理想の人間になれば、誰か一人ぐらいはボクを愛してくれるのでは。その名案は絶望しかなかった小学時代のボクに降りてきた一筋の希望だった。

 一人ボッチで愛に飢えていたボクは、その考えにすぐさま飛びつき、理想の友人を演じ始める。しかし現実はそううまくはいかず、当時の未熟な精神では誰かの理想を演じ切ることが出来なかった。

 だからボクは、理想を演じられるように自分らしさを消すことにした。愛されるために必死だったのだ。

 大好きな熊のぬいぐるみも捨てたし、弱音も吐かないようにした。泣き虫な性格も 、感情も、笑顔以外の表情だってボクはゴミ捨て場へと投げ捨てた。その結果完成したのが、何色にも染まれる真っ白な綾瀬ライ。今のボクである。



「ライ、そろそろ俺らの番が始まるぞ」

 ボクは目を開け、声の主の方へ視線を向ける。そこには、ボクとともに演劇部を支える副部長、瑠璃川学(るりかわまなぶ)が仁王立ちしていた。学は困ったようにため息をつきながら、右手で顔を覆う。舞台前にも関わらず一人で精神統一をするボクにあきれているのだ。

「いつもごめんね学。行こうか」

 ボクは舞台裏に設置された鉄製の階段から腰を上げ、学に笑顔を向ける。学は肩をすくめると、ボクに背を向け仲間の元へ足を進めた。辺りにはせわしなく動き回る裏方の掛け声と、学校指定のパンプスが地面とぶつかる音が響き渡る。ボクは置いていかれぬようにと、学の背を追った。

 努力のかいあって、ボクは今たくさんの友人や部員にアイされ、幸せな日々を送っていた。しかし、人間というのは欲深い生き物で、夢を叶えたボクはより多くのアイを求めるようになっていた。観客のアイや部員からのアイでは足りない、ボクの知る人物全員からのアイを、と。

「さあ、これがボクたち新三年生の最初の大会だ。最高の劇を披露して、例年通りに最優秀賞を学校へ持って帰ろうじゃないか」

 部員の前に付いたボクは手を前に大きく広げ、緊張する部員たちに鼓舞を与える。しかし皆は本番直前で緊張が取れないらしく、中には顔が青白くなっているものまで存在していた。ボクはそんな部員にそっと寄り添い、衣装が乱れぬように気を付けながら、背中をそっとなでてあげる。すると、部員の緊張も少しは取れたのだろう。顔色は少しずつ通常通りに戻っていた。

「何も心配はいらないさ。ボクらならいける。普段通り、演じるだけだ」

 ボクの声に応えるように、部員たちは右手を上げてオー! と声を高らかに上げた。その瞬間、劇の終わりを告げるブザーが辺りに響き始める。どうやら前の学校も演目を終えたようだった。

「演じよう、ボクらのアイが観客に伝わるように」

 部員たちはその声に反応し、自分たちの持ち場へつき始める。わらわらと散らばる部員の間を通り抜け、ボクが立つのは最前線。観客の歓声を最も浴びることができる主人公ポジションだった。

 開演ブザーが鳴り響き、真っ赤な舞台幕が上がり始める。幕の向こうには、ボクへの歓声と応援の声が響き渡っていた。アイに満ちた素晴らしい時間だ。

 ボクの劇を心待ちにしている声援を肺に吸い込み、ゆっくりと息を吐きだす。虐められて一人ボッチだったあの頃には考えもしなかった至福な時間は、何度堪能しても幸せなものだった。でもボクは欲深いから、これっぽちのアイじゃ心は満たされない。だからこそ、舞台上でも日常でも、ボクは理想を演じ続ける。

 より多くのアイを手に入れるために。