高校二年生の夏休み。
俺、月城優太は父親の地元の滝島へ向かっていた。ここに来るのは小学生以来、実に八年ぶりである。
「お客さん、もう着きましたよ」
「んっと、すいません」
船の長距離移動に慣れていない俺はこの島にやってくるだけでもうクタクタだ。
船内室から出て外に出ると一気に潮の香りが鼻に抜けていく。
心地よい風がとても気持ち良い。船から降りて島に足をつける。
周りには人はほとんどいない。
この滝島は本土からもだいぶ離れており特に観光するようなところもないのでこの船に乗ってきたのは自分達くらいなのだろう。
持ってきた荷物を抱えて父の実家まで歩いて行く。
道中は畑、田んぼ、畑の繰り返しで典型的な田舎という感じである。
古い木造建築の一軒家に月城という名札を見つけて玄関のチャイムを押す。
ピンポーン
数秒してドアの向こうからガラガラと音がして扉が開き
「待ってたわよ〜!さ〜上がって上がって」
と俺のおばあちゃんが家に入れてくれる。
おばあちゃんの後ろにはおじいちゃんもいて
「よー来たな、荷物は持つから先にリビング行っとき」
と歓迎してくれる。
お言葉に甘えてリビングへ向かうと
「おばあちゃ〜ん、昼ごはんまだ〜?」
と声がした。
俺以外にも誰か来てるのか?なんて思いながら
「お邪魔してます」
と言って
リビングの扉を開けようとしたが
「んっ?開かねぇ」
ガチャ、ガチャ、ガチャ
何度もノブを回すが一向に開かない。
「うん? おーい! 誰かいるんですか?」
ガチャ、ガチャ
「大丈夫ですか〜?」
ガチャ、ガチャ
「ん〜、おかしいな? さっき声が聞こえたはずなんだけど」
俺は思い切り力を込めてノブを引っ張る。
すると中から、
「うっ!ウゥ〜ッ!」
と声がする。
「やっぱり誰かいるんですね? 開けてくださいよ!」
それでも向こうの引っ張る力は一向に緩まない。
「こうなったら!」
俺は力の限りドアを引っ張る。
が、その途端向こうの引っ張る力が少し弱まり...
ガタンっ
「ウッ」
俺は扉を引っ張った方向と逆方向に倒れた。
俺は思い切り尻餅をついて倒れ込んでいる状態なのだがなぜか視界が塞がっている。
「いたたたっ。ん? なんで何も見えないんだ?」
自分の周りあるものを手探りに触っていく。
すると、突然ムニュッとした感触がした。
?
「なんだこれ?」
俺はもう一度触れてみる。
「えっと、これもしかして、おっ……」
まで言いかけたところでみぞおちに強烈な膝打ちが炸裂した。
「うぅぅっ」
疼くまる俺へとどめの一撃とばかりに強烈なビンタが繰り出される。
朦朧とする意識の中で俺が見たのはツインテールの女の子の後ろ姿。
「くっ、おいちょっと」待て
そう言おうとしたその瞬間、俺の意識はぼんやりと途絶えていった。
「凛津はね大人になったらお兄ちゃんと結婚するの!!」
小学生位の女の子が俺に向かってそう言う。
俺は、
「あぁ! お前がまだ俺のこと好きなんだったらな?」
なんて返している。
そこに、俺より少し年上くらいの女の子がやってきて
「りっちゃんはほんとうに優くんの事が好きなんだね!」
と冷やかしにきた。
俺は恥ずかしくなって
「有里姉ちゃんは好きな人とかいないの?」
と話題を逸らそうとする。
すると、その女の子は
「いないかな〜、今は」
とほんの一瞬顔を赤くして言いながら
「さぁ、早く行こう! おじさんに叱られちゃうよ」
と俺と凛津の手を引っ張って走りだした。
走っている間は何故かずっとドキドキしていて……
