「……っ」
なんだろう、苦しい。空気が吸えない。あまりの苦しさと胸の痛みに俺は顔をしかめた。
俺は手を伸ばしてナースコールのボタンを押す。すると、三十秒もしないうちに看護師の人が数名、走ってきた。
「大丈夫ですか!聞こえますか?」
俺は息苦しさと胸の痛みに耐えながらあの日のことを思い出す。

『ちょっ、大丈夫?』
丁度今年の春くらいだったか。頻繁に発熱するようになり、時折息苦しさが生じる。そんな俺を心配して病院に行くように促してくれたのは結衣莉だった。結衣莉は一緒についてきてくれようとしたけど、俺はネットで調べた時、知ってしまった。癌の初期症状にこのようなものがある、ということを。たかだかネット情報だ、信じ切っていたわけではない。けど、ホントにそうだったら――。結衣莉はどんな顔をするだろうか、そんな不安に駆られた俺は、結衣莉に大丈夫と言い、一人で病院に行った。その結果はやっぱり。
『肺癌、ステージ三です』
検査結果を伝えられた時のあの絶望は忘れられない。それからは結衣莉には風邪をこじらせたみたい、なんて適当な嘘をつきながら、放射線治療をしていた。だけど、増えていく青痣や少しずつ抜けていく自分の髪の毛を見て、もう隠すのは限界だと思った。だから俺は考えに考えた結果、出ていくことにした。結衣莉には心配かけたくなかったし、苦しい思いはしてほしくなかった。通院での放射線治療は限界だというのもあったけど。その、結果、がこれだった―—。

俺は朧気な意識の狭間で、次に手紙に書いた内容を思い出す。
『結衣莉へ。事情も話さずにいきなりごめんなんて、わけわかんないよな。俺、実は肺癌の末期なんだ。今年の春くらいから、放射線治療してた。けど、増えていく青痣とか、抜けていく髪の毛を見て思ったんだ。結衣莉が今の俺を見たら、なんて思うかなって。結衣莉の悲しむ顔なんて見たくなかったし、通院で隠しながら治療するのも限界だったから、出て行った。自分勝手でごめん。けど俺、余命宣告されたんだ。だからおこがましいけど、最後に一つだけ、約束してもらってもいいかな。次に結衣莉が誰か他の人を愛したときは、相手の愛にちゃんと向き合ってあげて。俺みたいにわがままで大事なことはいつも最後まで言わないし、我慢ばっかり一人でため込むような人と恋に落ちないで。これが俺の最後のわがまま。ホントにごめん、今までありがとう、大好きだったよ、さよなら』
結衣莉にあの手紙が届くことはまずないけど。俺は結衣莉の眩しい笑顔を思い浮かべながら目を閉じた。