「じゃあ本音を言わせてもらう。君は舞台に立てない。劇は中止しよう」

 安定した精神を取り戻したボクは、彼女が最も言われたくないであろう言葉をぶつける。しかし、彼女も言われると勘づいていたのか、傷ついたそぶりは見せなかった。

 彼女は視線を横にずらし、頬をかく。

「そうだよね。やっぱり言われるよね」

 その瞬間、沢城は手で口を覆い、前のめりになりながら、大きくせき込み始める。一分ほど続けて落ち着いた彼女は、ポケットからティッシュを取り出し、手のひらを拭い始めた。唇には赤いものがこびりついていた。

 ボクはまさかと思い、彼女の腕をつかみ、ティッシュを奪い取る。それは彼女の血によって、赤く染められていた。

 彼女の身体はとうの前に限界を超えていたのだ。きっと今も、身体を痛みがむしばみ苦しい思いをしているのだろう。

「でも嫌だ」

 しかし、彼女はボクの願いを拒否する。荘園に咲くバラのような美しい笑顔で。

「どうして、この四日間で君はますます弱っているじゃないか。このままでは一カ月ももたないかもしれない。そこまでして、君はどうして舞台に固執するんだ」

 声を荒げても仕方がないと考え、ボクは諭すような口調で彼女に問いかける。

「ライと演じるのが幸せだったからです」

 沢村は両手を胸の前で重ね合わせ、慈愛に満ちたまなざしで、ボクの眼を見つめ返す。強い意志が込められた、刃のように鋭い視線。それは、彼女の覚悟の現れだった。

「そのせいで、私にはライと舞台に立つという未練が出来てしまいました。そんな未練を残して長い間生きるくらいなら、未練なく死にたい。どうせ死ぬことは確定しているんです。それならいっそ、産まれて良かったって思って死にたいんです」

「あれが、偽りの時間だったとしてもか?」

「ライからしたら偽りの時間だったかもしれません。でも私にとって人生で一番幸せな時間でした。それが全てです」

 彼女は本当に、ひどい人だ。

「そこまで真っすぐな目で言われたら、拒絶することは出来ないじゃないか」

 ボクは首を左右に振り、困ったとためいきを零す。そして考えるは、彼女でも演じられる物語。

「でも今までの内容じゃ百パーセント無理だ。立てないではお話にならないし、そもそも口もうまく回らないんだろ。その活舌じゃ、遠くの人間まで声が届かない」

 ボクの推測は当たっていたらしく、彼女はウッと言葉を詰まらせる。どれだけ無理をしたのだと、再び大きなため息を零しながら立ち上がった。

「でもセリフは覚えられるし、マイクさえあれば声も届く。余命少女という役ならできるだろう。まあ、役とは言えないかもしれないけど」

「そ、それでもいいです! やりたいです! お願いします!」

 彼女は立ち上がる勢いで、せっかくのチャンスを逃すまいとボクの意見に食いつく。彼女の瞳には、出会ったときといつもの輝きが復活していた。相変わらず、ボクには眩しすぎて目がくらみそうだ。

「でも一つだけ問題がある。人が足りない。この劇をするなら、少なくてもあと一人は欲しい」

 彼女の口からは間抜けな声が零れる。

 普段ならなんの問題もなくこの問題を解決することができるだろう。しかし、今はほとんどの人がボクを憎んでいる状態。このたった一人すら、集めるのは至難の業だった。

「こんな時、学が居てくれればな」

 ボクの口から無意識に零れ落ちる。どうやらボクは学をかなり頼りにしていたらしい。あきれながらもボクに賛同し、助けてくれる。ボクが悪いときは、一切のそんたくなしに叱ってくれる。厳しく真面目で優しい彼は、いつの間にかボクの中でかけがえのない存在に昇格していたようだった。

 失ってから知る大切さ。というのは、どうやら本当のことらしい。そう痛感した瞬間だった。