この世には、弱い者虐めを行うことで成立する友情が存在する。その標的として、気弱で怖がりなボクは最適だった。

 教室に一歩踏み込めば、押し寄せて来る軽蔑のまなざし。カースト上位に君臨するクラスリーダーは、ボクを見るなり卑しい笑みを浮かべ始める。ホラー映画のピエロをほうふつとさせる顔に、ボクの背はいつも冷たい汗を流していた。

 仲間の輪から離れたリーダーは、わざとらしく足音を立てながら、ボクの方へと歩き出す。恐怖で足がすくんだボクは、リュックサックを顔の前に置き、彼から隠れるのでやっとだった。

 リーダーはそんなボクを嘲笑い、身体を突き飛ばす。貧弱な壁にボクを守る力があるわけがなく、ボクは衝撃のまま教室の外へと押し出された。痛みを覚悟して、ボクは強く目をつむる。しかし背中に触れたのは、固い壁ではなく、マットのような柔らかな感触だった。

「ちょ、やめてよ。菌がついちゃったじゃない」

 偶々ボクの後ろを歩いていた女子は、ボクを払いのけ、触れた部分をハンカチで拭い始める。その心無い行動は、ボクの心に精神的な痛みを与える。これなら壁にぶつかって、肩を痛める方がマシだった。

「このハンカチもう使えないじゃない。あげる」

「は? おま、ふざけんなよ。パス」

「やめろ、投げるな。菌が飛び散るだろ」

 床に倒れこむボクを置き去りにし、クラスメイトはハンカチを押し付け合う。ボクという菌に汚染されたウサギが刺繍されたハンカチは、多くの人間の悲鳴を巻き起こしていた。

 痛む心臓に右手を当て、おぼつかない足取りで自分の席へと向かう。

 これが、ボクの日常だった。

 家に帰っても慰めてくれる親は居らず、唯一寄り添ってくれるのは、三歳の頃両親が買ってくれた熊のぬいぐるみだけ。思えば、家族そろってどこかへ行ったのは、ぬいぐるみを買った遊園地が最後だった。

 親が帰ってきていない部屋で一人、暗闇に包まれながらボクは毎日泣いていた。寂しい、痛い、愛されたいと。

 そうして幾度の夜をこえたとき、ボクはようやくボクが一人ボッチな理由を理解した。

 ボクがボクである限り、愛されることはないのだと。

 だからボクは誰かの理想を演じた。ボクじゃない誰かになれば、皆ボクを愛してくれると思ったから。そして実際、ボクであることを止めてから、ボクはいろいろな人にアイされるようになった。念願が叶ったのだ。

「だからボクは理想でいなくてはならないのだ」





 それは本当に、ボクが望んだ【あい】なのかな。