「一週間の間、私を演劇部に入れてください!」

 放課後の教室、日直の仕事を終えて部活へ向かおうとするボクを呼び止めたのは、髪の毛がない車いすの少女だった。小枝のような腕を持つ少女は、目を大きく開き、真っすぐとこちらを見つめている。少女の黒い瞳は、星を飼っていると思うほどキラキラと輝いていた。

「えっと、君はこの高校の生徒かな?」

 彼女の理想になるためには、その申し出を受け入れなければならないだろう。しかし、ボクは彼女の願いをいや応なしに受け入れることが出来なかった。

「あ、そうですよね。制服じゃないから分からないですよね」

 青い病衣を着る少女は腰に巻き付けたバッグに手を差し込み、中から一枚のカードを取り出す。彼女は小さな両手にカードを乗せると、ボクの方へと差し出した。カードの正体は、学生証だった。

 ボクは学生証を受け取り、書かれた文字を視線でなぞる。この病弱少女の名前は、沢村美雪というようだった。内容いわく、彼女はこの高校の一年生らしい。

「私、白血病で、余命が一カ月しかないんです。」

 突然の告白に、小指がピクリと跳ねる。学生証に向けていた視線を沢村に移し、寄り添うような言葉をかけてあげなければと口を開く。しかし、ボクはねぎらいの言葉をかけずに口をつつしんだ。悲しいはずの少女が、満面の笑みのままキラキラと瞳を輝かせていたからである。

「ずっと病院で生活していて、特にしたいこともなくて、私はぼうぜんと残りの余生を過ごしていたんです。でも、昨日先輩の劇を見て、私も劇をしたいって思ったんです!」

 昨日の劇、それはボクたちが最優秀賞を獲得した地区大会のことだった。

「昨日の大会、見てくれたんだ」

「はい!」

 沢村は身体を前のめりにし、膝の上で軽く拳を握る。しかし、筋力が落ちているのか、彼女の作った拳は指がわずかに曲がった程度のものだった。

「舞台で演じる先輩は他の誰よりもキラキラ輝いていて、まるでお星さまのようでした。私、劇って初めて見たんですけど本当に綺麗で、私も一度でいいからあんな風に輝きたいって思ったんです」

 沢村は鼻息を荒げ、劇の感想を語りだす。内容はかっこよかった、綺麗だったなどのありきたりな感想だったが、アイに満ちた言葉の数々は、ボクのアイされ欲求を満たすには十分だった。

 彼女の願いは舞台の上で、われわれと同じく輝くことらしい。しかし、それはあまりにも厳しい願いだった。

 まともに動くことすら出来なさそうな細い足に、力が入らない指先。声も会話が成立する程度には出ているが、ろれつが回り切っていない喋り方では、会場の奥までしっかりと声を届けることは不可能だろう。はっきり言って、彼女が舞台で輝くことは無理だ。

 しかし、そんな残酷な事実を投げつけられるのは彼女の理想ではない。だからボクはこう告げる。

「大歓迎だよ。仲間が増えるのはいいことだからね」

「いいんですか!?」

 沢村は目を大きく見開き、両足をバタつかせる。よほど嬉しかったのか、興奮状態の彼女の目は、さっきまでと比べ物にならないほどキラキラと輝いていた。言うなれば、太陽を目に閉じ込めたような輝きだった。

「もちろん、ただこれから大変なことが多くなると思うけどね。でも大丈夫、ボクが一生懸命教えてあげるから」

「はい! 全力で頑張ります! 本当に、ありがとうございます!」

 模範解答に帰ってくる元気な返事に、口角が勝手に上へ向かい始める。にやけ顔を隠すため、ボクは彼女の後ろへ移動すると、練習場である第一体育館に続く廊下を進み始めた。

 こっちの方がお礼を言いたいぐらいだよ

 彼女の願いを叶えた途端、ボクは余命わずかな少女の夢を叶えた英雄という称号を手に入れることが出来る。そうすればボクは学校内でも凄い人間だともてはやされ、たくさんのアイを得ることができるだろう。願いを叶えることが出来た少女も、死ぬ間際まで感謝し、恩人であるボクをアイするだろう。

 ボクは今、念願だった大勢のアイを勝ち取る権利を、このけなげな少女に与えられたのだ。

「灰被り姫の元に現れた魔法使いのように、君の夢はボクが叶えてあげる。だから君も、一緒に頑張ろうね」

 全てはボクのアイのために