「ライ、大丈夫か。お前も顔が真っ青だぞ」

 こんとんと化した思考は、学の声によって強制的に停止させられる。現実世界に帰って来たボクは現状を理解するために辺りを見渡す。部員はどうやら沢村に付き添っているらしく、体育館に帰ってきたのは学一人だった

「え、あ、あぁ、学か。わ……ごめん」

 疲弊しきった脳は、言葉をすいこうすることなく、素のまま口から放とうとする。ボクはそれを唾と同時に流し込み、いつものような口調を取り繕う。

「沢村のことだが、ようたいはあまり良くねぇらしい。先生の車で病院に運ばれたわ。部員にも今日は解散と伝えた。さすがにあの光景を見た後に部活は出来ないからな」

「あ、うん。そうだね」

 脳は完全に機能しておらず、ボクはありきたりな答えを返すしかなかった。いつものように気の利いた一言を絞りだすことが出来ないほど、ボクは疲れているらしい。

 それもそうだ。さっきまで、ボクの脳はエラーを起こしていたのだから。

「お前も分かっていると思うが、彼奴の状態で劇をするのは無理だ。今回の劇は中止にした方がいい」

「いや、それはダメだ」

 否定の言葉が口から零れ落ちる。食い気味の返答に、学は驚いた様子だった。

「……正気かよ」

 普段の何倍も低い声が、彼の口から発せられる。地をはうような声、というのはまさにこのような声を指しているのだろう。

 しかし、ボクもめげるわけにはいかなかった。

「彼女は戻ってくる。そういっていた。ならボクは、彼女を信じて劇の準備をするしか」

 ボクの言葉は、肉をたたく音によって遮られる。右頬には刺すような痛みが走り、そこは徐々に熱を持ち始めた。

「お前、どうにかしているぞ。いったん頭を冷やせ。お前らしくない」

 お前らしくない? お前はボクの何を知っているんだ。

「何を言っているんだ。ボクは何もおかしくない。ボクはボクのままだよ」

 奥底に捨てた感情が、火山の噴火のように次から次へと湧き上がる。それはそのまま食道を追加し、口から外へと吐き出された。衝動に身を任せるボクには、自分が何を言っているのか理解出来なかった。

「ボクは皆の理想じゃなければならない。そしてさっきの言葉を聞いただろ? 彼女の理想は劇の続行だ。ならボクがするべきは劇の続行を手伝うこと。それ以外の選択肢はない。」

 今まで我慢していたものが、止めどなく口からあふれ出す。感情をせき止めていたダムが決壊した証拠である。

「ボクは皆の理想なんだ。理想じゃなくちゃダメなんだ。じゃないと、ボクはアイされない。アイされるためにはそうするしかないんだ。もう、一人ボッチは嫌なんだ」

 喉が痛い。心が痛い。全てが痛い。痛みに耐えるように、ボクはその場にうずくまった。

 やってしまった。やってしまった。

 全てを吐き出した結果、後悔が波のように押し寄せ、ボクの行いを攻め立てる。なぜ感情を吐き出した。なぜ暴走した。今まで全てうまく演じられていたのにと。

 足音がボクから遠ざかり始める。顔を上げなくても分かる。学がボクから離れようとしているのだ。

 ボクは顔を上げ、学の名を呼んだ。ボクに背を向けていた学は足を止め、ボクの方に視線を向ける。彼の眼は、酷く冷たい色をしていた。小学時代、皆がボクに向けていた軽蔑のまなざしだった。

「俺はお前のこと、底なしの博愛主義者だと思っていたが違ったんだな。お前は自分の欲求を満たすために、俺らや病人すらも利用したくず野郎だ。もうお前にはついていけねえ。見損なったよ」

 こうしてボクは、アイを失った。


 ボクは顔を上げ、学の名を呼んだ。ボクに背を向けていた学は足を止め、ボクの方に視線を向ける。彼の眼は、酷く冷たい色をしていた。小学時代、皆がボクに向けていた軽蔑の眼差しだった。

「俺はお前のこと、底なしの博愛主義者だと思っていたが違ったんだな。お前は自分の欲求を満たすために、俺らや病人すらも利用した屑野郎だ。もうお前にはついていけねえ。見損なったよ」

 こうしてボクは、アイを失った。