ピピピ...ピピピ...
7時30分。
頭上で響く煩わしい音で夢から覚める。
アラームを止め無理矢理開けた目で時刻を見ようとすると
パッと表示された今日の予定が目に入る。
2度寝なんてすれば彼女に怒られてしまうので、鞭打って体を起こす。
少しでも早く目を覚まそうと日光を求めて窓に向かう。
カーテンを開けると、寝起きにも容赦のない光が簡素な部屋に差し込んだ。
背の低い机に、ベッドに、散らばった服。それと残りわずかな金木犀のルームフレグランス。
強い香りのそれに抵抗はあったが
数週間も使っていれば鼻が勝手に慣れていた。

残り30分。

ここから待ち合わせ場所の駅までは歩いて5分ほど。
多少値は張るが立地のいいマンションを選んで良かったと思う。
バシャバシャと音を立てて顔を洗う。

片面が焦げた目玉焼きを昨日の残りのご飯にのせて醤油をかけて食べる。彼女に初めてこの朝ごはんを出した時には引き気味で、私が作ろうかと言われたものだ。
口の端についた醤油を手の甲で拭う。
手についた醤油を洗うついでに歯を磨く。
適当に選んだ服に袖を通す。
運のいいことに寝癖はついていなかったので斜めがけのカバンに、テーブルに置いてあった鍵を手に持って靴を履く。

朝の6時55分。
春過ぎ夏未満の今、この時間は少し肌寒い。
鍵を閉めると同時にさっぱりとした金木犀の香りが自分の服からほのかに香る。

残り5分。

ゆったり歩いていける時間はない。
少し早歩きで待ち合わせ場所に向かう。
結局待ち合わせ場所に着いたのは時間ピッタリ。

「もう、おそいよー!」
「いや、時間ピッタリだけど…」
「他2人も揃ってるんだから!遅いの!」
「…ごめん」
「私達は大丈夫だから…!ね?」
その子は隣にいる男に目配せして、男もそれに頷いた。
「せっかくのダブルデートなんだから、早く行こ!」
彼女は腕を巻き付かせてきて前へ前へと引っ張ってくる。
彼女の香水によって金木犀の香りは薄れていった。
金木犀の香りをまだ買ったばかりのころ、
俺は今の彼女に告白された。
「彼女いないんでしょ?ならいいじゃん!」

俺には好きな子がいた。
その子に彼氏が出来たと聞いたのは彼女に告白された前日だった。
ヤケになっていたのもあり快諾とまでは行かずとも承諾し付き合うことになった。

金木犀の花を見て「金木犀だー!私金木犀の香りすごく好きなんだよね」と恍惚とした表情で言ったその子のことが諦めきれなかった。
次の恋で忘れようと思い、今の彼女と色んなところに出かけた。
隣を歩く彼女はラベンダーの香りが好きだと言う。

それでも付き合い始めにほとんど残っていた金木犀を捨てることは出来なかった。
どこに行くにも付き纏って、離してくれない。

付き合い始めてからもう1ヶ月が経った。
1週間程前、彼女はダブルデートがしたいと言い出した。
同じ時期に幼なじみに彼女が出来たのだと言う。
気まずくはなるだろうが断る理由もなかったので「良いよ」と返事をした。

話しかけてきたその子が金木犀の香りを一層強くする。
「びっくりしちゃった。恋人いたんだね」
「…噂には聞いてたけどそっちも付き合ってたんだね」
「うん。このスカートも彼氏に選んでもらったんだ」
嬉しそうにスカートを持ち上げヒラヒラとしている。
「…そうなんだ」
可愛いよ。そう言いかけて辞めた。
言う資格があるのは後ろで彼女と話してる男だけ。

交わした会話はぎゅっと心臓を苦しめた。

次はちゃんとラベンダーにしよう。
ピピピ...ピピピ...
白地に金の装飾が施されたドレッサーの上に乗っているスマホがじりじりと揺れている。昔からずっと好きだったちょっぴり悲しめの恋愛ソングが耳に届く。

