卒業という言葉が舜は嫌いだった。
別れを惜しむ人もいなければ、惜しんでくれる人もいない。それでも卒業が嫌いなのは、見捨てられている気がするからだ。
卒業は終わりである。終わりには何も残っていない。卒業して学校を出ていったら、大人だと言われ、責任だなんだと言われ、何も知らないまま社会に放り出される。
道理であることを理解している。いつまでも守ってもらえないことを、舜は正しく理解しているし、責任は背負わされるものだと思っている。
でも、無責任には感じるし、勝手に押し付けないでほしい。別れと言うのは無常だ。自分勝手だ。
だから、彼女との卒業までの日々に何の思い入れもいらない。
「ねね、どれくらい撮れた?」
撮った写真を確認している舜の背後から、空は一緒に確認する。
三月という事もあり、街にある桜の木は満開に開いており、写真のほとんどは空と一緒に桜が写っている。
「アルバムにするには数が足りていないかな。あと場所も」
卒業アルバムを作るにあたり、空から一つのお願いがあった。それは、写真を撮る場所は街の中であるという事。
暇な時間があるとはいえ、遠出するのは親に心配をかけるかもしれないと思っていたために、舜は願いを了承した。
それから半月。写真が撮れそうな場所には手当たり次第に行き、街のほとんどをカメラに収めた。しかし、さほど大きくない街のために撮れる場所はもう残っておらず、写真の数もまだ半分ほど足りていなかった。
「街の外にまで足を伸ばせばまだ撮れると思うけど」
「うーん。思い出だからなー。構図変えてもう一、二枚くらい桜と一緒に撮ってみる?」
駆け足で桜の下に移動した空は、落ちて来た花びらを掴む。
このシーンだけでも映画のワンカットにありそうなくらい様になっている。
「花月さんって、桜好きだよね。いや、春が好きって方が正しいのかな?」
「好きだよ、桜。春も好き。きれいだし。ピンクだし。可愛いし。あったかい! 七瀬君は嫌い?」
「好きか嫌いかで言われると、嫌いだね。春がそもそも好きじゃない」
春は知らない所に放り込まれ、無責任に放り込まれる、出会いと別れの季節だから。
不変が一番いい。何も変わらなければ、何にも怯えなくて済む。
「春はね、出会いと別れの季節だよ」
しばらく口を噤んだ後、空は桜の木にもたれかかりながら語る。
「怖いからって逃げてちゃ、駄目なんだよ。だって楽しいことが沢山あるんだもん」
希望に満ちていると言わんばかりに空は笑う。
「変わるのが怖くて、このままずっと生きていられればいいと思う事は沢山あるけど、時間は進んでいくんだから、結局進まなきゃいけなくなる。その時、桜は私達を出迎えて送り届けてくれる。卒業はね、終わりじゃないよ。明日へ進む始まりだよ」
空からの言葉に、舜はようやく自分を理解した。
舜は自分のことをよく理解している。自分は誰かに想いを寄せたりはしない、冷たい人間だと解釈していた。だからこそ、花月空と言う一人の少女に好意を寄せているのが分からなかった。
周りに流される人種ではないと認識していたため、好きになった理由を知らず、密かに行為を寄せていた。
だが今の言葉ではっきりとした。彼女はどんな理由があろうとも顔を上げて前に進んでいる。目を逸らさず、自分の信じたことを、ただひたすらに信じて、寄り添って歩いていく。
「七瀬君の家族が春に何をしたかは知らないけど、春は案外いい季節だよ」
「……知ってたんだ」
「いやあてずっぽう。でも友達のお悩み相談とかよくしていたから、こういう話には敏感だよ。内容は分からなくても察せる」
心機一転。春とは何かが始まる季節である。新しいことに挑戦したり、今までのしがらみを捨てる季節である。
そう。例えば、愛のない結婚をして母親と子供を捨てたりだとか。新たな生活のために昔の人の子供を捨てたりだとか。
そうして両親は舜を置いていく。取り残された舜はその日から前に進むことができない。出来ていたとしても、うつむいていて、前なんて向けない。
病気で死のうが、明日車にはねられて死のうが、寿命で死のうが変わらない。人だもの。命があるんだから、いつか死ぬに決まっている。たった一日でも全力を出して後悔の無いように生きるのは、僕にはできない。
死ぬ理由が無いから生きているのだ。
「もし春が憂鬱になるんだったら、私の所においでよ。嫌なことを思い出せないくらい、楽しいことでいっぱいにするの」
「思い出で上書きするとかじゃなくて?」
「嫌な思い出は消えないよ。なら沢山作って、それを思い出して話し合った方がいいでしょ」
「来年から僕は何処に行けばいいの」
「……私のお墓に会いに来てよ。話せないけど、思い出は聞くよ」
「なにそれ」
笑みを絶やさない空に、舜はつられて一緒に笑う。
「話し合いが大切だっていうこと。ありがとうもごめんなさいも、好きも嫌いも言える時に言うの。もし傷つけたのなら謝るし、言うだけ得だから。いつか言えなくなるし」
春が好きで、春に死ぬ彼女は優しく背中を押した
自然と顔が上がったような気がするのだ。
