
背もたれの角度を広げて天井を見る。
家の周りは静かで車の通る音ぐらいしかしない。
静かで落ち着く私の時間だ。
だけど同時に嫌なことが頭に浮かぶ時間でもある。
嘘は嫌いだ。
根も葉もない噂を流されて迷惑する人だっている。
それを、何も考えないような人間は真に受ける。疑いもしない。それが当然であるかのように人にレッテルを貼って。それが本当にある事のようにまた他にも話が回っていく。
本音を隠され。思ってもないようなことを本人に言う。
言われた本人が傷ついているとも知らずに。
人はみんな信頼度という目に見えないものを持っている。
その度数は人によって変わったりする。
私がどれだけ否定しても、私よりも信頼度の高い人の言うことを、その人に認めてもらうことは出来ない。
つくづく人間関係というのは面倒だと思う。
虐められて、初めてそれに気づくことが出来た。
私も建前だったり社交辞令だったり、今まで腐るほど顔に笑顔をひっつけて嘘を使ってきた。
世間ではそれが正しいし、当たり前でもある。
それで人間関係が上手くいくなら万々歳だ、と。
万々歳なわけないだろう。
嘘をついて本音を隠し、人にいいように思われようとして自分の意志を覆い隠す。
それは親密と言える関係なのだろうか。
仲がいいと言えるのだろうか。
自分の気持ちも伝えず、他人の機嫌をとることを最優先にして、本当にそれが正しい人との関わり方なのだろうか。
部屋の電気もつけず、静かに真っ白な天井を眺めていたら、だんだん眠くなってきた。
明日は提出物もないしこのまま眠気に身を任せてもいいだろう。
私は静かにまぶたを閉じた。