「私だけの卒業アルバムを作ってほしいの」

 期待に満ちた声で告げた花月空は、キラキラと輝く目で七瀬舜を見る。
 突然の出来事に舜は一瞬フリーズし、頭の中で状況を再確認してから口を開いた。

「どういうこと?」

 考えてみたものの意味が分からない。卒業アルバム? そんなもの学校側で作っているじゃないか。
 そもそも俊には、空が自身にお願いしてきたという事さえ信じられないことである。

「そのままの意味! 七瀬君に、私しか載っていない卒業アルバムを作ってほしいの! あ、もちろんお金は払うよ。十万円でどう!?」

「んっ!?」

 気軽に告げられた大金に舜は言葉を詰まらせる。
 
「高すぎ!」

「え、そ、そうかな? でも君の時間を貰うわけだし、お気持ちも含めてこれくらいで」

「にしても高い。ぼったくりだよ」
 
 きょとんとした顔になる空に、舜は不用意にもかわいいと思ってしまう。赤くなった顔を隠すためにそっぽを向き、何事もないように話す。
 
「卒業アルバムは、それぞれ配られるでしょ。わざわざ僕にお金払ってまで頼む必要はないと思うけど」

「それはみんなの思い出のアルバムでしょ? 私だけのアルバムが欲しいの」

 訳が分からないと、舜は首を傾げる。それはアルバムではなく、写真集と呼ぶべき物ではないだろうか。

「私が読み返して、そこに居たように感じる思い出をまとめた物。それが欲しいの」

 写真集とアルバムの違いを上げるのなら、何を見るかの違いであると、舜は感じている。空が言ったように思い出を見るのならアルバムの方が正しく、人物や景色を見るのなら写真集である。
 見て何を感じるのかが、大事である。
 
 しかし、なぜ自分だけなのだろう。他人が写っていようと、それは思い出であり、なつかしさが出て来るものである。わざわざ頼むべきことではない。

「うーん……秘密にしてね? 私病気なの。今年の春には死んじゃうくらい重い病気」
 
 悩んだそぶりを見せた空はしばらくした後、何でもないように平然と答えた。
 
「病名はねー、忘れちゃった。覚えていても手遅れだし。ともかく!大事なのは私が春には死んじゃうってこと」

 悲観するわけでもなく、空は堂々と舜に語る。

「それ、僕以外に知っている人は?」

「両親以外知らないよ。誰にも話してない」

「なら尚更こんなところで油を売っている場合じゃないよ」

 高校三年間、伊達に片思いしていた訳では無い。いや、していなくとも空は目につく。

 成績優秀。容姿端麗。運動は特別出来た訳では無いが、クラスの中心には大体の確率で空がいる。クラスの人気者である空が、残りの余命を舜と過ごす。それこそあり得ない話だ。
 
 もっと一緒にいるべき人が彼女には存在する。謙遜とか卑屈とかそういう事を言っているのではなく、事実としてそう言っているのだ。

 片思いをしている相手を疑いたくはないが、罰ゲームだと勘繰るくらいには歪さを感じている。

「私、誰にも言うつもりないんだよね。私は皆の同級生として、何も悟られるまま卒業式でさよならをするの」

 それはもう満面の笑みで。別れが寂しいと言う悲しみも見せずに、空は舜に笑みを浮かべる。

「だからさ! 手伝ってほしいの。いつかベッドから動けなくなったとしても、写真を見て、そこに行ったような気分を味わいたいの。私は自由だから。私一人の思い出が欲しい」
 
 満面の笑みを浮かべる空に、舜は鼓動が早くなるのを感じる。
 
 その言い方はずるい。涙を誘うわけでもなく、断れない状況に持って行くわけでもなく、笑顔で明るく言うのだから。惚れている身でその言葉はずるい。僕が好意を寄せていることも知らずに、友達としてお願いしてくるのはずるい。

「どんな写真がいいの?」

 舜の言葉に、空は嬉しそうに目を輝かせて舜の手を取る。

「ありがとう七瀬君!」

 こうして、僕と彼女の一カ月だけの日々が始まった。
 誰も知らない、思い出が始まった。