目覚ましをかけた時間よりも早く起きてしまった。
はっきりと目も開いていて、ヒラヒラと舞う黄色のカーテンも開けて太陽の光を差し込ませている。
伸びる光は白を基調とした部屋に彩りを添える。
ドレッサーの上で鳴いているのをようやく止める。

残り1時間20分。

支度するには少しギリギリの時間かもしれない。
起きてから十数分は経っているがお風呂に入ったり歯を磨いたりしただけで準備は進んでいない。
肩にかかっているタオルで拭いた髪はまだ半乾きだったので先にドライヤーで乾かすことにした。
ドライヤーで乾かしていると先程のシャンプーの匂い、金木犀の香りがふんわりと香った。

朝食はあまりカロリーを取りたくなかったので
フルーツの入ったヨーグルトとスムージー。
彼氏の目の前で食べたらそれだけで足りるのかと心配されたこともあった。

昨日の夜に沢山悩んで決めた服をカーテンレールから離す。
春色のロングスカートとそれに合う白いブラウスに身を通す。
可愛いと、思ってもらえるかな。

メイクはナチュラルめに、服と合う色を使って。
肩下に伸びた髪は緩めに巻いて。片側は耳にかけようかな。
髪をかけて顕になった耳には控えめに輝くイヤリングをつけて。

残り30分。

ドレッサーの上に置いてあった小さなバッグを持つ前に、香水を身に纏う。

6時30分。余裕を持って出た家の鍵を閉めると自分の手首と髪から金木犀の香りが届いた。

「もう、おそいよー!」
その人は待ち合わせ時間に現れた。
「いや、時間ピッタリだけど…」
「他2人も揃ってるんだから!遅いの!」
「…ごめん」
「私達は大丈夫だから…!ね?」
私は隣にいる彼氏に目配せしてそう言うと彼氏もそれに頷いてくれた。
「せっかくのダブルデートなんだから、早く行こ!」
ダブルデートの相手は仲良く腕を組んで前へ前へと歩いていった。
着いていく形ですぐ後ろを彼氏と歩いていく。

彼氏と今日の行き先について話していた私は
金木犀の香りが自分のものだけじゃないことに気づいてしまった。
「それ金木犀の香水?好きな匂い」
教室で友達に言っていたその言葉。

好きな人の好きな物は好きでいたいから。
「私金木犀の香りが好きなんだ」なんてその日から言うようになった。
シャンプーだって香水だってその香りに変えたりもした。
それでも振り向いてくれなかった。
私はわざとらしく「金木犀が好きだ」と言って見せたのに、「そうなんだ」と言うだけで、「僕も」の一言すら言ってくれなかった。私に興味なんてなかったんだろうな。そう落ち込んでいた時今の彼氏が告白してくれた。
「好きだよ。落ち込んでるの?俺が慰めてあげるから俺と付き合ってよ」
本当は上からな態度が少し苦手だったけど、君を諦めたくて付き合うことにした。

今の彼氏にはその匂い合ってないよなんて言われたこともあった、
香りで心臓が締め付けられることもある、
けれど残っていたシャンプーと香水を捨てることは出来なかった。

付き合い始めてからもう1ヶ月以上が経った。
1週間ほど前彼氏が幼なじみに最近彼氏が出来たからダブルデートがしたいと言い出した。
断る理由はなかったので「良いよ」と返事をした。


「びっくりしちゃった。恋人いたんだね」
そう知らなかった振りをして。
「…噂には聞いてたけどそっちも付き合ってたんだね」
私の知らないところでほんの少しでも私のことを考えてくれたことがただ私は嬉しかった。
でももう今はその気持ちを外に出してはいけない。
「うん。このスカートも彼氏に選んでもらったんだ」貴方に見てもらいたくて春に買ったスカートをそう言いながらヒラヒラと揺らす。
「…そうなんだ」
出てきた言葉はあの時と同じ。
やっぱり私に興味なんてなかったんだね。

金木犀の香りがするその人と交わした会話はぎゅっと心臓を苦しめた。

次もきっと金木犀を買おう。

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