「いないかな〜、今は」
さっきの有里姉ちゃんの声が俺の頭の中で何度も繰り返される。
「今は」
「んっ? いま何か言った??」
姉ちゃんは俺に聞いてきたけれど
俺は
「ううん。何でもないよ。」
と答える。
そんな俺と有里姉ちゃんのやりとりを凛津はどこか不思議そうに眺めていた。
今思えば、あれが俺の初恋だったのかもしれない。
と、
「ゆう…ゆう…」
「ゆうた…ゆうた…」
おばあちゃんの声が聞こえて
「はっ!」
俺は勢いよく起き上がった。
周りを見渡すとそこはリビングで、おじいちゃんとおばあちゃんがそばで見守っていた。
まだ、溝落ちを蹴られた痛みでズキズキする。
「良かった! 良かった! これで優太が目覚めなかったら、おら達責任とって心中するつもりだったんだ。なぁ? ばあさん?」
「そうですね、爺さん、本当によかった!」
俺はまだ少しズキズキする脇をさすりながら、
「いや、笑えない冗談やめてよ? おじいちゃんもおばあちゃんも!」
2人の口調が嘘を言っている感じではなかったので俺は慌てて突っ込む。
「いやいや。冗談なんてとんでもない! 遺書まで用意してたんじゃぞ?」
おじいちゃんの目がガチだ。
「おれは2人に長く生きてほしいの! だからそんな事言わないでよ?」
俺は照れくさいけれど自分の本心を伝える。
「それに俺のせいで2人が死んだりしたら父さんに合わせる顔がないじゃない?」
「そーかのー? 死んだらもう顔なんか会わせないじゃろ?」
このじじい! 屁理屈ばかり言いやがって! なんて俺が思っていろと
「ご飯、食べますよ〜」
とおばあちゃんの声がした。
さっきから冗談を言いづつけていたおじいちゃんもすぐに椅子に座る。
俺も空いている席に座わるが、一つ椅子が余っている。
「誰か来てるの?」
俺がおばあちゃんに聞いた直後、リビングの扉が開き……隣の席に見たことがない女の子が座った。
「あっ、もしかしてさっきの…」
「変態」
俺が全てを言い切る前に、その女の子ほそれだけを言ってこちらを一瞥してから食事を始めた。
俺は
「なんで俺が変態呼ばわりされなきゃならないんだよ」
と言い返そうとしたが、さっきの出来事を思い出し……。
何も言えない。
「……」
「……」
そんな感じで、黙々と食事を続けていると、突然おばあちゃんは
「りっちゃん、お茶とってくれるかい?」
と俺の隣にいた女の子に呼びかけた。
ん? 聞き間違いじゃなければ今りっちゃんって?
そして隣にいる女の子をもう一度見てから、
いや、ないない。あれがりっちゃんだなんて!俺はなんて思い違いをしているんだ!
と自分に喝を入れていると
「りっちゃんは優太と会うのは久しぶりじゃったよな?」
とおじいちゃんが俺に話しかけてきた。
「えっ? 俺この子と会ったことあるの?」
「何を言っとるんじゃ? 昔はよく結婚するんだとか言ってたじゃないかい?」
「え? いやいや、それはあのりっちゃんでしょ?」
「『あの』りのちゃんも何もそこにいるのは昔よく一緒に遊んでたりっちゃんじゃぞ?」
俺は勢いよく右(りっちゃんがいる方向)へと首を傾ける。
確かに、顔は可愛い。
昔のりっちゃんと遜色ないレベルで。
そして、芸能人顔負けなくらい白い肌。
黒髪のツインテールはあの頃のままだった。
「こっち見ないでくれる?」
「……」
やっぱりあのりっちゃんと同一人物だとは信じられない。
昔、俺を優お兄ちゃんと慕っていた頃の面影もない。
俺はこれ以上このことについて考えるのをやめて黙々と食事を続けた。