別れを惜しむ人もいなければ、惜しんでくれる人もいない。それでも卒業が嫌いなのは、見捨てられている気がするからだ。
卒業は終わりである。終わりには何も残っていない。卒業して学校を出ていったら、大人だと言われ、責任だなんだと言われ、何も知らないまま社会に放り出される。
道理であることを理解している。いつまでも守ってもらえないことを、舜は正しく理解しているし、責任は背負わされるものだと思っている。
でも、無責任には感じるし、勝手に押し付けないでほしい。別れと言うのは無常だ。自分勝手だ。
だから、彼女との卒業までの日々に何の思い入れもいらない。
「ねね、どれくらい撮れた?」
撮った写真を確認している舜の背後から、空は一緒に確認する。
三月という事もあり、街にある桜の木は満開に開いており、写真のほとんどは空と一緒に桜が写っている。
「アルバムにするには数が足りていないかな。あと場所も」
卒業アルバムを作るにあたり、空から一つのお願いがあった。それは、写真を撮る場所は街の中であるという事。
暇な時間があるとはいえ、遠出するのは親に心配をかけるかもしれないと思っていたために、舜は願いを了承した。
それから半月。写真が撮れそうな場所には手当たり次第に行き、街のほとんどをカメラに収めた。しかし、さほど大きくない街のために撮れる場所はもう残っておらず、写真の数もまだ半分ほど足りていなかった。
「街の外にまで足を伸ばせばまだ撮れると思うけど」
「うーん。思い出だからなー。構図変えてもう一、二枚くらい桜と一緒に撮ってみる?」
駆け足で桜の下に移動した空は、落ちて来た花びらを掴む。
このシーンだけでも映画のワンカットにありそうなくらい様になっている。
「花月さんって、桜好きだよね。いや、春が好きって方が正しいのかな?」
「好きだよ、桜。春も好き。きれいだし。ピンクだし。可愛いし。あったかい! 七瀬君は嫌い?」
「好きか嫌いかで言われると、嫌いだね。春がそもそも好きじゃない」
春は知らない所に放り込まれ、無責任に放り込まれる、出会いと別れの季節だから。
不変が一番いい。何も変わらなければ、何にも怯えなくて済む。
「春はね、出会いと別れの季節だよ」
しばらく口を噤んだ後、空は桜の木にもたれかかりながら語る。
「怖いからって逃げてちゃ、駄目なんだよ。だって楽しいことが沢山あるんだもん」
希望に満ちていると言わんばかりに空は笑う。
「変わるのが怖くて、このままずっと生きていられればいいと思う事は沢山あるけど、時間は進んでいくんだから、結局進まなきゃいけなくなる。その時、桜は私達を出迎えて送り届けてくれる。卒業はね、終わりじゃないよ。明日へ進む始まりだよ」
空からの言葉に、舜はようやく自分を理解した。
舜は自分のことをよく理解している。自分は誰かに想いを寄せたりはしない、冷たい人間だと解釈していた。だからこそ、花月空と言う一人の少女に好意を寄せているのが分からなかった。
周りに流される人種ではないと認識していたため、好きになった理由を知らず、密かに行為を寄せていた。
だが今の言葉ではっきりとした。彼女はどんな理由があろうとも顔を上げて前に進んでいる。目を逸らさず、自分の信じたことを、ただひたすらに信じて、寄り添って歩いていく。
「七瀬君の家族が春に何をしたかは知らないけど、春は案外いい季節だよ」
「……知ってたんだ」
「いやあてずっぽう。でも友達のお悩み相談とかよくしていたから、こういう話には敏感だよ。内容は分からなくても察せる」
心機一転。春とは何かが始まる季節である。新しいことに挑戦したり、今までのしがらみを捨てる季節である。
そう。例えば、愛のない結婚をして母親と子供を捨てたりだとか。新たな生活のために昔の人の子供を捨てたりだとか。
そうして両親は舜を置いていく。取り残された舜はその日から前に進むことができない。出来ていたとしても、うつむいていて、前なんて向けない。
病気で死のうが、明日車にはねられて死のうが、寿命で死のうが変わらない。人だもの。命があるんだから、いつか死ぬに決まっている。たった一日でも全力を出して後悔の無いように生きるのは、僕にはできない。
死ぬ理由が無いから生きているのだ。
「もし春が憂鬱になるんだったら、私の所においでよ。嫌なことを思い出せないくらい、楽しいことでいっぱいにするの」
「思い出で上書きするとかじゃなくて?」
「嫌な思い出は消えないよ。なら沢山作って、それを思い出して話し合った方がいいでしょ」
「来年から僕は何処に行けばいいの」
「……私のお墓に会いに来てよ。話せないけど、思い出は聞くよ」
「なにそれ」
笑みを絶やさない空に、舜はつられて一緒に笑う。
「話し合いが大切だっていうこと。ありがとうもごめんなさいも、好きも嫌いも言える時に言うの。もし傷つけたのなら謝るし、言うだけ得だから。いつか言えなくなるし」
春が好きで、春に死ぬ彼女は優しく背中を押した
自然と顔が上がったような気がするのだ。