「颯は……」
話を切り出すと、颯のお母さんはハンカチで目尻を押さえながら
「肺癌の、末期だったの……」
と言った。肺癌、末期……。そんなワードを聞くと、今年の春ごろのことがふっと脳裏をよぎった。

いつも元気だった颯は珍しいことに体調を崩しがちになっていた。何度も発熱したり、息苦しさを感じたり。
最初のうちは市販薬を買ってきて様子をみたり、食べやすいものを作ったりして様子を見ていたけど、さすがに心配になって病院に行く事を勧めた記憶がある。一緒について行く、と言っていたけど、断られたことが余計にそれっぽく感じさせた。
帰ってきた颯はあっけらかんとしていて、
『ごめん、風邪こじらせてたみたいだった』
と言っていたっけ。なんであの時もっと心配しなかったんだろ。

「それで……病室のごみ箱にこれだけ捨ててあったの。結衣莉へって書いてあったから、多分結衣莉ちゃん宛てに書いたんだと思う。ここに、颯の思いが書いてあるから、読んでほしい。捨ててあったってことは颯は望んでないのかもしれないけど」
颯のお母さんから渡された一通の手紙を私は開く。そこには颯の懐かしい字が並んでいた。
『結衣莉へ。事情も話さずにいきなりごめんなんて、わけわかんないよな。俺、実は肺癌の末期なんだ。今年の春くらいから、放射線治療してた』
何、それ……。全然知らなかった。私は目頭が熱くなるのを感じながら読み進めていく。
『増えていく青痣とか、抜けていく髪の毛を見て思ったんだ。結衣莉が今の俺を見たらなんて思うかなって。結衣莉の悲しむ顔なんて見たくなかったし、通院で隠しながら治療するのも限界だったから、出て行った』
なんて思うかなって……。どんな颯でも、颯は颯なのに?私は颯のこと、大好きだし、そりゃあ颯が辛そうにしてたら悲しくなるけどさ、嫌いになんてならないよ。
『最後に一つだけ、約束してもらってもいいかな。次に結衣莉が誰か他の人を愛したときは、相手の愛にちゃんと向き合ってあげて。俺みたいにわがままで大事なことは最後まで言わないし、我慢ばっかり一人でため込むような人と恋に落ちないで。これが俺の最後のわがまま。ホントにごめん、ありがとう、大好きだったよ、さよなら』
最後まで読み終わると、ぽたぽたと雫が落ちてきて、スカートの上に染みを作った。もう泣かないって決めてたのにな。
「結衣莉ちゃん、無理をお願いするようだけど、最後に颯と会ってくれる?」