祖父母と話してから数日。舜はカメラを持って空の写真を撮っていた。

「七瀬君、憑き物が落ちたような顔しているね」

「そう?」

 空の嬉しそうな顔に、舜は同じように笑みを返す。

 空がいなかったら、舜は祖父母の所に行こうとはしなかった。会うのが気まずいからと、所詮他人だからと、傷つくことを恐れて立ち止まっていただろう。

 舜は空から歩く勇気と、続く道を教えてもらったのだ。

 歩いたところにしか道はない。でも、自分のいる場所には道なんてない。当たり前だ。それは自分が作る道で、自分の人生だから。たまに交わることがあっても、自分だけの道だ。

 暗闇の中でも、自分の信じる道を歩くのだ。

「そろそろ写真集まった?」

「んー……そうだね、これくらいあればいけると思う」

 今まで撮った写真を思い浮かべ、枚数を確かめながら舜は答える。

「そういえばさ」

「ん?」

「なんで僕を選んだの?」

 長年景色を撮り続けただけあって、舜の撮影技術は周りと比べるとある方だが、プロのカメラマンと比べるとまだまだである。

 安く頼めるから、と言う理由ではない。空は舜に写真を頼むときに相場以上の値段を提案してきた。

 人件費など気にしていないのなら、プロの人を雇うのに、なぜ自分を選んだのか。舜はそれだけが不思議だった。

「君の写真が好きだと思ったから」

 ただ純粋に、真っすぐに、空は当たり前のように平然と答えた。

「七瀬君の写真ってね、撮った場所を時間ごと切り取ったみたいでね、本当にそこに居るみたいに感じるの。例えるなら、そうだなー……写真だけど動画、みたいな」

 夢を語る子供のように空は言う。いつだって空は、写真を見るときも語るときも、きらきらと目を輝かせている。

「なんで、なんでみんなに病気の事を話さないの? 君の死を悲しむ人はたくさんいるし、一緒にいたいって思う人もたくさんいるよ。写真まで一人でいることないと思うけど」

 だからこそ舜は悲しく感じる。
 
 本人の意思だからあまり気にしないようにして追及しないようにしていたが、それはあまりにも悲しすぎる。

「前にも言った通り、私はみんなに悟られないまま死にたいの。一人は寂しいと思われるけど、実はそんなことないんだよ。だって私の思い出は私の中にある。みんなとの思い出は卒業アルバムの中にある。私だけの思い出は、私が生きている時間は君の写真の中にある」

 空は舜が持っているカメラを指す。

 彼女は、僕の写真は時間ごと切り抜いたようで、動画のようだと言った。たった一枚の写真。それが何枚もあって、その中で彼女は生き続けている。

「私ね、みんなには笑顔で卒業してほしいの。別れは悲しくなくて、新しい始まりだから」

 終わりではなく始まり。それは彼女がずっと言い続けている事。

「私、君の撮った写真がすきだよ。だって、私がいなくても本当にそこに居るみたいだもん。忘れられない一枚って、こういうのを言うんだなって、そう感じたもん」

 はたしてそれでいいのだろうか。舜は言葉にするのは難しい気もちを抱える。

 空が言いたいことを舜は分かっている。それに共感もできるし、同意もできる。しかし、それだけでいいのだろうか。

 空が心から願ったことに変わりはない。しかしそれだけではダメな気がする。

 君は確かに笑っている。ずっと笑い続けている。他者を不安にさせないため。自分が楽しいため。今を生きているため。彼女は笑みを絶やさない。

 それは全て彼女が望んだことで、自ら手に入れようと動いた結果得た物である。

 一つくらい、おせっかいを焼いて、彼女がどこにでも行けるようにするのは許してもらえるだろうか。

 舜は一つの覚悟を決め、卒業式を待った。